市井もの武家ものが織り混ざっている短編集。
本短編集に収録されている作品で、コミカルなのが「逃走」と「失踪」です。「逃走」では銀助が行きがかり上連れ去ってしまう赤ん坊を巡っての結末が微笑ましいです。
一方「失踪」では、徳蔵と父親・芳平を攫った男どもとの交渉が面白いです。
この二作品は性質が異なりますが、コミカルな作品です。
最後の「切腹」は、不和の二人の男を巡る話です。
仲の悪い相手の実力や能力を素直に認めるということが果たして自分に出来るでしょうか。
その好き嫌いという感情を排除して、人を客観的に評価したり認めたりすることは難しいです。
そういうことを考えさせられました。
内容/あらすじ/ネタバレ
帰ってきた女
錺師・藤次郎は商売を敬遠されていた小間物問屋今田屋との商売が再開されたのを満足していた。その満足感に浸った状態で家に帰ると、破落戸の鶴助が家の前で女房と話している。この鶴助は妹・おきぬと駆け落ちをしたのだ。
この鶴助が今日現れたのは、おきぬが病気で倒れているということを知らせるためだった。だが、破落戸のいうことだから、何が目的なのかがわからない。
躊躇している藤次郎を押したのは子飼いの職人である音吉であった。音吉に押されておきぬを見に行くと、おきぬはとんでもない状態でいた。
おつぎ
酔っている三之助を見つめているのは料理茶屋の女中のようであった。この日は、畳表問屋の仲間寄合いにでていたのである。この席で、三之助は亀甲屋とすすんでいる縁談の話がでた。この縁談は三之助にとってあまりいい話ではなかったが、受けざるを得ないものでもあった。
そのことを考えながらも、三之助は先ほどの女中が誰かに似ていることを気にしていた。そして、はっと思い出したのだ。おつぎだ。間違いない。それは、十一年ぶりに会う幼馴染だった。
龍を見た男
源四郎は姉の子・寅蔵を預かって漁に出ている。寅蔵を一人前の漁師にするためだ。源四郎は村の中で孤立している。だが、そんなことは気にしない。やりたいようにするだけだ。だから、気が向いた時は女郎屋にいく。女房にも口答えをさせない。
その女房が一度善宝寺にいかないかという。龍神を奉っている寺である。だが、源四郎はそんなものは最初から信じていないので無視をした。だが…
逃走
銀助は小間物売りの格好をしているが、本職は盗っ人である。小間物屋の格好をしながら、入り込む家を物色しているのだが、今歩いているところはしけた場所で、これぞという家がない。ここを歩くのは最近、岡っ引の権三郎に疑われているからである。
権三郎はしつこい男だった。銀助をずっとそれとなく見張っている。それで、仕方なくいつもの場所から移動してきたのだ。
銀助が歩いていると、男と女が言い争う声が聞こえる。言い争っていた男が家を出て行くらしい。その側で赤ん坊が泣いている。残された女と赤ん坊を不憫に思っていたが、女は男が出て行くとすぐに別の男がいるような女だった。
赤ん坊は女にひどく扱われていた。銀助はその様子を見て、赤ん坊を連れ出した。そして…
弾む声
このところ、いつも聞こえてくる元気な女の子の声が聞こえない。妻の満尾が心配しているのが矢野助左衛門には手に取るようにわかる。助左衛門もそれなりに気にはなっているのだ。
そして、満尾が聞いてきたところによると、女の子の家が離散してしまったようである。女の子はおきみといい、今は水茶屋で奉公しているらしい。
助左衛門は満尾とともに久方ぶりに外で食事をしようと考えた。そのついでに、おきみの様子を見てみようと思ったからである。
女下駄
下駄職人の清兵衛の作った下駄を丹念に見ていた松屋の手代長次郎は満足そうであった。既に一足分は女房のお仲のためにとっている清兵衛であった。
長次郎が清兵衛のところから腰を上げる際に、女房のお仲が若い男と歩いているところを見たと言った一言が清兵衛の気を重くした。
お仲は昔、苦労したらしい。その昔のことは気にしていなかった清兵衛だったが、長次郎の言葉が気になってしまう。お仲は一体誰と一緒だ
ったのか?
遠い別れ
弥左衛門は借金を待ってくれるという。意外なことに新太郎はむしろ呆然となってしまったが、かといって返すあてがあるわけではなかった。新太郎は老舗の鹿野屋という糸問屋の主である。あと十日。これが期限であった。
焦っている新太郎が出会ったのは、かつて新太郎が捨てた女・おぬいであった。おぬいは新太郎のあらましのことを知っていた。今ではおぬいは真綿問屋の女将として辣腕を揮っていた。おぬいは昔捨てられたことをおいて、借金の整理を手伝うといってくれている。
新太郎の頭には様々な思いがよぎる。そして新太郎が選択したのは…
失踪
最近完全に惚けてしまった芳平がいなくなったのを気が付いたのは女房のおとしであった。
徳蔵は小さな呉服屋を営んでいる。余計な奉公人を雇わずに一生懸命やっている。だから、家事等の諸事は女房のおとしが一人で切り盛りしている。
そこに、徳蔵の父親・芳平を養うことになった。家に来てからしばらくして、芳平が惚け始めた。そして、最近では夜中に家を出て徘徊するようになったのだ。
この日もそうだろうかと思っていたが、付近を探しても芳平が見つからない。すると、人相の悪い男がやってきて、芳平を攫ったという。目当ては金である。だが、攫ったのは寝小便をする惚けているじいさんである。
切腹
謡の稽古をしている丹羽助太夫に息子が知らせたのは意外なことだった。榊甚左衛門が腹を切ったという。それは榊に不正があったためだという。しかし、助太夫はそんなことは信じない。
助太夫と甚左衛門は道場仲間である。その頃は親密に交際していたが、次第に二人の間に亀裂が見え始めた。二人の仲が決定的に破裂したのは、碁の勝負をしている時だった。
それ以来、二人は交わりを断った。しかし、その後も二度ほど二人は互いを助けるようなことをしているのである。
だからこそ助太夫は確信する。甚左衛門が不正をはたらくはずはない。何かが裏にある。果たして助太夫が調べ上げたものとは…
本書について
目次
帰ってきた女
おつぎ
龍を見た男
逃走
弾む声
女下駄
遠い別れ
失踪
切腹
登場人物
帰ってきた女
藤次郎
おきぬ…藤次郎の妹
音吉
鶴助
おつぎ
戸倉屋三之助
おつぎ
おてる…亀甲屋の娘
龍を見た男
源四郎
おりく
寅蔵…源四郎の甥
おはつ
逃走
銀助
権三郎…岡っ引
弾む声
矢野助左衛門
満尾
おきみ
女下駄
清兵衛
お仲…清兵衛の女房
長次郎…松屋手代
遠い別れ
鹿野屋新太郎
弥左衛門
万蔵
磯吉
おぬい
失踪
徳蔵
おとし…徳蔵の女房
芳平…徳蔵の父親
切腹
丹羽助太夫
榊甚左衛門
村松金吾
服部平助