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岩井三四二の「月ノ浦惣庄公事置書」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

第十回松本清張賞

この小説の室町幕府の管領は細川勝元です。

細川勝元は山名宗全と争い、応仁の乱を引き起こした人物です。この後、戦国時代に突入します。つまり、本書は、まさに戦国時代直前の時代が舞台です。

その戦国時代に入る直前の室町時代。近江の湖北地方の二つの村の土地を巡る公事(裁判)が題材の時代小説です。

題材はものすごく地味です。主人公達は農民であり、有名な人物などは出てきません。農民が主人公となる小説は、土一揆などがせいぜいなのですが、本作は公事を扱っています。

江戸時代の公事を題材にした時代小説はありますが、室町時代のそれを題材にしたものなど非常に珍しいです。というより、聞いたことがありません。

はっきり言って、題材だけで考えると、時代小説としてのエンターテインメント性には不利な要素しかありません。

ですが、面白い。この面白さは時代小説の可能性がまだまだ広がることを告げるものだと思います。

時代小説のフィールドは圧倒的に江戸時代が多いですが、それ以外の時代でも十分にエンターテインメント性を確保できることを示す作品です。

個人的な見解だが、一般的に歴史として学ぶのは、政治史や文化史などで、これらは歴史小説のフィールドであると思っています。

対して、歴史小説が扱わず、また歴史でもあまり教えることのない社会史や民俗史などは時代小説のフィールドたり得ると常々思っていました。

本書はこうした分野に目を向けた小説であることは間違いありません。

この社会史や民俗史などの分野には、まだまだダイヤの原石が埋まっているはずです。

他の作家も、本書のようにダイヤの原石を発掘して、面白い小説をがんばって書いてもらいたいものです。

さて、小説中で書かれている、籤引きによって選ばれた将軍とは、六代将軍・足利義教です。

この足利義教は専制政治をしき、嘉吉の乱で赤松満祐に殺されます。

七代将軍には九歳の義教の嫡子・足利義勝が継ぎましたが、僅か一年で急逝してしまいます。その次に継いだのが、義勝の次弟である義政で八歳でした。

この義政の治世がこの小説の舞台です。

内容/あらすじ/ネタバレ

正長元年(一四二八)。源太と呼ばれる少年は悪党どもの頭だった。洛中洛外は飢饉に見舞われ、将軍が死んで空位だった席を籤引きで決めるという前代未聞の出来事が行われていた。世は乱れていた。

この源太。ある出来事があって、沢田という土倉の奉公人になった。

十五年たった。源太と呼ばれていた少年は源左衛門と名を変え手代になっていた。

源左衛門は末野直道という侍を訪ねた。末野は公家の日野裏松家の家人である。返済が滞っているので、催促に行くのだ。

末野直道は返済が苦しいという。代わりに高浦と月ノ浦という在所からの年貢で借金を返すという。末野直道は借銭の返済ができなくなり、代官職を差し出したのだ。

月ノ浦は琵琶湖の北端にある隠れ里だ。集落には前だと呼ぶ狭い田地があるが、もっぱらは米舞、苧ヶ端と呼ぶ浦にあるものを頼りにしていた。

高浦のたきは夫が密通密会をしている現場を見て頭に血が上り、相手の女を殺してしまう。だが、夫は逃げ出しており、事の真相が見えてこない。高浦では夫が見つかるまで仕置きなしということになった。

その二月後に新しい代官がやってきた。源左衛門である。たきはこの源左衛門のところに差し出され、身の世話をすることになった。

高浦が月ノ浦に攻めてきた。高浦は千人を超す庄民がいる大きな惣庄であり、対して月ノ浦は四百人ほどしかいない。大きな相手との喧嘩であるが、暮らしがかかっている以上引くことはできない。高浦に近いうちに討ち入るのと同時に、領主に訴えることが決まった。

高浦は代官がいるところであるが、月ノ浦は昔から代官不入の土地である。高浦に比べて月ノ浦は恵まれているといえた。

新太郎と田中右近は長福寺の鍔山和尚を訪ねた。今回の高浦の仕打ちに対して申状を送るためである。送る相手は山科家に関係のある大沢、日野裏松家の松平、山門延暦寺の長円である。

今回の問題は高浦と月ノ浦の両方に関わりのある松平家が公事として扱うことになった。月ノ浦が申状を出したのと同様、高浦も申状をだしていたからだ。これで、一挙に事は解決するはずである。

だが、驚いたことに、公事の争点は米舞、苧ヶ端の所有権を巡るものになった。高浦側が、騒動の元は米舞、苧ヶ端を月ノ浦が押領したからだといってきたのだ。

高浦の嫌がらせははじめからこれが目的だったのだ。しかし、有利な証拠を月ノ浦はそろえていた。公事は月ノ浦有利で進んだ。

勝負あったはずである。だが、軍配は高浦にあがった。一体なぜ?

そもそも、今回の騒ぎはわかないことが多すぎる。そして、考えた末にたどり着いたのは、新しい代官・源左衛門からすべてが始まっているようだ…。

本書について

岩井三四二
「月ノ浦惣庄公事置書」
文春文庫 約三一五頁
室町時代

目次

嵐の前
代官
申状
相論
寄せ沙汰
山門
対決
落居
日嵐

登場人物

源左衛門(源太)
土倉沢田
<月ノ浦>
田中右近…乙名衆、年行事
新次郎…乙名衆、年行事
幸太夫…乙名衆
伝蔵…若衆頭
脇住の仁助
鍔山和尚…長福寺の和尚
<高浦>
たき
三左衛門…乙名衆
藤五郎…乙名衆
甚平…若衆頭
<山門延暦寺>
長円…延暦寺僧侶
正念
<大沢>
大沢重康
重次郎…家人
<松平>
松平益親
水尾…家人
末野直道