覚書/感想/コメント
シリーズ第十弾
副題はいつもの通り「夏目影二郎始末旅」だが、今回は旅がない。つまり江戸から出ないのである。
また題名も「役者狩り」とあるが、役者を狩るというわけではない。どちらかというと、役者というキーワードにシリーズの「狩り」をくっつけたようなものである。
本作は、天保期の文化における一つの有名な出来事、市川団十郎の江戸十里四方所払いをネタにして、このシリーズを通じて段々と鮮明になっていく外国の脅威を織り交ぜている。この海外の脅威を、何らかの形で物語に絡めていくのは、シリーズの大きな特徴である。
隣国の清では阿片戦争が起き、そして敗れ、欧州列強に蹂躙されることになる。次に狙われるのは日本だ。その脅威から守らなければならない、というのが大ざっぱなところでのこのシリーズの筋である。
だが、実際は欧州列強にとり、江戸末期の日本は魅力的ではなかったという見方もある。もし日本に魅力を感じていたなら、欧州列強は中国のぶんどり合戦をせずに、すぐさま日本に開国の要求を突きつけていたはずである。
だが、そうはせずに、清に対する姿勢から考えると、意外にものんびりとしている。つまり、日本はすぐに狙われるほどの魅力はなかった国だったと見ることができるのだ。
さて、いつの時代においても幕府が倒れなかったことはないように、一つの体制が倒れなかったことはない。こうした内容のことを影二郎が度々シリーズの中で口にする。歴史は証明している、一つ政治体制、組織体制、官僚体制が永らえたことはない。
実は、同じことが現在の日本についてもいえるのだ。
これがひそかにこのシリーズで言いたいことなのではないかと思う。
前作で、店を閉じた嵐山は、甘味十文あらし山として復活。商売も繁盛でなによりである。
この嵐山の変化と同じく、本書でその立場を変化させようとしている人物がいる。牧野兵庫である。
そして、新たな登場人物の予感がする。それは影二郎の隣に引っ越してきたおけい。このおけい、一体何者?
最後に、前作から影二郎が独自の判断で活動を始めたような印象を受けたが、本作もその色が強い。
内容/あらすじ/ネタバレ
天保十三年(一八四二)、三月。
江戸の庶民に絶大な人気を誇る七代目市川団十郎。折からの天保の改革に真っ向から反抗するその芸風と生き方を、鳥居耀蔵は苦々しく思っているようだった。
そうした中、市川団十郎が猿面冠者に襲われた。その場を救ったのは北町奉行の遠山左衛門尉景元であった。その後、遠山は影二郎に団十郎の影からの警護を頼む。その際に、遠山は今回の件には歌舞伎の世界も絡んでいるという。
遠山のいうことが今ひとつ解せなかった影二郎は、あることがきっかけで知り合った少年の玉之助を介して五世の鶴屋南北から話を聞くことができた。
そして、市川団十郎と尾上菊五郎との長きにわたる確執を知ることになる。そして、この尾上菊五郎を後援するものに唐国屋義兵衛という大商人がいるという。
…団十郎の妾宅を襲う一団がいる。その一団は異人の集団だった。この不可思議な集団との戦いのあと、影二郎は愛用の南蛮合羽が盗まれた。そして、影二郎は唐国屋義兵衛が異人らしいということを知る。
唐国屋義兵衛の商売は鰻登りの様相である。一体こういうことを好まぬ鳥居耀蔵がなぜつぶしにかからないのか。黙認しているのか。
この唐国屋義兵衛を調べているうちに、品川の方で大規模な普請が行われていることが判明した。一体この普請を行っている清の人物は何者なのか?そして、唐国屋義兵衛とは一体何者なのか?
浅草弾座右衛門もこの普請には危機感を抱いている様子である。
…そうした頃、いよいよ芝居町が境町から浅草猿若町への移転することが決まった。
本書について
目次
序章
第一話 江戸の飾り海老
第二話 海城の浜
第三話 江戸の南蛮屋敷
第四話 海燃える
第五話 船乗り込み
登場人物
市川団十郎…七代目
お葉
尾上菊五郎…三代目
鶴屋南北…五代目
玉之助
小菊…玉之助の姉
唐国屋義兵衛
静蔵…大番頭
風花鬼六・松倉屋梅吉
おけい