覚書/感想/コメント
藤原純友の反乱は、平将門の乱と合わせて「承平天慶の乱」と称される。
これに関しては、海音寺潮五郎
はすでに「平将門」を記している。だから、本書は「平将門」の姉妹篇といって良いものである。
ただし、「平将門」を記してから十年以上の月日が流れてから本書を書いているため、その間に生まれた新たな学説も取り入れ、一部設定を変えている。
その大きなことの一つは、藤原純友の出自である。「平将門」では藤原北家の一族・良範の子として書いていたが、本書では伊予の豪族・高橋氏の生まれで、良範の養子となっている。
他にも「平将門」では藤原純友の子分的な役割で鹿島(藤原)玄明が登場していたが、本書では純友の子分とはなっていない。
設定の差は他にも多くあるが、根本的なところでのブレはないので、両作品をあわせて読むと良いだろう。
さて、「平将門」では、平将門はやむにやまれず反逆をした悲劇の人物として描かれ、その苦悩をあますことなく作品に描ききった。
対して、本書の藤原純友は確信犯としての反逆を描いている。その理想は、中国の歴代王朝の開祖達に重ねている。腐敗しきった朝廷を倒し、新たな息吹をこの国にもたらすのだという意気込みが本書の純友にはある。
藤原純友や平将門が反乱を起こした当時の日本は、天皇家の絶対性が確立された大化の改新からまだ三百年しかたっていない。その間に朝廷の腐敗はすすみ、民の不満がたまっていった。ちょうど朝廷の土台が揺らぎ始めた時期なのである。
不思議なことに、海外の王朝も、日本の政権も、二百年から三百年で交代している。五百年も六百年も続く王朝や政権は珍しく、大抵はそれよりもはるかに短い期間で転覆してしまっている。
この二百年から三百年の期間の中で徐々に腐敗は進んでいくのだが、その腐敗はすべて官僚機構の腐敗から起因しているから面白い。官僚機構の腐敗が国家の転覆につながるというのは古今東西同じようである。
承平天慶の乱を扱った小説
平将門
絶海にあらず
内容/あらすじ/ネタバレ
藤原純友は伊予の名族・越智氏の一族で、越智郡高橋に代々居住している高橋氏に生まれた。当時の伊予の国守は今の摂政忠平のいとこ藤原良範だった。純友の父は純友を良範の養子にしたので、藤原姓を名乗ることになったのだった。
その純友が京でひょんなことから平将門と知り合う。純友は将門を誘い語らうが、そこで大事な話をした。官位を得るために上京した将門同様、純友もかつては官位を貰うことを念願としていたが、今はその気持ちが無くなっている。
朝廷に愛想が尽きたというのだ。そこで宗旨を変え、叛逆を思い立ったと語る。将門は猛烈に怒り出してしまう。そこで、純友は酒の席での話しだとして笑って流すが、本心は違う。本当に叛逆を考えているのだ。
酒の席を変え、純友は将門に瀬戸内海の海賊の話をした。瀬戸内海は四国、山陽、九州からの物資を朝廷に運ぶために使われる交通の要所である。ここをたたれてしまうと、京には物資が細々としか入ってこない。
かつて、この地域を海賊が跋扈し始めたために、朝廷は取締りに乗り出したが、一向に成果が上がらなかったことがあった。だが、海賊が横行しすぎたために、瀬戸内海を往来する船が激減し、それにともなって海賊も減っていった。
そうすると、海賊は活動の場所をかえ、壱岐、対馬の方へと移動したのだ。すると今度は海賊がいなくなったために、瀬戸内海での往来は増えてきた。
純友はここで話したかったことの主題は、海賊の隆盛ではない。かれら海賊がなぜ盗心を持つようになったかである。もともとは善良な漁民だったのが、海賊になったのはひとえに荘のためである。
こぞって朝廷の人間が荘を持つようになり、そのために、力のない漁民達を圧迫し、やむなく漁民達は反抗していったのである。
この様な純友の説明を聞いていたが、将門はこの男と交わりを深くしてはいけないと思い分かれた。その帰り道で将門は賊に出会う。首領を取り逃がしてしまうが、手下は何人か討ち取る活躍を見せた。その首領であるが、実は純友の女・武蔵であった。
このことがあって後。純友は伊予の掾に任命された。もはや官位には関心がないものの、ありがたく拝命することにした。純友は今の朝廷は白蟻に内部を食い荒らされている殿舎であると思っている。
一見立派ではあるが、ちょっとしたことでも耐えられるものではないと見ている。だから、この任命にはたいした感激もない。
京を離れるにあたって、武蔵の一党を保護できる人物と懇意にしておく必要がある。そう思っていると、うってつけのように看督長の藤原季重と知り合うことになる。この季重も現朝廷に不満を持っていることを知る。
純友は頼みになると判断し、季重に武蔵のことを頼んだ。そして、伊予へと旅立った。
純友は伊予への道の途中で、海賊の藤原恒利と知り合いになった。これは、後々のために必要なことであった。
そして、巡検使・藤原子高にも合った。これは評判の悪い男がどのようなものであるかを見てみたいという好奇心からであった。
この子高を恒利が狙っていることを知ると、襲うことを純友は恒利に思いとどまらせた。子高には純友も好感を持たないが、今はまずいと判断したのだった。
伊予に着いた純友は、早速に周辺の海賊たちと会い始めた。何かあったら、大いに力になってやるつもりがあることを知らすためにである。
また、海賊との会合の中で、純友はおって追捕使がやってくることを知らせておいた。その間は逃げておけということである。これらのことは、もちろん上司である守や介には知られていない。
さて、その追捕使が伊予に着いた。その中に、平将門も入っていた。このことに多少の驚きを感じたが、再会を嬉しくも思った。
追捕使に関しては純友には企みがあった。海賊たちの討伐に追捕使が出るだろうから、それを海賊たちに叩き潰させるのである。問題は将門を巻き添えにしないことである。その方策を練り、事は順調に運んだ。追捕使を始めとして京からの来た者が全滅したのだ。
将門は全滅の報を聞くと、悔しがり、海賊の討伐を決意するが、純友は上手く手綱を握り、討伐させなかった。将門は失意のままに京に戻ることになった。
そして、任官を諦め坂東へ戻っていった。これは純友の予定した通りの筋書きである。あとは、将門が坂東でことを起こしてくれれば、東西同時蜂起ができると思っていた。
新たな追捕使が伊予にやってきたが、これを機に純友はついに身を投じ、海賊大将軍となった。朝廷に対して反旗を翻したのである。そして新たな追捕使も蹴散らしたのである。
やがて、坂東で平将門が暴れているという報を受ける。だが、これは一族間での争いであり、朝廷に対して本意を示すものではなかった。
そうした状勢のなかで新しい国司が任命された。紀淑人である。紀淑人は純友の叛逆を許すというふれを出し、海賊にも帰順をすれば身柄を補償するという思い切った方策にうってでる。
純友はこの思い切った方策に海賊どもが靡く可能性を考え、いったんは紀淑人に帰順することにした。だが、時期が来れば再び起つつもりなのである。
本書について
海音寺潮五郎
海と風と虹と
富士見書房 計約八八〇頁
文庫
平安時代
目次
哲学と実技
傀儡子記
坂東の住人
みやこ人情
毒虫の毒
大木の蔭
勇盗怯乞
月魄(つきしろ)の下に
女盗賊
武蔵という女
とんだおねだり
普賢と白象
小さくて黒い毛虫
道芝の露
犬のように
よろこび申し
看督長
腰のさすが
少年と菊
旅ごろも
河陽の駅路
奈良の酒
星月夜
餓狼頭目
いずれは落ちる道
銀杏樹の宿
鼻
殺人の必要
風
赤目の小舟
螻蛄麻呂
海賊史の名所
官僚の論理
宵霧
狸クグツ
遁甲術
再会
種は蒔かれた
舟追物
海賊と豪族
齟齬
急々便
全滅の報告
坂東武者
闘牛
野営の床
筏と水鳥
報告書
群盗横行
落日の象徴
競望
変生女子の怪
日振島
高歩する鶴
漂い流れるもの
喜多の郡家
歓天喜地
手土産
蓬莱島
暁の襲撃
兵法の枢要
旗合せ
鼻自慢
常平太
帰命頂礼
調伏壇
一番手は損
海の猟犬
博多の津
檜垣の嫗(おうな)
玄海の夕焼
海の狼群
紀淑人
長浜の会
帰順
変り易きは
風雲の遠響き
山の向うの雷鳴
将門叛逆の報
宣言
酷吏子高
貉(むじな)狩り
須岐駅の襲撃
さわぎ、さわぎ、さわぎ
風雨急
いきおい
虹の吉兆
英雄の気魄(きはく)
望楼の上で
火の空
虹と消える
登場人物
藤原純友
重太丸…息子
栗丸
武蔵…純友の女
藤原恒利…海賊
橘螻蛄麻呂
小舟
大浦秀成
くらげ丸
カナトヨ
惟宗氏忠
藤原季重…看督長
伴石麻呂
賀茂直世…陰陽博士
佐伯清辰…追捕使
平維久…守
藤原正経…介
紀淑人…守
藤原子高…巡検使
平将門