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渡辺房男の「ゲルマン紙幣一億円」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

ゲルマン紙幣一億円
日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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明治時代初期の通貨改革による大混乱に便乗して一攫千金を狙った男たちの物語。この混乱に乗じて莫大な資産を築いたものは実際にいたらしい。

そうしたなかに、著名な財閥の創始者もいるという。作者は名を記していないが、三菱財閥を築き上げた岩崎弥太郎である。

本書で書かれているように、一攫千金を得るにはインサイダー情報を得ていなければ不可能である。この罪が問われないのは、大混乱の時期だけである。明治初期以後、日本にこの規模の大混乱が再び起きている。第二次大戦終了後である。

さて、最後に用意されているどんでん返しは鮮やか。

明治初期において発行されていた札というのはいくつかあった。

一つは太政官札で、一両、五両、十両の額面が発行されている。次に、小額のものとして民部省が二分、一分、二朱、一朱を発行している。

これらの他に藩札がある。また、政府の肝煎で東京為替会社というのができて、その会社が出した札がある。

このように札の体系が複雑なのだ。

貨幣は信用の上に成り立っている。

この物語に登場する藩札を例にすると、藩札というのは藩に信用という後ろ盾があればこそ、藩札は成り立つ。

藩が発行した藩札に見合うだけの金や銀が蔵になくとも、産物を他藩に売って金銀を手に入れている藩ならば、領民は文句がないはずだ。いずれは金や銀と交換できるからである。

だが、藩というものが無くなるとしたら…

藩札の基盤となるもの自体が消えてしまうので、藩札自体に価値がなくなることになる。

必然取り付け騒ぎ等の混乱が生じる。

こうした騒ぎが起きるのが明治初期であり、この物語の舞台となった時代である。

混乱期に新政府が発行しようとしたのは正式には「明治通宝」、通称「ゲルマン紙幣」である。発行は一億円分。一億両が一億円である。

物語の当時の米の値段が東京で一両で九升六合。これから換算して、一億両はおよそ九百六十万石。明治二年に見込んだ年貢米の歳入量は三百二十万石だから、発行額の一億円は予算の三年分となる。

現在でいうと、一般会計の税収が毎年約五十兆円くらいだから、ざっくり百五十兆円である。

当時の金額で二万五千八百円とは、これから換算すると、三百八十七億円となる。

内容/あらすじ/ネタバレ

明治三年(一八七〇)。大隈重信は新政府の発行する新しい紙幣について漏れ聞いた話が心にわだかまっていた。

正式には「明治通宝」と決められた名が、大蔵省の職員の間で「ゲルマン紙幣」と呼ばれているそうだ。日本では制作できず、ドイツの力を借りたことによりそう呼ばれているようだが、ある種の揶揄の響きがあった。

政府は幕藩体制のなかで長いこと使われてきた両、分、朱という通貨単位を廃止して「円」を基本とする貨幣制度へ転換する決定をしていた。

だが、国内経済を混乱させているものとして、贋鋳貨、贋紙幣があった。財政が悪化した全国の藩政府が競うように劣悪な贋二分金、贋太政官札を作り、巷にあふれかえっていた。

広島藩会計局少承事の野島小太郎が品川宿の旅籠・相模屋にいた。支払いを済ませて外に出た小太郎を吉兵衛という男が追いかけてきた。吉兵衛は名乗っていないにもかかわらず小太郎の身分をほぼ正確に言い当てていた。

そして、小太郎が贋太政官札をくれないかという。吉兵衛は小太郎が相模屋で贋二分金が贋物とすぐに見破っていたのだ。

広島藩では莫大な戦費をまかなうために、贋太政官札を作り始めていた。その試し刷りを東京の上屋敷に運ぶ役目が小太郎に回ってきたのだ。

小太郎が元安芸・広島藩四十二万六千石の浅野家上屋敷についた。ねぎらいの言葉をいただけるものと思っていたが、意に反した対応がなされた。

小太郎の持ってきた贋太政官札を始め、国許で作っている贋金をすべて焼却しなくてはならないと、あわてふためくばかりである。

挙句の果て、小太郎は一時身許を隠せという。金を渡されたが、いわゆる厄介払だろう。

小太郎は広島藩へ帰るわけにもいかず、見知らぬ土地・東京の中に放り出された。

小太郎は品川宿で贋二分金を見破った吉兵衛の所に転がり込んだ。懐には藩邸を追い出される時にもらった五十両がある。当座はしのげるはずだ。

吉兵衛の所にはおりんという娘がいた。実の娘ではないが、吉兵衛が引き取ったのだという。おりんは貨幣制度にやたら詳しかった。複雑になっている通用価格の変化から生じる釣り銭勘定を瞬時に計算してしまう。

小太郎はいつまで贋金札が出回るのかに関心があった。吉兵衛の懇意の両替屋・播磨屋へ話を聞きに行くことにした。

そして、主の八郎右衛門から貨幣制度のあらましを説明された。小太郎は一部しか知らなかったことを思い知らされた。

そして、新しい札が政府から出るという噂が流れていると聞いた。

小太郎は思っている企てを吉兵衛に話した。新しい札の贋を刷ってみたらどうだろうかというものだ。出回り始めたすぐの時期であれば、判別ができないはずだ。

そのためには新しい札がどんなものかを知る必要がある。小太郎の頭には広島藩の時の同僚で、今は大蔵省造幣寮の官員の柿田徹の顔が浮かんでいた。

柿田に会って話を聞くと、小太郎が考えていたような代物ではないことが分かった。小太郎の知らない技術がつかわれていたのだ。それは地紋様というものだった。

そして政府は新しい札と太政官札を引き換えるだけではなく、日本全国中の藩で出回っている藩札も引き換えの対象とするという。

小太郎は藩札を見て、額面通りに新しい政府の札と交換できるのかと疑問に思った。もやもやしたものが頭にあったが、小太郎は考えていることを吉兵衛に言った。

相場の高そうな藩札を安く買い占めて、新しい政府の札と高く引き換えることができたら大儲けだ。安く藩札を変えるのかが企ての要だ。

すぐに小太郎と吉兵衛は関八州の藩札の相場を調べた。そして、上州・安中に目をつけた。

上州で吉兵衛が命を落とした。贋金を使ったのがばれて追いかけられ、途中で溺死したのだ。吉兵衛と一緒にいた木島屋は悔しそうにそう告げた。

小太郎は思いきって播磨屋に洗いざらいを話してみることにした。そして播磨屋は小太郎の企てに乗ることになった。

どの藩札でどれほどの利ざやが稼げるのか、大蔵省がそのような値で藩札を引き換えるのか、確かな情報が必要だった。小太郎は再び柿田に会うことにした。

柿田はすさんでいた。そして、今少し待てと言う。柿田には小太郎の意図が見抜かれていた。

明治四年。新貨条例が布告され、廃藩置県の太政官布告が出された。

藩がなくなると、今までの藩札はどうなるんだということになるはずだ。買い時が来た。小太郎らは手筈通りに行動を始めた。

次に必要な情報は、藩札とゲルマン紙幣との交換率である。三度柿田に情報を求めることになり、ようやくその情報が手に入った。

十二月。政府は藩札とゲルマン紙幣との引き換え価格を正式に布告した。

本書について

ゲルマン紙幣一億円
渡辺房男
講談社 約三三〇頁
明治時代

目次

序章
第一章 品川宿
第二章 外桜田
第三章 駿河町界隈
第四章 木挽町
第五章 上州・安中
第六章 本両替町
第七章 皇城
第八章 品川・相模屋
第九章 大垣
第十章 八重洲河岸
第十一章 岐阜・笠松
第十二章 小伝馬町
第十三章 本所
第十四章 高崎
終章

登場人物

野島小太郎…元広島藩会計局少承事
吉兵衛…元金座職人
おりん
播磨屋八郎右衛門…両替屋
木島屋…両替屋
柿田徹…大蔵省造幣寮の官員
おなつ…品川宿・相模屋遊女
太兵衛
大隈重信