覚書/感想/コメント
「仕掛人・藤枝梅安」シリーズと表裏一体をなす作品といっていいかもしれない。「仕掛人・藤枝梅安」シリーズでは暗黒街の顔役として大坂の白子屋菊右衛門が重要な役割を担っているが、本作ではもう一人の暗黒街の顔役・羽沢の嘉兵衛が重要な役割を担っている。
本作の主人公は二人、堀辰蔵とお道。
ある事件をきっかけに、一人は「仕掛人」の道へ堕ち、一人は波瀾の人生を歩むことになる。
その歩む道は決して交わることはないはずなのだが、事ある毎に二人はニアミスすることになる。そして、物語の最後で、意外な結末をみせることになる。
さて、本作のもととなる短編がある。「おせん」に収録されている「平松屋おみつ」である。
池波正太郎の場合、こうした短編から長篇へと昇華させている作品というのが結構多い。絵画でいえば、作品を描き上げる前に素描するようなものなのかもしれない。
だが、絵画でも素描自体が作品として評価されるレベルのものがあるように、池波正太郎の短編も、充分に一つの作品として楽しめるのはいうまでもない。
内容/あらすじ/ネタバレ
堀辰蔵は父の敵を討つ身でありながら、人を斬り、人の敵となってしまった。
その日、煙管師に父の形見の銀煙管を引き取ってもらおうと考えたのだが、つれない態度に激昂して斬ってしまったのだ。飢えて、疲れ切って、狂い犬のようになる一歩手前で懸命にこらえていただけに、そのつれない態度に我を忘れてしまったのだ。
父の敵を討つために故郷を出てから、十六年がたつ。間もなく堀辰蔵は四十になろうとしている。
斬られた煙管師・源助には一人娘のお道がいた。お道は、買い物出て帰ってくると父が斬られていた。源助の死体の傍に、蜻蛉を刻り込んだ銀煙管が落ちていた。
すぐに駆けつけてきたのは、御用聞きの佐吉である。佐吉は女房のおさわに「万常」という料理屋をやらせているおかげで、欲得抜きに御用に勤めることが出来ている。
一方、堀辰蔵はあるいきさつがあって知り合った三井覚兵衛という浪人の世話になることになった。
源助が殺されてから一年が過ぎた。依然として犯人は捕まらない。お道は伊勢屋九兵衛の囲い者・お絹の所で下女として働いている。
ある日、この伊勢屋九兵衛の妾宅に男が入り込んで、九兵衛とお絹をお道の目の前で殺した。男はお道にも近づいて来たが、なぜか殺さなかった。
男は堀辰蔵だった。金で殺しを請負っているのだが、さすがにお道を殺すことは出来なかった。堀辰蔵はお道がかつて自分が斬り殺した煙管師の娘ということを知っていたのだ。
この事件の後、お道は佐吉の所に引き取られ「万常」で働くことになった。
若松屋の内儀・お徳が佐吉の前で頭を下げて頼んだのは、お道を若松屋で奉公させてくれということである。「万常」に来て二年が過ぎていた。
この話を佐吉がお道にしているころ、「万常」に堀辰蔵と三井覚兵衛が客としたやって来た。二人の話しぶりから、堀辰蔵はしばらく大坂にいたようだ。
堀辰蔵は三井覚兵衛にさそわれ、金で人殺しを請負っている。暗黒の世界では「仕掛人」と呼ぶそうな。
一方、お道は若松屋に奉公に出ることに決めた。
お道はいきなり奥の女中にされ、お徳の世話をすることになった。お徳は噂に違わず、こと細かい質で、お道はよく叱られた。
若松屋には芳太郎という跡取りがいるのだが、これまで三度嫁に逃げられている。お徳に耐えきれなかったのだろう。
今度四度目の縁談が進められていたが、この嫁も半年ともたなかった。さすがに芳太郎も店に出ないで腐っていた。
こうしたある日、お道がお徳に言いつけられて土蔵で探し物をしている時のことだった…。
お道と芳太郎の祝言が行われた。お道が十九歳、芳太郎は三十三歳だ。芳太郎は人が違ったように働き始めた。
お道は今まで通りにお徳の身の回りの世話をし、お徳は今まで以上にお道にやかましくいうようになった。これも、お道が若松屋の内儀となるためにと思ってのことである。そのことはお道にもよく分かっていた。
本書について
目次
夢魔
豪雨
若松屋お徳
玉子焼
土蔵の中
若松屋お道
歳月
雪の朝
橋の上
星の瞬き
登場人物
堀辰蔵
三井覚兵衛
半次
羽沢の嘉兵衛
おもん
白子屋菊右衛門
お道
お徳…若松屋内儀
若松屋長兵衛
芳太郎…若松屋の跡継ぎ
おうめ…女中
佐吉…御用聞き
おさわ…佐吉の女房
松次郎…酒屋
おきね…松次郎の女房
おしん…松次郎の娘
お絹…伊勢屋九兵衛の妾