記事内に広告が含まれています。

出久根達郎の「御書物同心日記 第1巻」を読んだ感想とあらすじ

この記事は約6分で読めます。

覚書/感想/コメント

将軍家の蔵書を管理するのが御書物奉行、御書物方同心である。とても変わった同心を主人公にしている。

題名に「日記」とあるように、捕物帖というわけではない。だが、小さな出来事や事件のようなものが起きるので、「日記」としているのだろう。

この御書物方同心という職業は、本書を読めばわかるが、珍本や稀覯本が大好きな人にとっては垂涎の的の職業だろう。

主人公の東雲丈太郎(しののめじょうたろう)はこうした珍本や稀覯本が大好きな人間である。

そもそも丈太郎は徒目付から西の丸奥火之番組頭になった武田章三郎の三男の冷飯食いであった。

本が好きで、毎日のように古本屋をひやかしていたが、そのうちに懇意となった古本屋から書物の内容の相談を受けるようになった。古本屋は表面だけの知識しか持ち合わせておらず、古いものや稀覯本が出るとお手上げとなる。そういうわけで丈太郎は重宝された。

この丈太郎に思いがけない縁談が持ち込んできたのは、古本屋の小泉喜助だった。世継ぎのいない御書物方同心の家で養子を求めているという。

この世の珍本を誰よりも多く収集しているのは将軍家以外ない。その蔵書を管理しているのが御書物奉行であり御書物方同心である。丈太郎にとっては願ったりかなったりの縁談だった。

こうして丈太郎は御書物方同心となるわけである。

御書物奉行や御書物方同心が監督保護する将軍家の蔵書は、はじめ江戸城南の富士見之亭にあったが、後に城内の紅葉山に移され紅葉山文庫と称されることになる。

初代の徳川家康が無類の愛書家であり、古い書物を集めたり、出版にも力を入れたりとした。それが紅葉山文庫の始まりである。そして、三代の徳川家光の時代に御書物奉行や御書物方同心がおかれ、監督保護することとなる。以来無事現在まで伝えられ、文庫は宮内庁と内閣文庫に分置されているそうだ。

なお、作中に出てくる「紅葉山御文庫」なる蔵印はない。作者の創作だという。

内容/あらすじ/ネタバレ

紅葉山下御門を東雲丈太郎と時田敬之助が歩いている。紅葉山は家康公の霊廟である。二人はこれを訪ねるわけではない。濠の小橋を渡ると正面に御宝蔵入口門があり、くぐると右手に丸太矢来がある。その向こうには霊廟を守る僧達の建物がある。

御宝蔵入口番所の隣に看板はないが「御書物会所」と呼ばれる建物がある。東雲丈太郎は今日からここの書物方同心となるのだった。時田敬之助は同心世話役である。

真新しい名札を表にして出てきたことを知らせる。この名札にはもう一つ決めがある。書庫にはいる時に名札を奉行に預け、鍵と引き換えるのだ。その奉行に挨拶をすることになった。御書物奉行は二人おり、隔日で勤仕している。今日は園峰八郎右衛門である。

最初の仕事は本の修理だろうと思っている。丈太郎には願ってもいない仕事だ。書物の補修がしたくて書物方同心を望んだといってよい。

だが、最初の仕事は四の蔵の廃棄本の帳簿照合となった。四の蔵に行くまでの地面は水はけを良くするための整備がされている。そして蔵自体は床が高い校倉造りとなっている。風通しは良さそうだ。

丼鉢の中に紙屑が詰まっている。鼠に食われた本の残骸だという。丈太郎は敬之助と一緒にやられた本の数を数え始めた。その作業の中で大きな紙魚を捕まえた。

紙魚を抱えて丈太郎は小泉喜助の所へ向かった。元々は薬種問屋であったが、唐本を取り寄せている内に、本の方が商売の主力となった。それが成功し、大どころの古本屋となっている。

喜助が紙魚を貸してくれないかという。だが、紙魚を持ち出したことを奉行に咎められ、件の紙魚を取りに喜助の所に行くと、逃げてしまったという。

丈太郎は風邪を引いた。蔵書を守る仕事のため紅葉山文庫御書物会所は火の気がない。寒い。また湿気を嫌ってか、会所の造りは隙間が多い。それだけでなく、養父の栄蔵の言いつけを聞き流したのもいけなかった。あらかじめ唐辛子の入った紙を包んだものを縫いつけた襦袢を渡してくれたのだが、色が赤いせいもあり丈太郎は着なかったのだ。

四日間熱にうなされ、大事を取って三日ばかり休んだ。

小泉喜助から使いが来た。小泉喜助の店には妹の琴乃が来ており、珍本を読んでいる。その時、善本堂が亡くなったとの知らせがきた。丈太郎も目をかけてもらった人である。

遺族に悔やみを述べると、元番頭達が丈太郎の側に寄ってきた。香典についての相談だった。

出仕するとこちらでも香典の話が出た。同心の白瀬徳之進が急死したという。丈太郎が香典をとどけることになった。玄関まで送ってくれたのは養子の白瀬角一郎だった。

丈太郎は会所に務めて以来、ずっと鼠にかじられた本の修復にかかっている。今取りかかっているのは「梅花無盡蔵」である。

そこに白瀬角一郎があらわれた。御礼だという。白瀬角一郎は丈太郎の修復の仕事を興味深くみていたが、少しの時間で本を暗記していたのに丈太郎は驚いた。

その「梅花無盡蔵」が稀覯本にもかかわらず、どうやら市中に多く出回りはじめていた…。

養父・栄蔵が桜を見に上野に行こうといいだした。お山はすごい人手だ。その中で栄蔵たちは親娘ずれと会った。知り合いのようである。

娘の名はたきという。丈太郎はたきと二人で桜を見るように言われた。ようやくこれが花見にかこつけた見合いであることに気がついた。

そのたきが今日の見合いは丈太郎の方から断って欲しいという。弟や妹がおり嫁に行くわけにはいかないのだという。

この話をしている中、妹の琴乃が現われた。琴乃もお見合いをさせられており、相手の男から逃げてきたようなのだ。だが、この時の琴乃の呼びかけ方がまずく、たきが誤解してしまう。

白瀬角一郎が正式に御書物方同心として採用され御書物会所に通ってきた。角一郎は丈太郎と一緒に鼠害にあった書物の修理をすることになった。

若葉の季節

某大名家から将軍に書物の献上があった。御書物会所はにわかに慌ただしくなった。

この仕事の中で白瀬角一郎が丈太郎を貴顕寺に誘った。牛込御門の方から神楽坂を上ったところにある、夫婦公孫樹で有名な寺だという。丈太郎はこの話をしている時に、再び栄蔵が企てた見合いのことを思い出していた。明日の非番に出かけることになった。

二人は損料屋のような店に入って着替えた。寺を見ると、角一郎は酒に誘った。この誘った店というのが…。

お風干の準備が始まった。本の虫干しだ。六月の土用入りから、およそ六十日間に渡って行われる。東雲丈太郎は白瀬角一郎と組まされて仕事することになった。

御文庫ではこの風干の際、修復不能の本や重複本を払い下げることになっている。そのため古本が呼ばれる。この古本屋が甲府屋宗右衛門という。たいがいの古本屋は知っているつもりの丈太郎も訊いたことのない。

この払い下げの入札の立会人に丈太郎がなることになった。差配するのは同心の中川平之丞である。

お風干が始まった。風干しは雨だけでなく鳥の糞にも気をつけなければらならない。

白瀬角一郎が眼病で休みをとっていた。丈太郎がその見舞いに行くと、角一郎は元気でいた。仮病だという。

その角一郎はこれから双葉屋という袋物屋の隠居を訪ねるという。隠居に暗記した書物を朗読するのだという。この帰りに丈太郎は「梅花無盡蔵」が市中に出回っている話をした。角一郎が隠居に暗誦した直後に出回り始めている。妙な暗合である。

御風干も九日目。

昼食の弁当に書物方同心の全員があたった。仕事どころではなくなった。こうした中、丈太郎と角一郎は幽霊を見た。

本書について

出久根達郎
御書物同心日記1
講談社文庫 約二八〇頁
江戸時代

目次

ぬし
香料
花縁
足音
黒鼠
落鳥
宿直
附・江戸城内の書物
文庫版あとがき

登場人物

東雲丈太郎…書物方同心
東雲栄蔵…養父
よき…養母
柴平…若党
琴乃…東雲丈太郎の妹
小泉喜助…古本屋
白瀬角一郎…書物方同心
時田敬之助…同心世話役
園峰八郎右衛門…御書物奉行
小林実四郎…御書物奉行
たき
安井和之助
甲府屋宗右衛門…古本屋
中川平之丞…書物方同心
小峰利三郎…書物方同心
黒村…書物方同心