覚書/感想/コメント
シリーズ第二巻。
話は前作から七年後に飛ぶ。この七年の間に、金杉惣三郎は豊後相良藩の江戸留守居役になっていた。前の江戸留守居役・寺村重左ヱ門が、御家騒動終結後に中風で倒れ、その後を引き継いだのである。
寺村重左ヱ門が倒れなければ、金杉惣三郎は寺村重左ヱ門の娘しのと結婚していたはずであるが、しのは寺村重左ヱ門を看病するために、身を引いてしまった。
今回は将軍家と徳川御三家を巻き込んだ騒動にわずか二万石の豊後相良藩が巻き込まれてしまう。御三家にとってはくしゃみ程度のことでも、豊後相良藩には致命傷になりかねない。
金杉惣三郎は豊後相良藩を守るために、そして、累を及ぼさないために様々な手段を講じていくことになる。
さて、物語の時代が享保に入り、ご存じ徳川吉宗の治世となった。
この徳川吉宗は尾張の徳川継友、徳川宗春兄弟と将軍の座を巡って争った経緯がある。特に徳川宗春は吉宗に対してあからさまな態度をとって、後年に隠居させられている程の人間である。
この尾張藩と将軍家を巡る確執を題材にして、今後のシリーズが展開していく。
登場人物でも、本作で大岡能登守忠相が登場する。すぐ後に大岡越前守忠相となり、南町奉行となる人物である。
この”密命”シリーズは伝奇的要素の強いシリーズのようである。
本作品では紀州の乗源寺一統という忍びの者達が暗躍する。
次作ではどのような敵が金杉惣三郎を待ち受けるのか、楽しみである。
内容/あらすじ/ネタバレ
享保元年(一七一六)。豊後相良藩の留守居役・金杉総三郎は下屋敷で正室・麻紀の方をお呼びして宴を催していた。麻紀の方は御三家につながる紀州新宮藩から輿入れしてきた。
その宴が悲鳴で破られた。何者かが下屋敷に潜入し、麻紀の方に襲いかかってきた。賊どもは麻紀の方の乳母・刀祢にとどめを刺して逃げた。被害は他になかった。潜入してきたのは江戸者ではなかった。
なぜ、豊後相良藩がねらわれたのか。理由が明らかになるまでは幕府大目付には届けられない。惣三郎は南八丁堀の花火の房之助親分の力を借りることにした。
刀祢は襲撃の際に「うぬらはじょうげんじの手か」と呟いたという。刀祢は賊を知っていたのか。
惣三郎は麻紀の方の実家・新宮藩留守居役・佐々木五朗を訪ねた。すると、「じょうげんじ」は乗源寺といい、新宮藩との関係より、紀州藩との関係が深いという。
乗源寺一統は独特の武術と忍びの術をもっており、命令を下せるのは紀州藩主だけであるという。すると、六代目藩主徳川宗直の命でやってきたというのか。
花火の房之助は紀州藩の人間が殺されたという。その場所に行くと、普請奉行の大岡能登守忠相がいた。
金杉惣三郎の心配事はもう一つある。息子・清之助の行状がこのところ少し荒れているようだ。ここ四、五ヶ月前からだという。
藩主・高玖が参勤交代で江戸に向かう途中、尾張藩を通過するとき、大久保という家老が出てきて、乗源寺一統が動いているので注意されたしといったという。
尾張の徳川宗春が注視するのは徳川吉宗だけである。御三家の騒動に豊後相良藩が巻き込まれてはたまらない。
調べていくうちに、今回の一連の事件で殺された人間は、幼少の頃の徳川吉宗に仕えていた人間ばかりであることが分かった。刀祢も和歌山におり、その時は伊津女と名乗っていたようだ。
乗源寺一統の動きはどうやら、徳川吉宗の出生の秘密と関係があるようである。そして、この乗源寺一統を直接指揮しているのは藩主ではないようで、影の人物がいるようだ。
この影の人物は一体誰で、一体何のために乗源寺一統を動かしているのか?そして、徳川吉宗の出生の秘密とは?さらに、気になる尾張藩の動静は?
本書について
佐伯泰英
密命 弦月三十二人斬り
祥伝社文庫 約三六五頁
江戸時代
目次
二十六夜待ち
お杏狂乱
紀州の影
宣下前夜
菊屋敷のしの
長屋暮らし
愛宕山八十六段三十二人斬り
登場人物
麻紀の方…正室
刀祢…乳母
綾乃…奥女中
館巳喜三
岩松…小者
佐々木文五朗…新宮藩留守居役
お杏
登五郎…芝鳶の纏持ち
藤村林伍
寺村重左ヱ門
しの
結衣
岩殿禅鬼…乗源寺一統頭領
徳川吉宗
大岡能登守忠相…普請奉行
有馬氏倫…取次役
加納久通…取次役
藪田助八之…奥庭役
徳川宗直…六代目紀州藩主
安河内親文…留守居役
山村昇…目付
納恵…上野の天台宗真如院僧侶
徳川継友…六代目尾張藩主
徳川宗春
佐竹松翁…江戸家老
大久保岳尚…尾張藩家老
柘蘭子
徳川綱条…水戸藩主
安美麗
石見銕太郎…石見道場主
室鳩巣…儒学者