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鳥羽亮の「三鬼の剣」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

剣豪ヒーローものとミステリーがミックスされた作品。

時代小説はもともとミステリーと相性がいい。それは、岡本綺堂の半次捕物帳から始まるように、連綿と続く捕物帳の系譜が大きな役割を果たしている。

一方で、時代小説にはチャンバラものというべき剣豪ヒーローというのも連綿と続いている。

だが、なかなかこの剣豪ヒーローと捕物帳が合わさったものはお目にかかれない。組み合わせるのが難しいのかも知れない。

さて、剣豪には毬谷直二郎。二十四才。若いが、直心影流免許皆伝の腕で、あるいは当代一の遣い手ではないかという評判すらある。が、初っぱなに負ける。当代きっての遣い手が敗れるほどに強い相手という訳だ。

その直二郎が負けたと時刻をほぼ同じ頃に二人の武芸者が殺される。太刀筋はどうやら直二郎が対戦した相手と同じようだ。

だが、それぞれの場所が離れており、同一人物がやった犯行としては無理がある。下手人は一体誰なのか?

本書のキーとなる無住心剣流。

真新陰流の小笠原源信斎の門人、針谷夕雲が開いた流派。上泉伊勢守の孫弟子にあたる。小田切一雲、真理谷円四郎と引き継がれる。

真剣試合五十二度におよぶが敗れなかった。そして、参禅して五十歳で無住心剣流を開いたといわれる。

傍目には児戯の棒振りの如く見える。だが、立ち会うと凄まじい強さを見せた。児戯の如くに見えるのは無念無想の境地だからだろう。

この無住心剣流の極意が相ヌケである。相ヌケとは、勝ち負けにこだわらず、相対する。互いに闘う気さえ消し去れば、打ち合うことも無し。これを相ヌケというそうだ。

天下無双といってもいい流派であったが、門人二千八百人のうち無住心剣の境地にあった者は僅かに四人に過ぎなかったそうだ。

本書では、無住心剣流は相手の剣気に反応して体が勝手に反応する剣術として描かれている。だが、この剣では主君を守るのは難しい。対する相手によるが、場合によってはこちらから仕掛けなければならないからである。

相手が仕掛けてくれば絶対的な強さを発揮するが、そうでなければ、どうにもならない。

この考えで行くと、無住心剣流は守りの剣ということになってしまう。私の解釈は正しいのだろうか?

内容/あらすじ/ネタバレ

文化八年(一八一一)の旧暦二月の夜。毬谷直二郎が本所亀沢町にある直心影流の「誠心館」道場で一人稽古をしていた。

道場主は西尾甚左衛門である。最近では三本に二本は直二郎に打ち込まれる。こうなると、直二郎は師範代格となり、門弟に稽古を付けることが多くなる。

道場に黒装束の男が現われた。「勝負を所望…」男はボソッといった。

直二郎は男に負けた。男は一言「相ヌケなり…」といって去った。

長谷川ゆいが後ろにいた。ゆいは小石川にある神道無念流長谷川道場主、長谷川嘉平の娘で女ながらに神道無念流を遣う。

故あって今は西尾甚左衛門の内弟子として離れで寝起きしている。そのゆいが直二郎にたずねた。三河水鬼という男の噂を聞いたことがないかと。知らぬ名前だ。

直二郎が黒装束の男と対戦した翌朝。鹿島新当流「聖武館」で三月ほど前に入門した比留間半造が死体で見つかった。比留間半造は一刀流の比留間一心斎の三男である。半造は道場で仕合って敗れたようだ。

定町廻り同心の朝倉兵庫之助と岡っ引きの細引の玄蔵が現場を見に来た。そのあと、玄蔵の所に毬谷直二郎が訊ねてきた。玄蔵も直二郎に聞きたいことがあったので都合が良かった。

直二郎は比留間半造の傷から、自分が相手をした黒装束の男だろうと思った。そのことを玄蔵に話すと驚いていた。

直二郎のいた場所と比留間半造のいた場所は遠すぎる。しかも、二人が対戦した時間帯がほぼ同じと推測されていた。相手は二人か。

そう思っていると、下っ引きの辰造が駆け込んできた。谷中でもう一人死んでいるのが見つかった。比留間市之丞。比留間一心斎の子である。

玄蔵は鍵を握るのが比留間道場とふんだ。すると長谷川道場の門弟に闇討にあったのではという意見が聞こえてきた。

小石川の長谷川嘉平が開く長谷川道場はかつて千人を超える門弟がいた。それが比留間一心斎に破れて急に寂れたという。それを怨みに思ってのことでは、との憶測だ。

それに、嘉平には江戸に道場を開く前から三人の内弟子がおり、かなりの遣い手だという。三人とも鬼がつく、幻鬼、水鬼、猿鬼だ。

最近、幻鬼が戻ってきたらしい。

長谷川ゆいが離れから消えた。

ゆいは直二郎が対戦した黒装束の男がとった構えを見ると顔色を変えた。その事を師匠の西尾甚左衛門に告げると、その構えを見たいという。

さらに、相ヌケのことを告げると、無住心剣流の極意が相ヌケと聞いたことがあるという。

新陰流の流れを汲む流派で、道統は絶えているが、天下無双の必殺の剣だという。長谷川ゆいの父・嘉平も無住心剣流を修行していると聞く。

ことが長谷川道場と比留間道場の遺恨に関係するなら、直二郎が仕合を挑まれる理由はない。だが、確実に渦中にいる。

ともかくも、直二郎は無住心剣流を知るために、甚左衛門からの紹介状を持ち、長谷川道場に入門した。

長谷川道場には幻鬼がいた。ある日、直二郎は自分が仕合った相手は幻鬼であることを確証した。だが、同時に幻鬼に勝てないことを実感させられた。

その頃、ゆいは別の所に隠されていた。幻鬼、水鬼、猿鬼の三人は父・嘉平により無住心剣流の極意を自得してこいと修行に出させられていた。

ゆいは昔から水鬼に惹かれていた。だから、是非とも水鬼に自得して帰ってきてもらいたかった。

だが、久しぶりにあった水鬼は病に冒されていた。労咳だ。

長谷川嘉平は直二郎に無住心剣流を見せた。だが、それは狂乱の剣であり、極意に達したものではない。そして、幻鬼も又極意に達した無住心剣流ではなかった。それはまさしく妖剣と呼ぶにふさわしいものだと嘉平は言う。

直二郎はいずれの無住心剣流にも対抗する術を見いだせないでいた。比留間半造と比留間市之丞を殺った下手人といずれ対戦する可能性があるのなら、何としてでも対策を練らねばならないが、無策のままである。

比留間半造と比留間市之丞を殺った下手人の目星は依然としてついていなかった…。

本書について

鳥羽亮
三鬼の剣
講談社文庫 約三一五頁
江戸時代

目次

第一章 相ヌケ
第二章 無住心剣流
第三章 決闘者
第四章 一ノ太刀
第五章 水鬼
第六章 剛剣
第七章 二重の罠
第八章 死人の剣

登場人物

毬谷直二郎
毬谷彦四郎…父
細引の玄蔵…岡っ引き
辰造…下っ引き
熊吉…下っ引き
おらく…玄蔵の幼馴染
朝倉兵庫之助…定町廻り同心
西尾甚左衛門…直心影流「誠心館」道場主
文太…魚屋の倅
長谷川嘉平…神道無念流長谷川道場主
長谷川ゆい
常陸幻鬼
三河水鬼
出羽猿鬼
佐久象山…鹿島新当流「聖武館」主
山上宗源…心鏡流草鎌
比留間一心斎…一刀流比留間道場主
比留間右近
比留間市之丞
比留間半造…三男
長次…駕籠舁き
喜平…駕籠舁き