覚書/感想/コメント
陳平。前漢の功臣の一人である。高祖劉邦を助け、簫何、韓信、張良らとともに劉邦に天下を取らせた。
確かにこれはそうなのだが、むしろ、劉邦が皇帝になり、また、劉邦の死後の動きの方が陳平の最大の功績ではないだろうか。
呂氏一族に握られていた権力を劉氏に取り戻し、漢帝国四百年の礎を築いたからだ。だが、若い頃はよほど怠け者であったらしい。それでも、読書だけは好んだという。字は分かっていない。
項羽と劉邦。対照的な二人である。
戦はあまり上手くない劉邦。項羽と対決すればほぼ連戦連敗。だが、部下を使いこなすのは上手かった。そのため、優秀な部下が集まった。
対して項羽は自信が戦が上手すぎたため、部下に信を置いていなかった。この差が両者の明暗を分けてしまう。
その劉邦を助けた二人の参謀。張良と陳平。
私はどうしても、日本の竹中半兵衛と黒田官兵衛と重ねてしまう。張良が竹中半兵衛、陳平が黒田官兵衛である。張良と竹中半兵衛は病弱だったことや権力に執着がなかったことなど、よく似ている感じがする。対して、陳平と黒田官兵衛は生臭いところが似ている。
とはいっても、この張良と陳平が仕えた劉邦が、竹中半兵衛と黒田官兵衛が使えた豊臣秀吉に似ているかというと、そうでもない。気前のいいところは似ているくらいか。
項羽は上杉謙信に重ねてしまう。その圧倒的な強さ。そして、参謀だった范増と宇佐美定満も何となく似ている。ともに老齢で仕えていたこと。途中で主君のもとを去るか、死ぬかで、仕えなくなる点など。
さて、本書は終始陳平の視点であるわけではない。いろんな脱線がある。だが、筆者が陳平を選んだのは、前漢の成立から混乱期、混乱の終息期を中枢に居続けたのが陳平しかいなかったからであろう。
そうした前漢の成立時を俯瞰するのには本書はちょうどいいかもしれない。
内容/あらすじ/ネタバレ
始皇帝が世を去った。陳勝呉広の乱が起こり、会稽では項梁と項羽が蜂起していた。陳平は友人の王餐、岳雲とともに村を出た。もうひとりの友人苗生は家のしがらみもあり、三人についてこなかった。
陳勝と呉広の死後、天下はさらに乱れた。項梁と項羽が力を付けていたが、突出しているわけでもなかった。各地に独立国が乱立し始めたのだ。
そうした一つに魏王がいた。陳平はこの魏王の所にいった。驚いたことに苗生も、この魏王のもとにいた。陳平は度々魏王に戦術を進言したが、聞き入れられることはなかった。陳平達三人は魏王のもとを去り、項羽のところにいった。
陳平は項羽軍に組み込まれることになった。やがて、項羽の目にとまり、項羽の警護を統括するようになる。
秦の都にはすでに劉邦が先んじていた。陳平は一足早くこのことを知っていた。苗生が魏王のもとを去り、知己の張良のつてで劉邦のもとにいたからだ。劉邦は民の評判がいいという。秦の法律を全て廃止し、寛大な法制度を施行したからだ。陳平はこれを聞き、劉邦に興味を覚えた。
項羽が函谷関を突破すると、鴻門に陣を張った。ここに劉邦が項羽にわびに来ることになっていた。本営の警護に当たっているのは陳平である。ここで陳平ははじめて劉邦を目にした。
秦崩壊後の論功行賞の時に陳平も卿の爵位をもらった。抜擢だ。が、殷王が反乱し、この制圧に陳平があたることになった。陳平は殷軍ととりひきをし、謀叛の中心となったものを殺したことにして、命を助けた。だが、のちにこれがばれ、陳平は項羽のもとを去らざるを得なくなった。
行く先は劉邦の所しかない。苗生に頼むことにした。陳平達が劉邦軍に加わった時、劉邦は最大の窮地にあった。
項羽の所には范増という参謀がいた。陳平はこの范増に嫌われている感じであったが、劉邦の所の張良はそうしたところがない。こだわりなく陳平を迎えてくれた。
この窮地に陳平は離間の計を進言した。項羽と范増の仲を裂くのだ。上手くいき、范増は項羽のもとを去ることになった。
項羽と劉邦が戦いだしてほぼ二年。西楚と漢の勢力図はおかしなことになっている。劉邦の本軍は、真ん中あたりで負け戦を続けている。命からがら逃げ回ることも少なくない。だが、関中や巴蜀などはがっちりと守られ、兵員や食糧の補給を行っている。また、別働隊とでも言うべき韓信の軍がある。こちらは連戦連勝である。
この韓信が王になりたいと劉邦に行ってきた。こちらは窮地である。すぐにでも助けてもらいたいところなのに、何だこれは。怒りをあらわにしそうになった劉邦の足を陳平は踏みつけ、韓信を離反させないように注意をうながした。韓信はますます楚を侵略するのに力を入れた。
項羽と一旦和平する。その後に、すぐに項羽を追う。張良も同じことを考えていた。だが、勝ち目は薄い。それでも、ないよりはましである。今やらなければ、後日確実に項羽に負ける。
項羽の軍は逃亡兵があいついでいた。数は十万を切り、ついに項羽の命運は尽きた。
紀元前二〇二。劉邦は諸侯王の懇請をうけて、皇帝の位に就いた。が、このことは功臣達が生き残りのための、新たな戦いが始まったことを告げていた。韓信がそむいたという噂が流れた。韓信の力をそぐために陳平は力を貸したが、その褒賞は受けなかった。褒賞を受ければ、なにかと妬みの的になる。身の危険を増やすばかりだ。この頃には、張良は一線から退いていた。
一方で、劉邦は北方の騎馬遊牧民族と向き合うことになっていた。冒頓単干に追いつめられ、もはやこれまでかという時も、陳平の手腕により危機を脱することができた。
劉邦亡き後の宰相の一人として陳平の名が上がったのを聞き、陳平は次は自分の番かと思った。劉邦は死の病床にある間中猜疑心につきまとわれていた。そして、そのまま死んだ。
死んだ時陳平は都から離れていた。だが、急いで都に戻り、劉邦の遺体から離れなかった。何としてでも中枢に居続ける必要があった。でなければどのような讒言がなされるか分からない。
劉邦の死後、妻だった呂后の専横がひどくなった。呂氏一族が権力を我がものにし始めていた。こうした中、陳平は右丞相となった。だが、陳平は酒浸りの生活をするようになる。こうしたすさんだ生活をしながらも、陳平は呂后が倒れる日を待ち続けた。
本書について
風野真知雄
陳平
PHP文庫 約三七五頁
時代:秦~漢
目次
第一章 だいそれた夢
第二章 天下大乱
第三章 武神
第四章 離間の計
第五章 食糧戦
第六章 四面楚歌
第七章 功臣たち
第八章 陳平の番
第九章 女の嵐
第十章 逆襲
登場人物
陳平
張明…妻
苗生…友人
王餐…友人
岳雲…友人
劉邦
簫何…内政担当
韓信…大将軍
張良…名参謀
呂后…妻
項羽
范増…参謀