覚書/感想/コメント
渡辺勘兵衛了。阿閉淡路守、中村一氏、増田長盛、藤堂高虎と仕えた武将です。
最初の二人には勘兵衛自ら愛想を尽かして出て行きました。
阿閉淡路守は小心者で日和見の男、結果として懸けるべき人物を誤り亡びてしまいます。
先見の明がなかったといえます。
中村一氏は部下の業績を横取りしてしまうような将で、これでは部下が付いてこないのも当然。
続く増田長盛は、それまで武辺一辺倒だった勘兵衛が変わるきっかけをつくってくれました。
その事がよくあらわれているのが、城の受け取りの場面です。
「主人・増田長盛の指図のないかぎり、いのちにかけても、この城はわたされませぬ!!」
とか
「もしも、藤堂侯の申さるることが本当なれば、主人・長盛からの書状なり、または侍臣なりをそえてまいらるるが当然ではありませぬか。それが武士の作法と申すものでござる」
といったやりとりは、増田長盛に付いて、戦場とは違う交渉の場などを踏んだものならではのものです。
たんなる槍自慢の武人ではなかったということです。
城の引き渡しがあった後、再び浪人となり、藤堂高虎に仕えることになるのですが、その浪人の間、勘兵衛を食わせていたのが妻・於すめでした。
これが自信たっぷりにおまかせあれといいます。
なぜなら…、と、この先は本書で確認ください。
主を三回かえた勘兵衛。
その都度、認められ、禄高もあがっていくのですが、その最期はまさに題名の「戦国幻想曲」にふさわしく思います。
この最期の場面には、なんともいえない寂寥感を感じるべきなのでしょうが、むしろ戦国武人たち思いはせた夢の跡を見たような気がしました。
その最期の場面に向かっていく始まりのシーンは次のようで、印象深いものでした。
「どうじゃ。またも、わしは浪々の身となってしもうたが…ついて来るか?」
すると於すめは、ほろ苦く笑い、
「もう、たくさんでございます」
「さようか…」
「わたくしは、長兵衛どのや小一郎と共に、この津の城下へ残ります」
「それもよし」
勘兵衛も淡々として、打ちうなずき、
「いよいよ、別れじゃな」
「そういうことになりましたな」
「いささか、遅すぎたわい」
「ふ、ふふ…」
「なにを笑う?」
「おそいも早いも…人の一生など、大したことではございませぬ。生まれて死ぬるだけのもの」
「なるほど」
さて、最後に渡辺勘兵衛了を池波正太郎は短編でも書いています。
「勘兵衛奉公記」(「黒幕」収録)です。
内容/あらすじ/ネタバレ
阿閉淡路守に仕える渡辺勘太夫盛は腸が捻れるような苦しみに襲われ息絶えた。
この死の間際、小十郎は父から勘兵衛了と名乗るように言われた。
他にも、若い内には女房をもつなと言われた。
それは夫婦になると家に落ち着き、子供が生まれてしまう。
そうすると、妻も子も可愛くなる。
そして、立身も出世もみな喰い潰してしまうと…。
父はなおも言う。
わしは、阿閉ごとき莫迦者の家来なぞ、なっていたくなかった。
もっとえらい大名の下で働き、天下に知られる武将になりたかった。
だから、お前は、天下にきこえた大名に仕えよ、と。
渡辺勘太夫盛が死んだ時(天正六年)、上杉謙信が没した。
勘兵衛は必死に武術をまなんだ。
天正十年、勘兵衛が二十歳の時、織田信長は甲州攻略の動員令を発した。
阿閉淡路守ら北近江の国々を守る諸将は出陣をせぬようにとのふれがでて、せっかく初陣が出来ると思っていた勘兵衛をがっかりさせた。
だが、この阿閉淡路守からも五百の将兵が甲州攻めに参加することになり、これに勘兵衛も加わることになった。
この部隊は織田信長の嫡子・信忠軍に含まれた。
高遠城攻めが始まった。
高遠城からは城主の仁科盛信みずから十文字槍をふるって場外にあらわれ、激戦の様相を呈してきている。
織田信忠もついにみずから突撃した。
となると、阿閉の部隊もうかうかとはしていられない。遅れじと攻めかかった。
この戦いの中で織田信忠に危険が迫った瞬間があった。
そのときこれを助けたのが勘兵衛だった。自慢の槍で、敵を次から次へとなぎ倒す。
そして、この戦いの後、織田信忠は勘兵衛に「わしがもとへ来ぬか?」というのだ。
思いもかけない天下の変事がおきた。
織田信長が明智光秀に本能寺で討たれ、同じく織田信忠も死んだというのだ。
勘兵衛は愕然とした思いである。
阿閉淡路守もすっかり動転して、あろうことか明智光秀とよしみを通じてしまった。
とうにこの主人に愛想を尽かしていた勘兵衛は、妹たちを呼び、阿閉家を出ると告げた。
七年の歳月が流れていった。
勘兵衛と同じく阿閉家に仕えており、勘兵衛とも親しかった九庄九郎はその後、中村一氏に仕えていた。
天下はもはや豊臣秀吉の手のなかに入ろうとしている。
庄九郎が勘兵衛を見かけたのは偶然であった。
この時勘兵衛は息子の長兵衛を連れていた。
そしてこの再会がきっかけで勘兵衛は中村一氏に仕えることになった。
豊臣秀吉は関東の北条家を征伐するための軍を発することにした。
これに中村一氏の軍も加わった。
中村軍は箱根の城の中でも、もっとも堅城といわれる山中城の攻撃軍に加わることになった。
この攻撃の中で勘兵衛は抜群の働きをした。
だが、その軍功を主の中村一氏は豊臣秀吉に伝えることをしなかった。
結果として手柄を独り占めしたようなかたちになり、このことはすぐに諸将に伝わった。
中村一氏はあわてて勘兵衛の機嫌を取ったが、すでに勘兵衛はこの主を見限ってしまった。
そして、再び浪人となった。
小田原攻略の一年後、豊臣秀吉の無謀きわまる朝鮮出兵が始まろうとしていた。
この時、偶然に長兵衛が勘兵衛の姿を見つけた。
そして、再び九庄九郎の働きで増田長盛の留守居役・金子閣蔵由望を紹介してもらい、そのつてで増田長盛に仕えることになった。
金子閣蔵には一つの魂胆があった。
それは三女の於すめの婿にと考えているようなのだ。この於すめは器量が悪い。
こうした魂胆がある中、朝鮮出兵が現実のものとなった。
主の増田長盛は直接戦闘には加わらないものの、奉行として高級参謀ともいう役目につけられたようだ。
勘兵衛は自慢の槍を使う機会に恵まれないことになったが、増田長盛と一緒に朝鮮半島と行き来をしているうちに、次第に別のものを身につけるようになっていった。
こうした中、勘兵衛は金子閣蔵の三女・於すめと結婚することになった。
豊臣秀吉が死んでようやく朝鮮出兵が終結した。だが、すでにここから次の波乱が始まろうとしていた。
そして、これが関ヶ原の戦いに発展してしまう。
主の増田長盛は西軍についた。この戦の中で勘兵衛は増田長盛の郡山の城を守ることになった。
そして、この戦いの決着は徳川家康の東軍の勝利で終わった。
郡山の城の受け取りに来たのは藤堂高虎だった。
本書について
目次
父の声
槍の勘兵衛
高遠攻め
激変
流転
父子の別れ
急襲
新生
足音
出陣前夜
小田原攻め
終戦
再会
増田長盛
朝鮮の役
結婚
殺生関白
長兵衛帰る
天下さまの死
関ヶ原
籠城
開城
睡庵記
歳月
再起
風雲
大坂の陣
血戦
終曲
登場人物
渡辺勘兵衛了
長兵衛…息子
於すめ
金子閣蔵由望…舅
九庄九郎
伊佐…庄九郎の妻
小たま
渡辺勘太夫盛…勘兵衛の父
るい…妹
もん…妹
辻島門左…野武士の頭目
織田信忠
豊臣秀吉
中村一氏
増田長盛
増田盛次…長盛の息子
藤堂高虎