覚書/感想/コメント
物語は武田家が滅亡する直後から、甲州を巡る徳川軍と北条軍の争いが和議で迎えるところまで、というごく短い期間を描いている。だから、描かれている真田幸村は、十代の若さである。ちょうど青春真っ直中である。
真田幸村というと、真田十勇士を思い浮かべる方も多いだろう。本書では三好青海・伊三丸兄弟と穴山小助が登場する。だが、それぞれ幸村の家臣としての登場ではない。また、猿飛佐助を彷彿させる赤吉という少年が登場するが、彼は幸村の家来となって活躍を見せる。
この赤吉という少年は素晴らしい活躍を見せてくれる。この赤吉と幸村主従の関係が物語の大きな骨格となっている。そして、もう一つの骨格が武田勝頼の妹・信証尼と幸村をめぐる淡い恋の物語である。
この二人の間を取り持つのが赤吉であるため、赤吉はそれこそ八面六臂の大活躍である。
本書で幸村の兄・信幸もわずかであるが登場する。そこで描かれている姿は激情的な人間である。
この信幸に関して、全く異なる人間像を描いている作品がある。池波正太郎の「真田太平記」や「獅子」である。ここで描かれている信幸は父・昌幸を彷彿させる策士であり、父・昌幸を超える人物として描かれている。
だが、本書での信幸は小者的な扱いを受けている。
人物に対する評価が異なるのは、信幸の人生をどの時代まで追いかけたかという点にあると思う。
池波正太郎はその直木三十五賞受賞作「錯乱」で晩年の信之(信幸)を描いている。そこでは松代藩を存続させるために信之は権謀実数の限りを尽くす。
そして、「真田太平記」では若き日の信幸を描いている。つまり、池波正太郎は真田信幸の全人生を調べ尽くしてから小説に落とし込んでいるのである。
一方、海音寺潮五郎は人物伝で昌幸・幸村親子は扱っているが、信幸は扱っていない。つまり、あまり信幸のことを調べなかったのだろうと思われる。その結果が人物像の違いに現れているように思われる。
真田信幸に関しては今ひとつ人気がない。様々な理由があるだろうが、父弟と別れ徳川側についたこと、そして、決定的なのは合戦での華々しい活躍がないという点にあるのではないだろうか。
だが、真田信幸に対するイメージは池波正太郎の「真田太平記」で大きく変わるだろうと思われる。
さて、この「真田太平記」は本書と始まりをほとんど同じにしている。あわせて読まれると面白いだろう。
内容/あらすじ/ネタバレ
天正十年。武田信玄が死んでから甲斐の武田家の武威は坂道を転がるように衰えていた。東方と北方こそ無事であるが、南は徳川家康の軍勢が、西は織田信長の軍勢が圧力を加え始めていた。
この日、十七才の真田源次郎幸村は古府中の様子をみて帰ってきた。帰ってきて、父・昌幸に言いたいことがあった。今度のことで、百姓や町人がどう思っているのかを伝えるつもりなのだ。
今度のこととは、先日離反した木曾義昌のことである。木曾義昌が武田家を裏切り織田信長になびいたというのだ。これを聞いた武田勝頼は木曾義昌を討つという。
だが、木曾の後には織田信長がいる。そして南には信長の盟友徳川家康がいる。織田徳川が動けば東の北条も動くだろう。三面から攻撃を受けることになる。
真田安房守昌幸は今日の評定で降伏を主張した。現在の武田家の力では持ちこたえられないと判断したからだ。だが、却下された。ではこのまま武田家とともに滅びの道を進むか。いや、昌幸は武田家が滅んでも真田家は生きのびなければならないと決意する。
翌日の評定で、昌幸も木曾征伐に向かうことになった。死地へ赴くようなものである。果たして、織田信忠を大将とする織田軍にさんざんにやられ、武田勝頼を筆頭とする武田軍は古府中に戻ってきた。
戦に敗れた後に開かれた軍議で今後のことが話し合われた。昌幸は自身の城、岩櫃城へ逃げ、再起を図ることを薦めた。昌幸は岩櫃城での籠城には自信があったのだ。
これが採用されるや、昌幸はすぐさま岩櫃城へ家臣もろとも移動した。そして武田勝頼が来るのを待っていた。
その日を待つ中で、幸村は不思議な少年に出会う。名を赤吉といった。赤吉の身のこなしが人間離れをしていることを知り、驚愕する。そして、この赤吉を自分の家来にすることにした。
武田勝頼は軍議の後、決定を変え、岩櫃城に向かわなかった。そして、家臣の裏切りに会い、ここに武田家は滅ぶに至る。
織田信長は武田家を滅亡させ、おの恩賞として滝川一益に上州と信州二郡をあたえた。昌幸の所領が滝川一益のものとされたのだ。だが、昌幸はこの決定に従うことにし、城を引き払った。
だが、すぐに状勢が変化した。織田信長が明智光秀に殺されたのである。
本書について
海音寺潮五郎
真田幸村
学陽書房 計約六八〇頁
人物文庫
戦国時代
目次
春の遠乗り
そぎ尼
辻褄
お松ご料人
亡国の足音
深夜の密使
軍議
残党狩
不思議な道具を使う少年
赤吉という少年
千曲川の鯉
名家の滅亡
赤吉仕官
戦国という時代
峡谷の長城
人の世の礼儀
父の背信
機略
透ッ波の大将
血の呼び声
内と外、上と下
河童さわぎ
上きげん
白鳥明神
天狗さわぎ
明神の感応
海老鞘巻の刀
読みの深さ
血臭い飯
黒い山蟻
亀田清海
葉末の淡雪
短冊と鎧通刀
微行
梅雪の子
草いきれの中に
十八族は欲が深い
鸚鵡がえし
巴の形勢
その人不在
甲州女狩
羅漢寺山の渓谷
水晶の念珠
尼ヶ淵の水
斜陽千曲川
いびき
落葉の下水
故実談義
小猿赤吉
起誓文二通
鳳雛
海老で鯛
宣戦の布告
流言の策
大鼠山伏
反間の策
椎の木陰で
兵は詭道
はじめての采配
岐れ路
登場人物
真田源次郎幸村
赤吉…幸村の家来
亀田(三好)清海
亀田(三好)伊三丸
望月宇太右衛門…幸村の家来
江原金平…幸村の家来
真田安房守昌幸…父
真田源三郎信幸…兄
矢沢薩摩守綱頼…大叔父
武田勝頼
信証尼(お松)…勝頼の妹
穴山小助
織田信長
滝川一益
徳川家康
上杉景勝
北条氏直