覚書/感想/コメント
幕末に近い時代。
本書で重要な登場人物となるのが調所笑左衛門とお国である。上記のあらすじにはほとんど名を乗せていないが、二人がどのような役回りで登場するのかは、本書を読んでのお楽しみということで。
調所笑左衛門は薩摩藩の家老で、幕末の回天資金を作り出した人物である。薩摩藩は度重なる借財のため、困窮にあえいでいた。
そこで起用されたのが、調所笑左衛門である。この調所笑左衛門が、あるとんでもない手法により薩摩藩の借金を大幅に減らすことに成功する。この後から本格的な薩摩藩の立て直しになるのだが、本書はそのときの話。
この調所笑左衛門がいなかったら、幕末の薩摩藩の活躍はなかったであろう。にもかかわらず幕末の薩摩藩の評価は低く、調所笑左衛門は歴史上、抹殺された人物となった。というのも、幕末の薩摩藩主・島津斉彬に嫌われたためである。
そして、そのまま島津斉彬に感化されていた西鄕や大久保ら維新の志士たちにも引継がれる。当然新政府において調所笑左衛門が評価されるわけがない。
このあたりについては佐藤雅美「調所笑左衛門-薩摩藩経済官僚」を読まれたい。なお、この本を読んでから本書を読まれた方が楽しく読めると思う。
もう一人の重要人物・お国の家柄は、島津義弘が秘蔵の家臣折田金平の血筋である。そのため、郷士であるにもかかわらず代々藩公から特別な会釈があり、いろいろな格式があった。また、本状に出頭して年頭の祝辞を言上することになっていた。
さて、本書は薩摩藩の改革中の話であり、しかも、一地方の話である。だから、とても地味な印象を受ける。だが、それにも関わらずおもしろく読めるのは、作者が一番気持ちよく書けた作品だからだろう。
本書は終わりまで読めばわかるが、完結は見せていない。続くのが「火の山」「風に鳴る樹」で、あわせて三部作となる。だが、入手できるのは本書だけである。まとめて三部作として出版すれば、壮大な大河ドラマになるだろうに、残念なことである。
内容/あらすじ/ネタバレ
その村は薩摩の北端にあり、肥後に境を接していた。小さな盆地にあり、赤塚村といわれていた。武家集落があった。薩摩藩で外城士または郷士と呼ばれている人々の部落である。
この部落には東西の両端の近くに一本ずつ銀杏の巨樹がある。東方は郷士頭北郷家のもので雄木、西方は上山家のもので雌木である。
天保八年。北郷家に主人の北郷隼人介を中心に郷士らのおもだった連中が十数人集まっていた。源昌房を裁きにかけようとしていた。薩摩は十数年この方百姓の逃散が続いている。
百姓を他国に逃がさないように取り締まるのも郷士の仕事だ。それを源昌房が邪魔したというのだ。
源昌房にしてみれば邪魔したつもりはない。百姓を追う郷士が百姓を殺しかねない勢いだったので、止めに入っただけである。その間に逃げられたというのだ。
それよりも、源昌棒は説く。百姓が逃散する理由自体が問題である。この理由を解決すればこのような問題も生じないし、果ては薩摩藩にとっても利益となるだろう。まずは百姓たちの苦しい生活を改善する必要があるのではないか。だが、この考えは理解してもらえない。
源昌房の処遇に関してはまた後にということでこの日は解散した。その後、源昌房はお清という女のところに夜這いに行った。
このことがばれて源昌房は藩庁に呼び出された。しかもあろう事か家老の調所笑左衛門に叱られるということになった。だが、この機会を捉えて、源昌房は調所笑左衛門に自らの考えていることを述べた。そして、その裏付けとして赤塚郷の数部落の田畑の概況をまとめた調査書を見せた。源昌房は毎日農家部落を調べて歩いたのだ。源昌房の考えは取り入れられることになった。
源昌房は考えていることを次々と実行していく。そのためには金が必要であったが、これを藩から出させた。薩摩藩は困窮にあえいでおり、ようやく立て直しが始まったばかりである。だが、源昌房は自分の計画が進めば自ずと藩も潤うはずだからと説得し、金を出させることに成功した。
次に源昌房が考えたのは藩の米蔵を赤塚郷の近くに引き寄せることであった。そのためには、近くを流れる川を利用するようにしなければならない。船が行き来できるようにするためには川ざらいをしなければならない。
本書について
目次
逃散
夜這星
お国とあぐり
蒔いた種
魂のふれあい
海の風
先祖たずね
桃李の春
山寒む
新しい計画
月おぼろ
雨晴る
丸山の月
お香
忘れ貝
曼珠沙華
ささやき
紅い椿
渦
魚によする心
暈を着た月の夜
呪術
その夜
スッポンの血
日暮れの雨
蛇
亢竜の悔
その前夜
遠雷
花を砕く
共犯者
月に思う
人こそ知らね
雨しとど
光と暗
梢の星
登場人物
源昌房(上山一平久経)
武平…弟
あぐり…母
北郷隼人介…郷士頭
お国…妻
お清
福崎乗之助
調所笑左衛門…家老
海老原宗之丞
水間久二郎
高島四郎太夫
お香