覚書/感想/コメント
(一)では、後の豊臣秀吉が織田信長に仕えたところから、桶狭間の合戦を経て、妻ねねを娶るまでの期間が書かれています。
海音寺潮五郎は、よく知られている秀吉の幼名・日吉丸は信ずべからざることは常識で分かると言います。
サルとは渾名であり、”日吉”はサルを意味するのだから、おかしいというのです。
そこで本作では幼名を与助としているのですが、これは三河後風土記に記載されているものだそうです。
また、本書では、信長の草履を藤吉郎が胸元で暖めておいた、という有名な逸話を採用していません。
いずれも、できすぎた講談のような話しを排除しようとする、歴史小説家としてのあるべき姿勢を示そうとしているかのようです。
(二)では、有名な墨俣城の築城の話しから、美濃攻略、朝倉征伐、姉川の決戦を経て、いよいよ中国攻略に取りかかるところまでが書かれています。藤吉郎が出世の階段を順当に登っている時期です。
秀吉配下の武将も多く登場するようになります。もっとも、直接の配下ではなく、秀吉が寄親で、寄騎としての配下になるのですが、蜂須賀小六、竹中半兵衛、小寺官兵衛が登場します。
また、直接の配下としては加藤清正が登場します。これ以降は海音寺潮五郎「加藤清正」もあわせて読むのがオススメです。
さて、蜂須賀小六が登場するところで、海音寺潮五郎は面白い考察をしています。
須賀という文字のついた土地は各地にありますが、その多くは砂丘地帯などの砂に関係する土地が多いようです。スカとは砂丘の古語ではないかというのです。
(三)では秀吉が播州・但馬を攻略、中国の毛利と対峙し、その中で起きた本能寺の変、そして明智光秀との山崎の合戦を経て、柴田勝家との激闘・賤が嶽の戦いまでが書かれています。ちょうど秀吉が天下人になる直前、つまりきっかけになった事柄を描いています。
(四)では秀吉が宿敵・柴田勝家を滅ぼし、その後徳川家康を屈服させ、天下人になり、死ぬ最期までが書かれています。
北条征伐の中で、伊達政宗の記述が出てきますが、これは海音寺潮五郎「伊達政宗」にも書かれているので、あわせて読むのがオススメです。
本書では朝鮮出兵の詳細は書かれていません。というのも、秀吉自身は朝鮮に渡らなかったからです。この部分については「加藤清正」に詳しく書かれているので、本書を補完する意味においても読むのがオススメです。
豊臣秀吉を描いた太閤記としては、次の本もオススメです。
内容/あらすじ/ネタバレ
(一)
与助(後の豊臣秀吉)が放浪の旅から帰ってきたのはつい十日ほど前である。与助は継父との折り合いが悪く、度々家出をしているうちに、放浪癖がついてしまった。
この放浪の中で与助は今川家臣の家来になり、徒士にまでなった。だが、諸事情により奉公をやめることになり、戻ってきたのである。
与助は再び奉公することを考えていた。そして、奉公先は淸洲の織田家にしたいと考えていた。与助は伝手を使い、何とか織田家に奉公することが出来た。始めは小者である。そして、木下藤吉郎という名で奉公することになった。
藤吉郎は奉公するときに織田信長に会って以来、お目にかかっていない。何とか目にとまるような仕事ぶりをしなければならない。そのためには、影日向なく人のやりたがらない仕事も進んで引き受けた。
藤吉郎は信長の耳に自分のことが入るように近習の者たちと知合うようにつとめた。その中で親しくしてくれるようになったのは前田又左衛門利家だった。
藤吉郎の働きは認められ、小者から中間へと昇進した。だが、この過程で藤吉郎を妬むものがいた。そして、その者が前田利家の金竜の笄を盗み、藤吉郎へ疑いの目がかかるようにしたのだ。だが、藤吉郎の懸命の努力により嫌疑が晴れた。
しかし、この盗っ人を前田利家が斬ってしまい、信長の勘気を被り、長の暇を申しつけられた。
失意の前田利家を気の毒に思う藤吉郎だが、慰めることくらいしかできない。だが、転機がやってきた。
駿河の今川家の動きがあわただしくなってきたという情報が入ってきた。きっと戦になる。そうすれば、前田利家にも復帰の可能性が出てくる。
果たして、今川家は上洛を目指す軍を動かし始めた。対する織田家は今川家にくらべれば小身代である。信長にしてみればばくちに出るしかない。そして、桶狭間での合戦が幕を開けた。藤吉郎は桶狭間の合戦が始まるまでに中間から士分へと昇格していた。
(二)
信長は本格的に美濃攻略に着手し始めた。そのために、美濃の侍を調略しなければならない。理想は美濃三人衆の稲葉一鉄、氏家ト全、安藤伊賀守を調略することであるが、まずは他の美濃侍の調略が必要である。
その間に信長は美濃に繰り出し、墨俣までは切り取ることが出来たが、ここから越えられない。墨俣側が天然の要害となっているのだ。
信長はこの地に城を造ることを考えた。その築城に手を挙げたのが藤吉郎であった。藤吉郎には算段があった。あらかじめ材木に切れ込みを入れ、組み立てやすくするのである。あとは、現場での組み立て作業の最中、敵からの攻撃をしのげばよい。
そのために、藤吉郎は昔放浪していた折りに世話になった蜂須賀小六を訪ね、協力を要請した。小六は快く応じ、藤吉郎に協力することになった。
こうして、蜂須賀小六などの協力もあり、墨俣城は完成し、藤吉郎は墨俣城の城代となった。また、小六が味方になったのは、藤吉郎にとって心強いことだった。
というのも、ここまで出世して、藤吉郎の悩みは、優秀な譜代の家臣がいないことであったからだ。小六が味方になることにより、良き相談相手が出来たのである。
やがて、美濃の攻略は終了した。信長は稲葉山城に移り、名を岐阜と変え本拠とした。だが、美濃攻略が終わると言うことは武田家と直接に隣接することを意味した。
この頃、明智十兵衛光秀が信長に仕官した。そして、足利義昭を信長に引き合わせた。義昭を擁して上洛し、義昭を将軍にする。信長にとってとても良い大義名分が出来た。義昭擁立に反対する勢力を蹴散らして、信長は上洛に成功した。そして、藤吉郎は京都の警固役となった。
信長の諸方への攻略は着々と進む。だが、齟齬を来したのは朝倉征伐であった。妹・お市の嫁いでいる浅井長政が反旗を翻したのだ。信長は命からがら逃げ帰った。この戦いで、藤吉郎は殿軍を受け持った。
これを機に信長に反旗を翻すものが続出し、信長にとって苦難の時代が訪れる。そうしたなか、藤吉郎は竹中半兵衛を味方に引き入れ、縁者の加藤清正が配下に加わった。そして、藤吉郎は羽柴と改姓した。また、小寺官兵衛が味方になった。
(三)
秀吉は播磨と但馬を攻略している中、石田左吉三成、福島市松正則を配下にした。播磨と但馬の攻略は別所の裏切りもあり、苦戦を強いられる。信長は秀吉のために援軍を差し向け、攻略は一応の成功を見る。
だが、こうした中、荒木村重が信長に反旗を翻した。この荒木の反乱の中で、秀吉腹心の小寺官兵衛は捕虜生活を強いられる。そして、竹中半兵衛は病状を悪化させ他界する。
播磨と但馬の攻略では、三木城攻略が悲惨を極めた。秀吉は兵糧攻めにし、城中では草木を食いながらしのぐというありさま。この様な攻略が他の城でも続いた。
秀吉が鳥取城を落したころ、信長の勢力が最も安定したものになった。この中で、信長は武田家を攻め滅ぼした。一方、秀吉は高松城の攻略に乗り出していた。水攻めである。
だが、この高松城を水攻めしている中で、とんでもない話しが飛び込んできた。それは明智光秀が信長を討ったというのだ。秀吉は毛利側に知られないように大芝居を打ちながら和議を結び、大急ぎで姫路に戻り、明智征伐に乗り出した。
首尾良く弔い合戦を終えた秀吉は一躍勢力を拡大することになる。その前に立ちふさがるのは、織田家中随一の猛将・柴田勝家であった。
この二人による権力争いが始まった。
(四)
賤が嶽の合戦で柴田勝家に勝った秀吉は、すぐさま勝つ家の本国まで攻め立てた。だが、仲の良い前田利家が勝家の寄騎としている。秀吉は利家とは争いたくないので、利家をくどいた。そして、勝家を滅ぼすための戦いを始める。
勝家には信長の妹・お市が再婚している。そして、浅井長政とお市との間に生まれた三人の姫もいる。秀吉はお市と三人の姫を救い出そうと思っていた。だが、救い出せたのは三人の姫だけだった。
勝家亡き後、天下で秀吉に敵対しうるのは徳川家康のみである。秀吉は機会を窺っていた。それは家康も同じであった。そして、きっかけがあり、小牧・長久手の戦いとなった。戦いは六分ほど家康の勝利であったが、領地を拡大したのは秀吉であった。
家康もこの戦いの後、秀吉との直接対決は避けるようになり、臣下の礼をとるようになる。事実上の秀吉の天下となった。東に北条が残っており、西には島津が残っているがたいした問題ではない。
この頃、秀吉に初めて実子が誕生した。喜びに浮かれている秀吉であったが、この子供は短命であった。
その一方で秀吉が取り憑かれたように明攻略を考え始めていた。そのために、朝鮮に服属と道案内をもとめた。だが、これは話がこじれ、ついに出征となる。
本書について
海音寺潮五郎
新太閤記
文春文庫 約一四〇〇頁
戦国時代
目次
(一)
地獄の底から
柿色の着物
日なたで踊ろう
金竜の笄
成敗
東から来る嵐
読心法
好運桶狭間合戦
胸につく火
あせり
思いもかけぬ縁談
(二)
蜂須賀党
墨俣築城
岐れ道
京都警固役
味方をつくる
死地の殿軍
風月清白
凶運と幸運
血の南無阿弥陀仏
小寺官兵衛
(三)
泥沼合戦
花占い
餓鬼道城
雲巻き起る
名花の桜今盛り
秀吉と勝家
お市の再縁
賤が嶽
(四)
美女炎上
お茶々
女大名
風呂思案
鎮西経略記
天下統一
形見の涙
夢のまた夢
登場人物
豊臣(羽柴、木下)藤吉郎秀吉(与助)
ねね…妻
蜂須賀小六
小寺官兵衛
竹中半兵衛
浅野弥兵衛…ねねのいとこ
豊臣(羽柴、木下)小一郎秀長(小竹)…弟
加藤清正
石田三成
福島正則
おもと…姉
一若…おもとの夫
お浅…妹
竹阿弥…継父
織田信長
柴田権六勝家
佐々内蔵助成政
明智十兵衛光秀
前田又左衛門利家
お市…信長の妹
浅井長政…お市の夫
徳川家康