覚書/感想/コメント
江戸時代の美術史の最大の謎。「写楽」とは誰か?
登場してわずか十ヶ月で百四十点の作品を残して忽然と美術史上消えてしまった浮世絵師。
本書はその写楽の正体を花屋二三を主人公にして暴いていく歴史ミステリー小説。
写楽については様々な人物がその正体として取りざたされてきた。阿波・蜂須賀のお抱え能役者、円山応挙、谷文晁、葛飾北斎、蔦谷重三郎、東国屋庄六…。この辺りの諸説は、第十章に相当する「消えた十郎兵衛」で年代別に述べられている。
本書で、誰を写楽だとしているのかを是非とも確かめてもらいたいのだが、それと並行して起きる芸者・卯兵衛の死、尾上菊五郎の謎など、様々なミステリーが緻密に絡み合っているのも読み所であるので、そこも楽しんでもらいたいところである。
他にも、当時の江戸の文化が描かれているのも楽しい。芝居に黄表紙、川柳、相撲に手妻、からくり…。こうした文化を小説の中で味わえるのは粋である。
また、作者は言葉遊びもふんだんに文章の中に組み入れている。それも楽しみの一つであろう。例を挙げれば、目次。章でいえば一章から十章まであるのだが、それぞれの題名に一から十の数を紛れ込ませている。こうした遊びも沢山あるので目を凝らしながら読まれることをオススメする。
内容/あらすじ/ネタバレ
二三が日本橋浜町堀沿いの橘町裏「よし辰」という料理茶屋で芸者の卯兵衛と会っていたときのことである。二三は卯兵衛を身請けして妻にしてもよいと思っており、そのことを卯兵衛にも伝えてはいるがやんわりと断わられている。卯兵衛は元吉原の花魁だったが、落ちぶれ、転び芸者となっている。
そうした身分になっても、二三の誘いには首を縦に振らない。卯兵衛には亭主がいるというのだ。いつもの話になったところで、二三の目に飛び込んできたのは一枚の浮世絵だった。それは一目で二代目・尾上菊五郎と分かる代物だった。落款があり、「東」の一文字が見える。
世は松平定信の寛政の改革の影響が色濃く残っていた。
二三が料理屋を出て、湯屋に向かった。湯屋では蔦屋重三郎(蔦重)の番頭・一九と出会う。二三は卯兵衛のところで見た浮世絵の話をし、東の名の付く絵師に心当たりがあるかと聞いた。一九は忽ちに多くの絵師の名を挙げたが、いずれも違うように思われた。
狂言作者の瀬川如皐の葬式で再び一九と会った二三。一九はその時、音羽屋(尾上菊五郎)は上方で死んだのが病死ではなく殺されたのだという。それは高貴な方との密通がばれてのことだったようだと語る。
葬式の後、二三は卯兵衛の所に顔を出すと、二、三日前から行方が分からなくなっているという。この話の中で、卯兵衛が誰だかの妾だということが分かる。二三が聞いていた話とは違う。卯兵衛を囲っていた男はショウというらしい。聞いた卯兵衛の家に行くと誰かが家に入っていった。
卯兵衛の行方を聞く中で、二三は道陀楼、吹殻咽人、中村故一、捨来紅西と知り合うが、この後すぐに卯兵衛が遺体で見つかった。見つけたのは他でもなく二三だった。卯兵衛は音羽屋の浮世絵と、元結に文字の記した紙切れを身につけていた。
二三のところに一九からいわれていた蔦重の富本正本開版披露の会の案内が届いた。この会にはある殿様連中も出席するとの話だった。二三はこの会で、東国屋庄六と知り合う。話している内に、以前卯兵衛の家で見かけたのは庄六であることが分かった。庄六は本を返してもらうつもりだったようだ。本は「中山物語」。禁裏を描いたご禁制の本だった。
賓客が現れた。あろう事か、殿様の一人は松平定信。残りは蜂須賀重善と酒井忠因であった。
この会の中で、二三は卯兵衛の所で見た浮世絵の絵師の名を知る。東洲斎写楽。誰も知らない絵師だった。そして、この写楽の浮世絵を松平定信は蔦谷重三郎に刷らせることにした。もっとも、売らせるのではなく自分への貢ぎ物用である。数は三十枚。
二三は東国屋庄六から件の禁制本を借りた。そこには尾上菊五郎と内親王の寵愛を受けている月子という女性との間に起った醜聞が書かれていた。
二三の気持ちは浮ついていた。蔦屋重三郎が写楽を売り出すというのだ。蔦重もただでは転ばない。大首錦絵二十八枚。写楽の登場である。
そして、二三は卯兵衛の死に結びつく出来事の真実へと徐々に近づいていく。それは、写楽、「中山物語」、尾上菊五郎、禁裏、幕府…などを巻き込む事件だった…。
本書について
目次
一九温泉
久二郎代参
笑三の女
半四郎鹿の子
菊五郎お半役
庄六の貸本
七面参り
八丁堀地蔵橋
施写第十九
消えた十郎兵衛
登場人物
花屋二三
卯兵衛(卯の里)…芸者
せん
友吉…芸者
社楽斎万里
おかく
蔦屋重三郎
十返舎一九
葛飾北斎(勝春朗、俵屋宗理)
東国屋庄六…貸本屋
道陀楼
吹殻咽人
中村故一
捨来紅西
中村熊次郎
松平定信
蜂須賀重善
酒井忠因
東洲斎写楽(斎藤十郎兵衛?)