事の始まりは偶然のようなものです。
たまたま平蔵が立ち寄った権兵衛酒屋で曲者を見たために、この事件に長谷川平蔵宣以ら火盗改方が関わることになるのですから。
単純に見えた事件がやがて膨らんでいき、思っても見ないような事件へと発展します。
本書の後半も最後の方になるまで、この事件は一体どういう背景や性質を持っているのかが分かりません。
犯人達の関係も複雑になっており、相関図が簡単には描けないようになっているのです。
時代ミステリーとしての要素がふんだんに盛り込まれています。
本作は鬼平シリーズの中では骨のある作品であり、こういう作品も書けるところが池波正太郎氏の奥深さでしょう。
内容/あらすじ/ネタバレ
平蔵が従兄の三沢仙右衛門宅を辞して、話しに聞いていた権兵衛酒屋に寄ってみた。仙右衛門が飲みに来た時に、人品の良い侍がいて、帰り際に亭主に向かって丹波守が亡くなったことを告げたというのだ。これに興味をそそられて平蔵は寄ってみたのだ。店について、平蔵が視線を転じた時に隠れた人影に気が付いた。もしかして自分をつけてきたのか。
それから平蔵はしばらく店で飲んだ。勘定を払って外に出ると、また人影が動いた。どうやら権兵衛酒屋を見張っていたらしい。
平蔵は付近で隠れていると果たして、権兵衛酒屋から悲鳴が聞こえた。平蔵は権兵衛酒屋に入り込んで大喝した。しかしこれがいけなかった。曲者は退治した者の、亭主が逃げてしまったのだ。何故逃げなければならなかったのか。傷ついた女房のお浜を取りあえす役宅に連れ帰り、傷の手当てをさせた。
お浜は亭主の名を言おうとしない。平蔵は様々な情報を集めさせるが、今ひとつハッキリとしたことが分からない。そしてそれらの情報から一つの手がかりを得ようという時に、手がかりがスルリと抜け落ちてしまう。
やがて、この様な中で薬種舗・中屋幸助の店が襲われる。一家皆殺しのむごい有様である。この中屋の出入りを調べている内に、ある大身旗本の名前が浮上してくる。相手が相手だけに慎重にならざるを得ない平蔵である。若年寄の京極備中守高久に伺いを立て、探索に精を出す平蔵。
一体全体、興味本位で立ち寄った権兵衛酒屋から発端したこの事件、どのような結末を迎えるのか?
本書について
池波正太郎
鬼平犯科帳17
特別長編 鬼火
文春文庫 約三三〇頁
長編
江戸時代
目次
権兵衛酒屋
危急の夜
旧友
闇討ち
丹波守下屋敷
見張りの日々
汚れ道
登場人物
弥市(永井弥一郎)
お浜
渡辺丹波守直義
永井伊織
吉野道伯…元表御医番
中屋幸助…薬種問屋
井関録之助
清水源兵衛貞徳…旗本
清水三斎…源兵衛の父
大野弁蔵…浪人
高橋勇次郎…浪人
島田慶太郎…同心
石塚才一郎…御家人
卯兵衛…みよしや主
およね
石田竹仙…絵師