安房神社を参拝しました。
なんとなく目の前が海だと思っていましたが、海に近いわけではありません。
ですが、創建当時は今より海が近かった可能性があります。
房総半島の古代の姿が現在と大幅に異なるからです。今よりも陸地が少なく、ほぼ島だったのです。
安房神社へのアクセスですが、館山市内から離れており、便利な場所ではありません。車の方が良いと思います。
この日は車でやってきました。
公共交通の場合、東京駅から館山まで2時間30分~3時間です。内房特急「さざなみ」で約2時間です。駅からはバスで20分ほどかかります。
車ですと、館山自動車道の終点までは順調ですが、終点を降りてからが時間がかかります。
駐車場は長い参道沿いにあります。
周辺には式内社がいくつかありますので、一緒にめぐるのがおすすめですが、車がよいです。
- 后神天比理乃咩命神社:洲崎神社or洲宮神社
- 天神社:下立松原神社
- 莫越山神社:莫越山神社(千葉県南房総市宮下or千葉県南房総市沓見)
- 下立松原神社:下立松原神社(千葉県南房総市白浜町滝口or千葉県南房総市千倉町牧田)
- 高家神社:高家神社
鴨川の方へ足をのばせば日蓮ゆかりの誕生寺や清澄寺などもあります。
安房神社の歴史
参道のつくり、本殿の場所などは、効果を狙っているのがよくわかります。
一の鳥居から二の鳥居までは開けた感じの参道が続きます。
二の鳥居の前で階段(坂)があり、二の鳥居をくぐり、手水舎を超えて、本殿へ向かうと、途端に雰囲気が変わります。
ひらけていた空がなくなり、叢林が迫ってきて、いきなり雰囲気が重くなるのです。
神域へ足を踏み入れた感覚です。
伝承では、安房神社は2670年以上の神話時代に創建されました。
天富命(あめのとみのみこと)が今の徳島県の阿波地方から忌部氏(いんべうじ、斎部氏)を率いて安房国を開拓しにやって来ました。
その際に、自分の祖先である天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祀るために建てたのが安房神社とされます。
「安房」の国名はこの阿波忌部の移住から起こったといわれます。
忌部氏による開拓伝承が残る神社として、洲崎神社(館山市洲崎)、洲宮神社(館山市洲宮)、布良崎神社(館山市布良)、下立松原神社(南房総市白浜町・南房総市千倉町の2社)などがあります。
天太玉命は伊勢神宮にも祀られていることから、本殿は伊勢神宮と同じ神明造りです。
安房国一之宮として、周辺の人々からは「大神宮」として親しまれています。
安房国はアワビの産地として朝廷から重要視されていました。
安房神社は、その中心にあり重要視されたようです。前線基地の意味合いもあったのでしょう。
御由来
■ 神代
http://www.awajinjya.org/gosaijin.htm
安房神社の創始は、今から2670年以上も前に遡り、神武天皇が初代の天皇として御即位になられた皇紀元年(西暦紀元前660年)と伝えられております。神武天皇の御命令を受けられた天富命(下の宮御祭神)は、肥沃な土地を求められ、最初は阿波国(現徳島県)に上陸、そこに麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えられ、開拓を進められました。
その後、天富命御一行は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り、房総半島南端に上陸され、ここにも麻や穀を植えられました。 この時、天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、御自身の御先祖にあたる天太玉命と天比理刀咩命をお祭りされており、これが現在の安房神社の起源となります。
■ 奈良時代
時代が下り養老元年(717年)になると、吾谷山(あづちやま)の麓である現在の場所に安房神社が遷座され、それに伴い、天富命と天忍日命をお祭りする「下の宮」の社殿も併せて造営されました。
■ 平安時代
平安時代には、『延喜式』の「神名帳」に記載された式内社(しきないしゃ)
となり、その中でも特に霊験著しい名神大社(みょうじんたいしゃ)
として、国家から手厚い祭祀を受けておりました。またこの時代には、「安房国一之宮」としても、広く一般庶民からの崇敬も集めています。因みに現在においても、安房国の一之宮で有ることには変りありません。
■ 近代・現代
明治時代になると、新たな社格制度が制定され、当社は「官幣大社」(かんぺいたいしゃ)という最高位の社格を賜り
、昭和20年の大東亜戦争(太平洋戦争)終結まで、国家の管理下に置かれることとなっていました。 しかし終戦時に、GHQによる「神道指令」によって、当社を含め、それまでの社格制度は全て廃止されてしまいます。昭和21年には、戦後発足した神社本庁(じんじゃほんちょう=全国の大多数の神社を包括する団体)によって、神社の由緒や活動状況を考慮して、特に優れたお宮に定められる「別表神社」(べっぴょうじんじゃ)の指定を受けることとなりました。それ以降、氏子の皆様は勿論のこと、日本全国の多くの崇敬者の皆様に支えられて、現在に至っております。
安房神社の見どころ
一の鳥居から二の鳥居まで
一の鳥居
参道
案内図
石灯籠と二の鳥居
お定め
二の鳥居と授与所
社務所
御手洗池
手水舎
境内風景
由緒版
拝殿・本殿
拝殿
本殿(上の宮)
拝殿と本殿
神饌所
神饌所と拝殿と本殿
御仮屋
御水取り
摂社・末社
摂社
下の宮です。
祭神は天富命(あめのとみのみこと、天太玉命の孫神)、天忍日命(あめのおしひのみこと、天太玉命の弟神)。
社伝では奈良時代の養老元年(717年)の創祀。
延喜式社号標
延喜式の社号標は下の宮のところにあります。
末社
厳島社。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。
琴平社は祭神:大物主神(おおものぬしのかみ)。
琴平社周辺
御神木
安房神社の概要
文化財
指定 | 内容 | |
---|---|---|
国指定 | 国宝 | ― |
重要文化財 | ― | |
登録有形文化財 | ― | |
県指定 | 史跡 | 安房神社洞窟遺跡 |
市指定 | 有形文化財 | 双鳥花草文八陵鏡・双鳥花草文円鏡(工芸品) 安房神社高坏(考古資料) |
有形民俗文化財 | 狛犬・燧筐・木椀 4点 |
公式ページ
住所&地図
所在地: 〒294-0233 千葉県館山市大神宮589
電話: 0470-28-0034