覚書/感想/コメント
「夢ぞ見し」
読み終わった瞬間に、スカッとした気分になる短編である。最後の下りで、昌江が溝江啓四郎のいた昔の記憶をたどり、だんだん笑いがこみ上げて来るシーンがある。
そこで思い出すのは、昌江が殿さまに肩をもませたり、朝寝坊に腹を立てて、蒲団をはぎ取ったりしたことである。本来は、思い出すだけで青ざめるような事柄なのだが、啓四郎という若者のきさくな人柄がそうはさせていない。
また、物語の最後では昌江が幸福感で満ちあふれているのも、スカッとした気分になる理由の一つであろう。
「長門守の陰謀」
荘内藩の藩主世継ぎを巡る暗闘の話。いわゆる「長門守事件」として知られ、荘内藩空前の危機を招いた事件を扱っている歴史小説。
内容/あらすじ/ネタバレ
夢ぞ見し
夫・甚兵衛の下城が遅い。昌江はそれが不思議でならない。理由を聞いても口の重い甚兵衛の返事は煮え切らない。それが腹ただしい。
ある日、今日は帰りが早いと思ったが、土間には見たことのない若い武士が立っている。溝江啓四郎と名乗った。この若者のことは甚兵衛から聞いていた。
だが、この若者は礼儀を知らないようでもないのだが、横柄な口ぶりといい、口の利き方に欠陥があるようである。甚兵衛が帰ってきて、溝口啓四郎が来ている旨を伝えると、日頃の重鈍な感じはなく、すぐさま会った。
啓四郎が来てから半月の間、あちこちを出歩いているようである。そんなある日、家の前で啓四郎が襲われているのを昌江は目撃する。
春の雪
みさの父・安蔵が二度目の中風で倒れ、今度は枕も上がらない重病である。安蔵は弓師であるが、今度のことで仕事に復帰するのは難しいだろうと思っている。
見舞いに来たみさは母のおたねから縁談の話を聞かされる。相手は三笠屋の徳蔵である。だが、みさは徳蔵を好かなかった。みさは作次郎と比べてしまう。
みさが勤めている材木屋には幼馴染が二人いる。一人が作次郎で、もう一人はぐずで、へまばかりしている茂太である。
ある日、作次郎が茂太を叱っている場面に遭遇する。どうやら、茂太が賭場にはまり込んでいるのを知って、作次郎が怒っているようである。
夕べの光
おりんは、息子の幸助が駄菓子を掠め取ったのを見て心が暗くなった。そのことを叱ると、本当の母親じゃないのに威張るなといわれてしまう。幸助はおりんの実の子ではないが、乳飲み子の時から育ててきている。幸助は死んだ亭主・栄作と先妻の子である。
そんなおりんに縁談が舞い込んできた。小間物屋をしており、柳吉という。柳吉はおりんに幸助という息子がいるのを知っており、幸助共々引き受けたいというが…
遠い少女
鶴蔵は生真面目にコツコツと商売を続け、店を徐々に大きくしてきた。だが、四十を過ぎてから、稀に別の行き方にも気を取られるようになった。
こんな気持ちになっているときに、ある一人の女の消息を聞いた。おこんという女は鶴蔵の幼いときに知っていた少女だった。そのおこんが裾継で働いているという。
鶴蔵は勇気を出しておこんに会いに行ってみた。
その頃、岡っ引の音次はある飲み屋で徳次郎という男の消息を掴もうとしていた。ただの飲み屋ではない。悪い連中が集まる店である。目立たないように、慎重に音次は耳をそばだてた。徳次郎本人につながる人物がそのうち現れるはずである。果たして、女が現れた。
長門守の陰謀
千賀主水が夜分に高力喜兵衛を訪ねてきた。
千賀は酒井長門守忠重が藩主世子・摂津守忠当を廃して、自分の子・九八郎忠広を据えようとしているという話を聞いたという。廃嫡の理由は世子が病弱だからというものである。
長門守は藩主の弟であるが、幕府から領地を賜り、荘内藩の隣に領していた。だが、領民に対する仕置は苛烈を極め、領民から恨まれている。
高力喜兵衛は隣領のことだからと思っていたが、千賀主水が持ってきた話が本当だとすると、よそのことではなくなる。何としてでも、この話は止めなければならない。
本書について
藤沢周平
長門守の陰謀
文春文庫 約二一〇頁
短編集
江戸時代 長門守事件ほか
目次
夢ぞ見し
春の雪
夕べの光
遠い少女
長門守の陰謀
登場人物
夢ぞ見し
昌江
小寺甚兵衛
溝江啓四郎
春の雪
みさ
安蔵…父
おたね…母
徳蔵…三笠屋の息子
作次郎
茂太
夕べの光
おりん
幸助…息子
柳吉
新蔵
遠い少女
鶴蔵
おこん
音次…岡っ引
徳次郎
長門守の陰謀
高力喜兵衛
千賀主水
酒井長門守忠重