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佐伯泰英の「居眠り磐音江戸双紙 第27巻 石榴ノ蠅」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

シリーズ第二十七弾。

二十四弾から安永七年(一七七八)になり、前々作の二十五弾が安永七年(一七七八)の初夏、前作の二十六弾が同年の晩夏で、本作は同年の秋である。

前作で奈緒の窮地を救いに山形へ向かった佐々木磐音が江戸へ戻ってきた。

霧子の登場回数が増え、弥助も登場して、いよいよ田沼意次一派との対決の日も近いことを感じさせる。

ここのところ、シリーズは嵐の前の静けさといった感じが続いていたが、本作からいよいよ田沼意次一派が本格的に蠢動し始めたようだ。

今まで一回も直接登場したことはなかったが、そろそろ、田沼意次本人も登場するようになるかもしれない。

本作は、クライマックスに向かっての大きな伏線と見ることができる。というのは、今回の主題の一つは徳川家基のお忍びでの散策である。

田沼意次一派にとっては暗殺の絶好の機会である。これをどのように避けるかがポイントになる。

伏線というのは、徳川家基が急死するのは、鷹狩りのあとのことであり、本作と状況が似ている部分があるからだ。

立ち寄った品川・東海寺で突然苦しみ出して、三日後に死ぬ。安永八年二月二十四日のことである。

さて、佐々木磐音の周囲の人間に目を向けてみよう。

妻・おこんには佐々木家の嫁としての余裕がだいぶ出てきたようだ。

軽口も叩くようになっている。
「あら、利次郎さん、いつ啖呵など切ったかしら。私は痩せても枯れても、武術家佐々木磐音の妻にございます。はしたない啖呵など金輪際切ったことはございません」

…いえ、おこんさん、あなたはそのうちにまた啖呵を切りますって。

軽口も叩くが、妻として佐々木磐音を気づかう気持ちも強くなってきているようだ。

「笹塚様、うちの旦那様は南町奉行所の役人ではございませぬ」

でも、この台詞は懐かしい。初期の磐音が笹塚孫一にさんざん言っていた台詞である。

笹塚孫一と一緒に登場する定廻り同心の木下一郎太には春の予感がある。

相手は、北町与力瀬上菊五郎の次女・菊乃で一郎太の幼馴染み。三年前に嫁いだが、離縁されて戻ってきている。互いに心憎からずというのは地蔵の竹蔵親分もいっている。

だが、この二人には与力と同心という身分の差がある。

この恋路はどうなるのだろうか。

尚武館の門弟達もたくましくなってきている。

でぶ軍鶏こと重富利次郎は近頃腕が上がってきて進歩著しい。相方であった痩せ軍鶏こと松平辰平は修行の旅から帰ってくる気配はないが、どうも近いうちに戻ってきそうな予感がする。

最後に、尚武館佐々木道場に娘・早苗をやった竹村武左衛門にも近いうちに転機が訪れそうである。

武士を捨てることになるのだろうか?

いずれにしても、佐々木磐音、品川柳次郎といった友人達に、今津屋といった関係の深い所も巻き込んで、竹村武左衛門の新しい人生が近々始まりそうである。

内容/あらすじ/ネタバレ

佐々木磐音一行が日光道中の千住掃部宿に入った時、大粒の雨が降り出した。園八と千次を従えた三人は茶店に駆け込んだ。

山形からの帰路を急いだ一行である。

江戸では老中田沼意次一派が、西の丸の徳川家基の将軍就任を阻止しようと暗殺を企んでいる。

 馬蹄が響いて若侍が必死の形相で千住掃部宿を北へ走り抜けようとしていた。

若侍は大村源四郎というらしい。追っ手が現われ、行く手を阻もうとする。その追っ手の中に剣術家がいる。用人とおぼしき人物もおり、羽織の紋所が丸ニ三ツ並ビ杵であった。

菱沼佐馬輔と呼ばれた剣術家は磐音の出現によって引き上げることになった。流儀は初実剣理方一流と答えた。

この時には、大村源四郎という若侍の姿は消えていた…。

磐音は一月半ぶりに我が家に帰ってきた。

翌朝、井戸端で水垢離をとって磐音は尚武館道場に足を踏み入れた。その磐音に養父・佐々木玲圓道永が稽古をつけた。

玲圓は古き直心影流の技を次々と披露していく。玲圓は直心影流古兵法を伝授しているのであり、磐音はそこに古法のみならず直心影流の心を伝えようとしていることを悟った。

その後、弟子達の挨拶を受け、磐音は霧子に稽古をつけた。

若手門弟だけでの総当たり戦も三順目に入っていた。一回目の勝者は曽我慶一郎、二回目は重富利次郎がとっていた。利次郎はこのところ一段と力をつけ自信を深めていた。

先日の菱沼佐馬輔が遣った初実剣理方一流は今枝佐仲良臺という人物が創始した甲冑着用の抜刀術だということがわかった。およそ百二、三十年前の武術だ。

その菱沼佐馬輔が磐音とおこんが連れだって今津屋を訪ねた帰りにあらわれた。だが、菱沼佐馬輔が道場近辺で聞き込んだことが裏目に出て、尚武館の若手の面々が駆けつけてきた。

立ち去る菱沼佐馬輔を、霧子があとを付けた。そして常陸麻生藩一万石、新庄駿河守直規の上屋敷に姿を消したことを報告した。

重富利次郎の苦悩が始まった。磐音が利次郎につけた厳しい稽古で自信を喪失したのが始まりである。この厳しい稽古には、磐音の利次郎に対する期待が込められていた。それは、利次郎がさらなる大きな剣者となるための試練である。

竹村武左衛門の見舞いに来た磐音は怪我の治りが遅い武左衛門を気づかった。そろそろ武左衛門も力仕事を辞める時が来たのかもしれない。
武左衛門は、何ができるかを考えるといい、知恵を貸してくれと頼んだ。

南町奉行所の年番方与力の笹塚孫一と定廻り同心木下一郎太が磐音とおこんを迎えた。

事件が起きたようだ。それは、無宿人六十人が佐渡相川金銀山の水替え人足として江戸を出立した所から始まった。

この中に野州無宿の竜神の平造ら四人がおり、これが逃げ出した。そして江戸に舞い戻ってくる算段だという。これは事前に投げ文があり、知れていたことである。

竜神の平造らはこれまでの悪事で貯め込んだ大金を隠し込んでいる。それが本所界隈にあるらしい。怪しいのは南割下水の越後黒川藩一万石柳沢家の下屋敷だ。

霧子の助けなどもあり、重富利次郎が新たな境地に達したようだった。

その霧子が弥助を伴って磐音の前に姿を見せた。弥助は常陸麻生藩新庄家に内紛が生じていることを告げた。それは、当代の直規と別家の直照が後継を巡っての騒ぎであった。

弥助はこの一件を速水左近の耳に入れるつもりだと磐音に告げた。

桂川国瑞が桜子を伴い、尚武館を訪ねた。桜子の稽古にかこつけて伝言をいいに来たのだ。それは西の丸の家基が宮戸川で食事を願ったというものである。江戸を忍びで散策したいというのだ。

桜子の稽古の相手は霧子が務めていた。

桂川国瑞と桜子が帰ったあと、磐音は玲圓に伝えた。ことは慎重を要する。それに田沼一派に知れてはならない。

磐音は天神鬚の百助こと名人研ぎ師の鵜飼百助に刀を研ぎに出すことにした。その間、玲圓は肥前国住近江大掾藤原忠広を与えた。愛刀の包平よりも二寸二分短い。

この研ぎに出すときに磐音は霧子を同道させた。

木下一郎太が竜神の平造らが動き始めたと伝えてきた。竜神の平造の手下には水戸小次郎厚胤という中間あがりの剣術家がいる。

速水左近が奏者番の秋元但馬守永朝を伴って尚武館に来ていた。秋元但馬守永朝は先だっての山形での礼を言いに来たのだ。

一方、速水左近は例の件は四日後にと伝えてきた。この一件ばかりはしくじりはならぬといった。

弥助がやってきた。

あろうことか桂川国瑞の住込み門弟で見習い医師の園田高晃が田沼意次一派に籠絡されていた。弥助は園田高晃が女密偵お葉と密会を繰り返し、桂川家の情報を伝えていることを探り出していた。

ここで磐音は一計を案じた。玲圓は、その仕掛けが相手方に通じるか…、と心配したが、速水左近の耳に入れた。

そして徳川家基の忍びでの散策が行われようとしていた…。

本書について

佐伯泰英
石榴ノ蠅
居眠り磐音 江戸双紙27
双葉文庫 約三五〇頁
江戸時代

目次

第一章 紅板
第二章 利次郎の迷い
第三章 霧子の存在
第四章 二寸二分の見切り
第五章 お忍び船行

登場人物

佐々木磐音
おこん…磐音の妻
佐々木玲圓道永…養父、師匠、直心影流
おえい…玲圓の妻
(佐々木道場関係)
依田鐘四郎…師範
重富利次郎…通称・でぶ軍鶏
曽我慶一郎…伊与松平家家臣
霧子
田丸輝信
海野正三郎…丹波亀山松平家家臣
広瀬淳一郎…丹波亀山松平家家臣
鈴木一郎平
神原辰之助
桔梗善之助…播磨姫路藩酒井家家臣
早苗…竹村武左衛門の長女
白山…犬
季助…老門番
(幕府関係)
徳川家基…将軍家後嗣
速水左近…御側御用取次
弥助…密偵
桂川甫周国瑞…奥医師
桜子…国瑞の妻
園田高晃…桂川の門弟
(田沼一派)
田沼意次
お葉…密偵
赤山六兵衛理孝
(南町奉行所関係)
笹塚孫一…南町年番方与力
木下一郎太…定廻り同心
地蔵の竹蔵…御用聞き
おせん…竹蔵の女房
菊乃
(品川家、竹村家など)
品川柳次郎
椎葉お有
幾代…柳次郎の母
竹村武左衛門
勢津…竹村の女房
鵜飼百助…研ぎ師、天神鬚の百助
(今津屋関係、鰻屋宮戸川、その他)
今津屋吉右衛門…両替商
お佐紀…吉右衛門の内儀
由蔵…番頭
宮松…小僧
おはつ…おそめの妹
金兵衛…大家、おこんの父親
鉄五郎…鰻屋
幸吉…長屋の頃からの磐音の馴染み
お蝶…船宿川清女将
耕右衛門…船宿川清主
小吉…船宿川清船頭
(吉原会所)
千次
園八
(山形藩)
秋元但馬守永朝…奏者番
(常陸麻生藩新庄家)
新庄直規
大村源四郎
新庄直照
菱沼佐馬輔
卯助…三河屋与兵衛の番頭
竜神の平造
米三
水戸小次郎厚胤
輝吉…桜餅の店・大黒屋
犬塚主水
長谷川蓑之助

シリーズ一覧

  1. 陽炎ノ辻
  2. 寒雷ノ坂
  3. 花芒ノ海
  4. 雪華ノ里
  5. 龍天ノ門
  6. 雨降ノ山
  7. 狐火ノ杜
  8. 朔風ノ岸
  9. 遠霞ノ峠
  10. 朝虹ノ島
  11. 無月ノ橋
  12. 探梅ノ家
  13. 残花ノ庭
  14. 夏燕ノ道
  15. 驟雨ノ町
  16. 螢火ノ宿
  17. 紅椿ノ谷
  18. 捨雛ノ川
  19. 梅雨ノ蝶
  20. 野分ノ灘
  21. 鯖雲ノ城
  22. 荒海ノ津
  23. 万両ノ雪
  24. 朧夜ノ桜
  25. 白桐ノ夢
  26. 紅花ノ邨
  27. 石榴ノ蠅
  28. 照葉ノ露
  29. 冬桜ノ雀
  30. 侘助ノ白
  31. 更衣ノ鷹上
  32. 更衣ノ鷹下
  33. 孤愁ノ春
  34. 尾張ノ夏
  35. 姥捨ノ郷
  36. 紀伊ノ変
  37. 一矢ノ秋
  38. 東雲ノ空
  39. 秋思ノ人
  40. 春霞ノ乱
  41. 散華ノ刻
  42. 木槿ノ賦
  43. 徒然ノ冬
  44. 湯島ノ罠
  45. 空蟬ノ念
  46. 弓張ノ月
  47. 失意ノ方
  48. 白鶴ノ紅
  49. 意次ノ妄
  50. 竹屋ノ渡
  51. 旅立ノ朝(完)
  52. 「居眠り磐音江戸双紙」読本
  53. 読み切り中編「跡継ぎ」
  54. 居眠り磐音江戸双紙帰着準備号
  55. 読みきり中編「橋の上」(『居眠り磐音江戸双紙』青春編)
  56. 吉田版「居眠り磐音」江戸地図磐音が歩いた江戸の町