覚書/感想/コメント
シリーズ十七弾。前作が父・惣三郎を主人公とした物語であったのに対して、今回は清之助が主人公となっている。
柳生を出発した清之助は、京を一気に通り抜け、若狭湾まで出ている。若狭小浜藩に入り、最初から事件に遭遇する。そして、越前鯖江城下へと移動して、今回の目的の地、永平寺に着く。
永平寺では禅家修行をして、初心を取り戻すのが目的だ。これが題名になっている。また、副題の闇参籠とは、小さな穴に入って、禅を組む荒行のことをいう。
天井を重い石で覆われてしまうので、文字通り周りは闇だけになる。この闇参籠での修行を三十三日間に渡って行うのだ。
永平寺は、福井県吉田郡永平寺町にある。道元がひらいた曹洞宗大本山の寺院で、山号を吉祥山と称する。末寺一万五千寺を有する曹洞宗の中心寺院である。
曹洞宗には、ややこしいのだが、もう一つ大本山がある。神奈川県横浜市鶴見区にある總持寺(総持寺)だ。
実は、うん?と思う箇所があった。本書では、「能登の総持寺」と書かれていたのだ。これは「相模」の間違いじゃないの?と思ったが、石川県輪島市にある總持寺祖院が一三二一年から一九〇七年までの大本山だったのだそうだ。
元亨元年(一三二一年)に、瑩山紹瑾が能登の定賢律師の要請で石川県輪島市に開き、總持寺と改名。元和元年(一六一五年)、幕府により永平寺と並んで大本山となる。明治三十一年(一八九八年)に火災で焼失し、明治四十四年(一九一一年)に現在地に移転。
三十三日の闇参籠を終え、初心に戻った清之助。次は加賀金沢から物語はスタートする。
一方で、江戸では結衣と弦太郎の恋が着々と進行中。これは近いうちに、嫁入りしそうな気配だが、すんなりとは行かないんだろうなぁ。
解説で縄田一男氏が時代小説の文庫書き下ろしが多くなっているのを考慮して、文庫を対象にした賞を創ってはどうかと述べている。
同感だが、それよりも、既存の各賞が文芸誌や単行本だけを対象とするのではなく、「その年に新たに発表された作品全般」を対象にすれば良いような気がする。
単行本なんざ邪魔なだけ、という感覚しかない私には、なぜ文芸誌や単行本だけが賞の対象となる了見が分からない。文庫を軽んじて、出版社も文壇もエッヘんオッほんとお高くとまり、文芸誌や単行本こそ高尚だと、フンゾリ返っている感じがする。
さて、今作が佐伯泰英氏の文庫書き下ろしの時代小説百冊目にあたる。この百冊目を前にした、九十九冊目にあたる「烏鷺」の執筆最後の辺で、体調を崩されたらしい。
毎月一冊以上という驚異のハイペースで来られただけに、無理がたたったのかも知れない。これからはペースを落としてでも、健康に気を遣って執筆して頂きたい。末永く、佐伯作品を楽しみたい一読者からの切なる願いである。
内容/あらすじ/ネタバレ
三縁山増上寺で跡部弦太郎と金杉結衣が会っていた。弦太郎は飛鳥山の辻斬りの一件が落ち着いたところで車坂の一刀流石見銕太郎道場に入門した。
弦太郎は結衣に金杉家一家を屋敷に招きたいという父の意向を告げた。弦太郎はそれ以上に、二人の母親に結衣を紹介できるのが嬉しいのだ。
金杉清之助は譜代大名酒井家の若狭小浜藩に入っていた。そこの藩道場を覗いてみた清之助はただならぬ緊迫した場面に遭遇する。旅の武芸者が師範を追いつめ、いたぶっているのだ。
師範を斃され、仇とばかりに向山志之輔と名乗る若者が立上がった。その時だ。清之助が道場に現われ、見ず知らずにもかかわらず帰還の挨拶をして、武芸者の相手となった。
藩道場主は小浜藩家臣の夏目貴左衛門といった。清之助は先だってこの藩道場の門弟と偽って武芸者と対戦したが、とがめることもなく、子弟の契りを結び、道場への逗留を許してくれた。
藩道場へ押しかけ、師範の笹村達五郎を撲殺した連中が動いた。一統の頭・薗邑陣兵衛雪胤が清之助との勝負を望んできた。場所は南川百間橋の上である。
清之助は旅支度をして勝負に挑むことにした。
美浜宿の方から馬蹄が響いた。宿場のあちこちで海天狗が来たぞ!という悲鳴が上がる。
海天狗は去年の夏から突然現われた盗賊だ。首領は塩谷十左衛門といい、剣は義経神明流、薙刀は神道流の遣い手である。
小浜藩領内には、越前領内から国境を越え現われ、追われれば近江の国境を越えて姿を消す。いたちごっこで三国の役人も困っている。
清之助はこの海天狗の話を聞き若狭街道を越前へと向かった。この後ろから男女の二人連れが近づいてきた。富山薬売りの南次郎と女房のおたかと名乗った。ただの薬売りではないと清之助は睨んだ。それに、この二人と合流してから監視の目で見張られていた。
南次郎は海天狗のおよその塒は知っているようだ。南次郎夫婦は否定も肯定もしないが、小浜藩の国家老・酒井伊織の密偵だ。
跡部弦太郎は石見道場で一人重い木刀を振る稽古をしている。そこに道場破りが来た。薩摩の人間のようだ。惣三郎が相手になった。浜崎九助、流儀は示現流だ。惣三郎の相手にならなかったが、意図がはかりかねた。
清之助と南次郎らは海天狗を一箇所に集めることに成功した。あとは藩の役人が駆けつけるのを待つばかりだが、なかなか現われない。清之助は時間稼ぎのために動き出す。海天狗には中条流の達人・道傳精兵衛という剣客がいる。
清之助は越前鯖江城下にいた。新しい城下町で、直心影流の彦根三八の道場に世話になることになった。清之助には一つの目的があった。それは永平寺に参籠し、禅家修行をするというものである。彦根三八は紹介状を書いてくれると約束してくれた。
そして、彦根三八は道傳精兵衛と因縁があり、その人柄や手の内を清之助に教えてくれた。
清之助は永平寺に着き、道發禅師の許しを得て禅の修行を始めることになった。そして、禅師の勧めもあり、三十三日間の闇参籠を行うことになった…。
本書について
佐伯泰英
初心 密命・闇参籠(密命17)
祥伝社文庫 約三三五頁
江戸時代
目次
序章
第一章 百間橋の決闘
第二章 氷と炎
第三章 邪な考え
第四章 参禅修行
第五章 二人の母親
登場人物
夏目貴左衛門
きせ…夏目の娘
いよ…夏目の娘
向山志之輔
笹村達五郎…師範
三田村彩雲…小浜藩番頭用人
板坂将監…町奉行
酒井伊織…国家老
須藤忠春…酒井家用人
吟太…漁師
薗邑陣兵衛雪胤
久貝一角斎
三瓶次之助
山城屋参左衛門
北村義五郎…郡代官支配下手代
南次郎…薬売り?
おたか
吉住和五郎
塩谷十左衛門…海天狗首領
相坂七之助
小松の五郎蔵
道傳精兵衛
道傳神左衛門
浜崎九助
彦根三八
道發禅師…永平寺管主
新侶
松任小左衛門…漆蒔絵職人
おえい
夏七…数珠屋の手代
跡部弦太郎
跡部淡路守継胤
秋乃
おけい