覚書/感想/コメント
シリーズ第三弾。
本書の途中で寛政五年を迎え、松平定信が老中を辞している。
本書は謎解きもあり、サスペンス、ミステリーの要素がふんだんに盛り込まれている。あっというどんでん返しや、意外な人物が犯人だったりと趣向を凝らした作品となっている。
また、前作の「星買い六助」で取り逃がした女盗賊りよが登場し、重蔵たちを翻弄していくのも、りよが重要な役割をもって今後のシリーズに関わるのを象徴しているかのようだ。
そして、りよの背後にいると思われる「音無の喜兵衛」という盗賊の存在も今後が気になる。
謎解きという点では「鶴殺し」が面白い。自信のある人は、謎解きに挑戦してみては如何だろうか?
私はといえば、そういうことにはからっきし駄目なので、ほぉ、へぇとか思いながら読み進み、ちっとも挑戦はしなかったのだが…。
いろは四十八文字に沓冠の折句が仕込まれているという説。谷川士清(江戸時代の国学者)が唱えた説で、いろは四十八文字を
「いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
京」
と縦に七字ずつ並べると、沓の部分をつなげると「とかなくてしす」つまり「咎なくて死す」となる。これを元ネタに謎解きが展開される。
内容/あらすじ/ネタバレ
第一話 突っ転がし
寛政四年(一七九二)九月下旬。
組頭の松平左金吾が火盗改の加役を免ぜられ一時はもとの組に復帰した重蔵だったが、再び火盗改としてかり出されることになった。
この時に橋場余一郎も一緒に呼び戻された。この時期何かと騒がしく、仙台で捕縛された林子平が在所蟄居を命じられ、長谷川平蔵が兼任していた石川島人足寄場取扱を解任され、北ではオロシャ船が通告なしに根室に入港して日本の漂流民との交換に通商を求めてきていた。
根岸団平と橋場余一郎が見回っていると、女の悲鳴が起こった。最近流行の突っ転がしのようだ。逃げる男を浪人が峰打ちで捕まえ、すぐにお縄にすることが出来た。浪人は平井権八郎と名乗った。そして犯人は房州無宿の吉三郎と名乗った。
転がされたのは呉服問屋信濃屋忠八の妻・みのである。吉三郎はおはつという女に金をもらって犯行におよんだという。みのはおはつという女は知らないという。だが、団平の勘ではみのは何かを隠している。
この事件のことを団平は重蔵に伝えた。そして、重蔵はあることを考えた。
第二話 鶴殺し
師走にはいってほどなく。
えんは為吉と一緒に父親の墓参りに菩提所の天源寺へ向かった。その途中傷ついたと見える鶴を見かけた。その鶴を追っている内に、えんと為吉は刺された男を見つける。
男は茂三郎と名乗り「か、かぎことばは」、「か、かくすとて、なし」と言い残して息絶えた。茂三郎は右手に紙切れを握りしめていた。
紙切れにはひらがな二行で「さにきいすちかへせなにるになるさきい ゑつねほぬちたかうおこにてんゐんわ」と記されていた。
一体何のことだか分からないまま、このことを重蔵に知らせた。そして、もうひとつ、茂三郎は死の間際に為吉を音無の喜兵衛という人物と間違えていたようだった。
第三話 猿曳遁兵衛
渡し船の中で猿曳と侍が諍いを起こした。侍は原善兵衛といい、船が岸について猿曳の猿を手打ちにするとわめく。
だが、逆に猿に喉をかみつかれ絶命してしまう。この船に偶然乗り合わせた団平は一部始終を見た関係上、調べに時間を取られた。
この事件の話を重蔵にすると、猿曳の遁兵衛という一人働きの盗人のことを持ち出した。どうも、彷彿とさせる部分が話の中にあったらしい。同じ路線で町奉行所も動いているということを知ると、重蔵は町方に任せるといいのけた。
だが、同じく渡し船に乗り合わせていた座頭の宇乃市が押し込みで殺されたという。
第四話 盤石の無念
為吉が女の悲鳴を聞き駆けつけると、遊び人風の男二人が職人体の男を殴り、若い女を草むらに引きずり込もうとしていた。だが、男たちは為吉を見ると分が悪いと思ったのか、逃げてしまった。
職人体の男は吉松といい、最近「はりま」を贔屓にしてくれている客である。そして、若い女は履物問屋の家内でたつと名乗った。
この帰り、為吉は吉松に誘われて一杯引っかけることにした。この席で為吉は思いがけない話を聞く。それはえんが男と秘かに会っているというのだ。それも、為吉とえんとも因縁のある元角力取りの盤石文八郎だというのだ。
この話の後、為吉は団平にたっての願いと頭を下げて、えんの後を付けてもらった。そして、えんの後を付けていると、くちなわの弥七とばったり顔を合わせた。弥七は弥七でえんから頼まれて為吉を付けているのだという。一体何がどうなっているのか。
第五話 簪
音若の家で重蔵はくつろいでいた。
重蔵がいうには来春、湯島聖堂で行われる学問吟味に加わるように御目付の中川勘三郎忠英からいわれた。この吟味で上首尾を取ったあかつきには江戸を離れることもあるかもしれないという。中川が遠国奉行に転じられた時には連れ行かれるだろうともいう。
この話の後、重蔵は突然、音若が布袋屋の世話になっていたいきさつを聞いてきた。音若は、とわといっていた頃の話から始めた。
この話が終わった頃、団平から手紙が寄こされた。それを見た重蔵はすぐに音若の家を出た。
本書について
逢坂剛
猿曳遁兵衛
重蔵始末三
講談社文庫 約三八〇頁
連作短編集
江戸時代
目次
第一話 突っ転がし
第二話 鶴殺し
第三話 猿曳遁兵衛
第四話 盤石の無念
第五話 簪
登場人物
近藤重蔵…火盗改与力
根岸団平…重蔵の若党
橋場余一郎…火盗改同心
為吉…「はりま」主、元力士「播磨灘沖右衛門」
えん…為吉の女房
松平左金吾定寅…火付盗賊改方加役
佐田陣十郎…筆頭与力
青柳隼人…南町奉行所同心
くちなわの弥七
音若…常磐津の師匠
りよ…女盗賊
第一話 突っ転がし
平井権八郎…浪人
吉三郎
忠八…呉服問屋信濃屋の主
みの…呉服問屋信濃屋忠八の妻
おはつ
治兵衛
文次
第二話 鶴殺し
茂三郎
貞純…寺の若い僧
慈仙和尚
伊部主膳
りよ
(音無の喜兵衛)
第三話 猿曳遁兵衛
原善兵衛
長吉…猿曳
まめ吉…猿
助次郎
伝三郎
宇乃市…座頭
猿曳の遁兵衛
第四話 盤石の無念
吉松
たつ
くま
盤石文八郎
りよ
第五話 簪
音若
和助
善吉(源太)…名主の倅
伊兵衛…名主
布袋屋太兵衛…小間物問屋
りよ