覚書/感想/コメント
シリーズ第二弾。
序章で、今回の大きな事件の発端が語られる。松坂屋の隠居・松六の「あの日から十四年か…」「亡霊が未だ現われるか」。これが何を意味するのか?
このシリーズ、序章で大きな事件の発端を語り、それが物語の底辺にずっと流れている。この大きな事件とは別に、一話毎の小さな事件が発生する。
それぞれの小さな事件は金座裏の宗五郎とその手先たち、そして上司で直心影流神谷丈右衛門道場の免許持ちの寺坂毅一郎らが解決する。この辺は通常の捕物帳である。
それに対して、大きな事件の方は、もちろん金座裏の宗五郎や寺坂毅一郎らも活躍するのだが、それとは別に主人公に相当する人物が配されている。
今回の場合、この大きな事件の主人公となるのは松坂屋手代の政次、そして隠居の松六である。
前作では、主要な登場人物の紹介という面があった。しかも、一挙に大量の登場人物が登場している。
登場人物の個性が何となく見えたのが、しほ、亮吉、彦四郎、政次、金座裏の宗五郎くらいといった感じで、あとはこれからというところであった。
しばらくの間は、誰が主要な登場人物になるのかが固まらないだろうし、徐々に個性も見えてくるのだろう。
それと、金座裏の宗五郎の手先の中で誰が主要な手先となるのかに興味がある。捕物帳の場合、主要な手先がだいたい決まってくるので、それが誰になるのかが楽しみである。
さて、時代小説でよく登場する本所の割下水。
南と北があり、割下水と単に呼ぶ時は南を指す。旗本御家人お屋敷が連なっていた場所のようだ。現在の北斎通りの亀沢二丁目あたりから大横川親水河川公園のあたりまでらしい。
南割下水は、本所地域が埋立地であることから排水を促すために堀割られた水路で、現在の下水とは違う。
また、錦糸堀、おいてけ堀などと呼ばれており、錦糸町の名の由来ともなっている。
南割下水は、別名の「おいてけ堀」が本所七不思議の一つとして有名である。堀で釣りをして魚を持って帰ろうとすると「おいてけー、おいてけー」と声がするという話は色々な時代小説で取り上げられている。また、一説には河童がいたともいう。
一方、北割下水を呼ぶ時は北をつけた。南に比べて、幕府の下級武士が多く、町家と混在している。現在の春日通りの本所二2丁目あたりから大横川親水河川公園あたりまでらしい。
内容/あらすじ/ネタバレ
寛政十年(一七九八)正月。二十になったばかりの政次は松坂屋の隠居・松六の供をしていた。その松六が馴染みの店の年賀参りを終え、向かったのは宗光寺という小さな寺だ。お参りを済ませた後、今度は荒れた屋敷を訪ねた。
「あの日から十四年か」そんなつぶやきが松六の口から漏れた。その矢先、荒れた屋敷から武士が現れた。武士は政次と松六を襲った。
政次は必死で松六を護ったが、松六は強く頭を打ち昏倒して意識を失ってしまった…。
金座裏の宗五郎は政次を伴って松六が襲われた現場に向かった。するとそこの仏間には俯せになった侍の死体が一つ放置されていた。
十四年前というと天明四、五年である。その頃のことを松坂屋の現当主・由左衛門に尋ねたが、何も分からない。
暢々亭無粋という噺家が殺された。財布も祝儀も取られ、米櫃まで探したあとがある。同業とのつきあいはほとんどなく、兄貴分の麗々舎虎風とわずかに一緒に寄席を演じるくらいだという。評判も今ひとつよくない。祝儀は多くもらっていたようだが、これは艶笑話でも演じていたものか。
宗五郎は松坂屋と暢々亭無粋の二つの事件を抱え込むことになった。
…宗五郎は宗光寺を訪ねた。そして、松六が襲われた荒れた屋敷が若年寄田沼意知を斬りつけた佐野善左衛門の屋敷跡ということを知る。
北町奉行所定廻り同心の寺坂毅一郎が宗五郎のところに顔を見せた。松坂屋の一件で御徒目付に呼ばれて根掘り葉掘り聞かれたという。
…野菜を売りに来るおいねが相談があるという。どうやら姉・ひでの奉公している名主の娘が勾引に遭ったらしい。勾引に遭った娘はあやという。あやは養女として尚左衛門のところに来たという。
…松六が意識を取り戻した。だが、自分が誰だか分からない様子である。
正月十五日、十六日は藪入りである。宗五郎の所も皆家に戻っていた。
この中、町方の役人が殺された。隠密廻り同心になったばかりの高砂参八である。この他に、駿府屋の主を含め、計五人が殺されている。
検分に来ていた吟味与力の今泉修太郎はその手口から、上方で荒らし回っていた河内の彪助という盗人一味の名を出す。
そして、殺された高砂参八は一時期大坂で勤めていたことがあるという。
手がかりがない中、髪結新三が馴染みの飯盛女・なみから有力な情報を得る。
寺坂毅一郎と宗五郎は元吟味与力の今泉宥之進を船釣りに誘った。名目は宗五郎の後継者の相談ということだが、もう一つ寺坂毅一郎には聞きたいことがあった。
それは十四年前、天明四年に起きた若年寄田沼意知暗殺の一件である。
宗五郎の目の前で子供のちぼ(掏摸)が若侍の懐のものを掏摸とった。
若侍は訴状を盗まれたと動揺したが、すぐに盗まれたものはないという。何やら事情があるようだ。
ちぼが分かった。庄太という子供である。本職ではなく、半分脅されてしたようである。
どうやら、何者かが最初から懐の訴状を狙っていたらしい。一体誰が?何のために?
亮吉が母のせつと住むむじな長屋の按摩の赤市の姿が見られなくなった。亮吉はすぐに事件の匂いを感じた。果たして、赤市の死体が川に浮かんでいるのが発見された。
…一方で、十四年前の事件のことが徐々に輪郭をはっきりさせ始めていた。一体、これから何が起ころうとしているのか?
本書について
佐伯泰英
政次奔る
鎌倉河岸捕物控2
ハルキ文庫 約三七五頁
江戸時代
目次
序章
第一話 噺家殺し
第二話 少女誘拐
第三話 藪入りの殺人
第四話 ちぼの庄太
第五話 むじな長屋の怪
第六話 天明四年の謎
登場人物
白石鼓安…外科医師
暢々亭無粋…噺家
麗々舎虎風…噺家
しづ
照念…宗光寺住職
おいね
ひで
あや
尚左衛門…名主
花村斎次郎
八重
伴蔵
高砂参八…隠密廻り同心
高砂新之丈
仲也
河内の彪助…盗人
美杉義忠
おかね
なみ
みさ
井筒京太郎
作造
庄太
巽の権造
新左衛門
竹松
赤市…按摩
繁市
石川抱一…勾当
佐々木頼母…御目付
(佐野善左衛門)
飯田麟太郎
月形大膳
金蔵…中間