覚書/感想/コメント
八代将軍徳川吉宗と尾張藩主徳川宗春との確執を描いた小説。馴染みの大岡越前守忠相が登場するが、主人公は徳川宗春である。
徳川吉宗と徳川宗春を対比して海音寺潮五郎は次のように言っている。
吉宗は魁偉だが、その英雄らしい相貌の下に、秘密的な器の狭さと、市井の小商人のような金銭に対する貪欲さを秘めている。
一方、宗春は華奢だが、接するものを等しく明朗にせずにおかないような闊達さと、清濁併せ呑むと言われる宏量の所有者。
こうまで対比的な両者が衝突するのは宿命であり、これに絡みに絡んだ重畳の宿怨宿憤があっては尚更のことである。
本書は宗春側の視点で書かれた小説である。
宗春が相手にするのは権力者・吉宗である。この権力者を小気味良いほど翻弄する。役者が違うのだ。幕府が緊縮経済を行っている中、宗春は真逆の施政を採る。そして、この宗春の施策の方を民は喜び、評価した。幕府としては面目を潰される形になる。
また、宗春に直接的に翻弄される人物もいる。大岡越前守忠相や老中・松平左近将監乗邑である。この二人を登場させることにより、宗春と吉宗の役者の違いを見せつけている。
もちろん、こうした宗春の行為には、権力の頂点に立てなかった者の、悔しさ無念もあるのだろうが、そうした怨みは本書の中から滲んでこない。それは宗春が快活な人柄として描かれているからだろう。
胸のすくような人物として宗春は描かれているが、物事には限度がある。権力者を相手にやりすぎは禁物である。
さて、この作品は原題が「風流大名」。単行本で「尾藩勤皇伝流」、その後文庫で「宗春行状記」と改題され、さらに本書の題名に改題されている。
内容/あらすじ/ネタバレ
踊子と遊ぶ大身旗本と見える若者。御三家尾州家の御控え徳川主計頭宗春である。ともに遊んでいるのは芸州広島の浅野安芸守吉長と姫路の榊原式部大輔政岑である。
この遊び場で宗春は安財数馬と出会う。安財は主家を無断で脱走し惨めな生活をしていた。
ことの始まりは将軍家の継承問題に始まる。十三年前のこと、七代将軍家継がわずか八歳で夭折したので、御三家から入って本家を相続しなければならなくなった。これを争ったのが紀州吉宗と尾州継友であった。継友は宗春の兄であり、安財の主であった。
将軍争いは吉宗に軍配が上がり、競争に敗れた継友は憂憤のあまり健康すら優れなくなった。安財はこうした主君の姿を黙ってみていることができなかった。
安財は宗春の言葉に甘え、宗春に会いに来た。その席で、宗春はしれっと、日光御参詣の行程を話した。そして、地図をだした。安財は食い入るようにこれを見た。
そして、この道中で安財数馬は吉宗を鉄砲で狙撃した。
…二年たって、享保十五年。
御城から帰ってきた継友が突然倒れた。吉宗に毒を盛られたかと思ったが、さにあらず。身体が極度に衰弱している中で酒を飲んで興奮したため倒れたようだ。そして、そのまま亡くなった。跡継ぎになったのは弟の宗春であった。
兄の死は、将軍争いに敗れ身体が弱ったためである。間接的に吉宗が殺したようなものだ。この恨みを必ず晴らす。
さっそく、宗春は改革三ヶ条のお触れを出した。その内容はことごとく吉宗の方策に対する反駁となっている。お庭番の藪野助八はこの内容を見て、覚えずうなり声を上げた。
そして、宗春は尾張に初入部する。宗春は天下をあげ緊縮政策に励んでいる中、ひとり開放路線をとっていた。そのため、尾州には他国から雪だるまのように人が流れ込んで、繁栄し始めた。名古屋が繁栄し始めたのはこの時からである。
この様子を吉宗は苦々しく見ているだけである。当てつけのような宗春の政策に腹立たしさを覚えながら、当面は見守るしかない。
こうした中、宗春が名古屋から消えた。お庭番の藪野助八はこれを知り慌てる。宗春は京へ上ったようである。尾州は勤皇の伝統がある藩である。この藩主がお忍びで京へ赴くとは容易ならない出来事である。
こうした出来事の他にも、宗春は次々に突飛なことをし、吉宗はますます宗春を疎ましく感じるようになる…。
本書について
海音寺潮五郎
吉宗と宗春
文春文庫 約三〇〇頁
江戸時代
目次
眼と眼
光の精
樹海
苦虫二匹
お庭番
狙撃
好敵手
白柄の刀
経済談義
たそや行灯
おぼろ夜
大岡越前守
初入部
三老臣
名古屋まつり
尾藩勤皇伝統
郊迎使
嵐を孕む
お咎め三ヶ条
謀叛
言外の意
猪槍
反動
幸福とは
登場人物
徳川宗春
星野織部
弓(春日野)
竹腰志摩守
鈴木丹後守
成瀬隼人正
徳川継友
安財数馬
徳川吉宗
藪野助八…お庭番
大岡越前守忠相
松平左近将監乗邑…老中
牧野河内守英成…京都所司代