武家ものの短編集です。
「唆す」「潮田伝五郎置文」が海坂藩もの。
正確には、「唆す」は海坂藩が舞台にはなっていませんが、主人公の仕えていた藩として登場します。
「潮田伝五郎置文」は途中々に置文の文面が入り込んでいます。藤沢周平の作品としては、かわった形式です。
「夜の城」は藤沢周平としては珍しい忍びもの。
本短編集で面白かったのが「一顆の瓜」です。特に「一顆の瓜」の最後につながる伏線が面白いです。
中老の本多相模が大目付の寺内八郎兵衛を味方につける時、「心配はいらん。手は打ってある。八郎兵衛は塩鮭が好物でな。先日屋敷に呼んで酒を飲ませ塩鮭半尾を贈った。彼は味方だ」というくだりがあります。
つまり中老は味方につけるのに塩鮭の半尾しか使わなかったくらいケチなのです。
この一文が最後でとても効果的に活きてくるのです。そして、ニヤリとしてしまうのです。
内容/あらすじ/ネタバレ
証拠人
荘内藩で人を召し抱えると聞いて諸国から浪人者が集まってきた。佐分利七内もそういう一人である。次々に吟味役に呼ばれ、佐分利七内の番が来た。
佐分利七内には売り物が一つしかない。関ヶ原の戦いの時の高名の覚え書きである。吟味役はこの覚え書きに興味を持ったらしい。但し、と条件が出た。
覚え書きに書かれている島田重太夫からの、間違いはないという書き付けをもらうことという。それがあれば百石はかたいという。勇んで島田重太夫に会いに行く佐分利七内だが…
唆す
神谷武太夫は筆作りの内職に没頭している。七年前の安政六年。武太夫は海坂藩を追放されている。追放されたのは百姓一揆を煽った疑いをもたれたためである。
その武太夫が外出すると、かわら版を売っている新八と話をした。新八は勤皇浪人と名乗る半分強盗まがいの連中の話をしてくれた。その勤皇浪人が世話になっている遠州屋に出没しているらしい。
頼まれて武太夫は勤皇浪人とやり合うことになるが、その中で遠州屋に積まれている俵の山を見て、胸の中で何かがムクリと起きあがるのを感じるのだった…
潮田伝五郎置文
潮田伝五郎が井沢勝弥を斬り、自決した。彼は置き文をしていた。なぜこの様なことになったのか。
井沢勝弥とは昔からの因縁がある。伝五郎の粗末な服を嗤ったために、喧嘩になったことがある。その時に救いの手をさしのべたのは広尾七重だった。この七重とはその後、海坂城下の盆踊りの時にもあっている。この時には、七重はすでに人妻となっていた。
七重に密かな思いを抱きながら月日が過ぎ、辛卯の大変が起こった。その時に伝五郎は七重を救い出したが、その大変がおさまった後にある事を耳に挟み、そして…
⇒講談社「雪明かり」にも収録
密夫の顔
一年の江戸勤めが終わって今日帰ってきたというのに妻・房乃が話があるらしい。いきなり口から突いて出てきたのは離縁して欲しいとの一言だった。
浅見七郎太には何のことか解らないでいると、房乃は過ちがあって妊っているという。七郎太は房乃を責め相手を問いつめるが答えない。一体相手は誰なのか?
疑念を抱きながら、登場すると中林豊之助が待っていた。そういえばこの男も怪しい…。しかし話は別で豊之助は近いうちに上意討が行われるという。その討手に豊之助と七郎太が選ばれていた。
夜の城
御餌指人・守谷蔵太は五年ほど前に熱病を病んで、以前の記憶を一切失った。だが、山道の柵で遮られている道には、何となく見覚えがあった。だが、この柵はいったい何で設けられているのだろうか。
鷹場の日取りが決まると、酒宴が始まる。その席で喜代と名乗る女が近づいてきた。組に石神又五郎というのはいないかというが、そんな人物は知らない。変なことを聞く女だと思っていた。その後、また不可解なことがあった。鳥羽屋という古手屋の男が近寄って来て、変なことを聞いてきた。
どうやら記憶を失った以前のとこと関係しているらしい。以前の自分は何をしていたのか…
臍曲がり新左
治部新左衛門は藩中の評判が良くない。それは新左衛門が稀代の臍曲がりだからである。しかし、役持ちでもあり、抜群の武功を謳われてもいた。
その新左衛門を斬り合いが始まったので来て欲しいとやってきた。新左衛門が駆けつけると、そこには隣家の総領・犬飼平四郎が立ち向かっていた。この平四郎を新左衛門は苦々しく思っていた。というのも、娘の葭江と親しく口をきくからなのである。
平四郎が立合っているのは篠井右京の息子である。なんでまたこの様なことになったのかを聞いてみると、新左衛門には昔のことが思い起こされてきて、腹が立ってくる。
一顆の瓜
島田半九郎が酒を飲んで泣き上戸となった久坂甚内とわかれてのこと。中老・本多相模の屋敷近くで人影が二つ争っている。襲われているのは女であり、島田半九郎は女を助けた。女は傷を負っているらしかった。
家に連れて帰り介抱していると、女が油紙に包まれた書付けを所持しているのに気が付いた。襲った相手はこの油紙を奪おうとしていたのだ。半九郎はその内容を見てしまうが、その内容はよくはわからないものの殿からの手紙であった。一体何が起ころうとしているのか…
十四人目の男
一つ上の叔母・佐知に三度の縁談が舞い込んできた。相手は藤堂帯刀である。佐知は二度嫁に行って、二度戻ってきた。だが、二回とも死に別れなのである。だから、佐知は今度の縁談には乗り気になれなかった。しかし、神保小一郎は叔母・佐知を力づけた。
藩を揺るがした事件が起きたのは三年後のことだった。十三名の家臣及びその家族が突如斬罪の処分を受けたのだ。その中に藤堂帯刀もいた。当然嫁いだ佐知も斬られることになった。
この事件に関することは何もわからなかったが、ある日その糸口が見えるようなことを聞いた。一体真相は何だったのか。
冤罪
堀源治郎がいつものように坂の上に出て下を見下ろすと、目当ての娘の姿がなく、拍子抜けしてしまった。坂を下りていくと、娘の家に異変があったことに気が付いた。戸が斜め十文字に木材で釘付けされているのだ。
娘は明乃といった。その明乃の父・相良彦兵衛というのが藩の金を横領したことが露見して城中で切腹させられたというのだ。
その後、源次郎が色々聞きこみをして明乃の行方を探していると、だんだんと意外な真実がわかり始めてきた。
⇒講談社「雪明かり」にも収録
本書について
藤沢周平
冤罪
新潮文庫 約四二〇頁
短編集
江戸時代(海坂藩もの含む)
目次
証拠人
唆す
潮田伝五郎置文
密夫の顔
夜の城
臍曲がり新左
一顆の瓜
十四人目の男
冤罪
登場人物
証拠人
佐分利七内
島田重太夫
とも
唆す
神谷武太夫
竜乃
潮田伝五郎置文
潮田伝五郎
希世
井沢勝弥
広尾七重
密夫の顔
浅見七郎太
房乃
剣持鱗蔵
中林豊之助
貝島藤之進
夜の城
守谷蔵太
三鄕
喜代
鳥羽屋
臍曲がり新左
治部新左衛門
葭江…娘
犬飼平四郎
佐久
篠井右京
加藤図書
一顆の瓜
島田半九郎
美佐
久坂甚内
本多相模…中老
三坂左太夫
十四人目の男
神保小一郎
佐知…叔母
小橋鷹次郎
八木沢兵馬
冤罪
堀源治郎
明乃
黒瀬隼人