覚書/感想/コメント
豊臣秀吉の小田原征伐の時に、最後まで落ちなかった忍城(おしじょう)攻防戦を描いた作品。石田三成が水攻めをして失敗したことで有名となった城である。とても面白い題材で、忍城を一度見に行ってみたい気にさせられた。
この城攻めの失敗によって石田三成の戦下手という評価が決定づけられることになり、関ヶ原における西軍の諸将への指導力のなさへとつながっていくことになる。
この、忍城の東側はひらけており、商人や職人たちが軒を並べる行田という町である。
この忍城攻めは石田三成が軍を率いていたが、それを助けるために幾人もの戦巧者がつけられていた。最初は大谷吉継、援軍に本多忠勝、真田昌幸らがいる。
それでも落ちなかったのは、ひとつには忍城が非常に攻めにくい城であるということがある。
そして、もうひとつはこの籠城戦で城を守っていた成田長親の存在がある。成田長親は武勇の人間ではない。だが、城の人間をうまくまとめ籠城した。忍城が最後まで落ちなかった要因である。
ここにややこしい人物がいる。城主成田氏長の娘である甲斐姫だ。男勝りで猪突猛進系の姫だが、稀に見る美貌の持ち主である。ややこしいのは、この姫が男勝りにすぎ、家臣たちの頭を痛めるくらいだということである。どうややこしいかは本書を読んで頂きたい。
この人物は、波乱に満ちた人生を送っている。
姫の父・成田氏長は蒲生氏郷に預けられ会津若松城の出城・福井城一万石の城主となる。この後に野州烏山三万七千石の城主となる。
甲斐姫はこの福井城の時分に武勇伝をつくっている。福井城が浜田兄弟に乗っ取られたことがあったが、甲斐姫は兄弟の内、兄を葬り去った。この噂を聞いた秀吉が食指を誘われ、側室として召し上げた。
やがて甲斐姫は淀の方とも親しくなり、秀頼の守り役となる。秀頼の守り役だったのが、男女の指南役となり、二十一も年下の秀頼の娘を出産する。娘は大坂落城のとき七歳だったが、命を助けられ、鎌倉東慶寺に預けられる。寺の中興の祖・天秀尼がそれである。甲斐姫は大坂落城とともに命を落としている。
この忍城攻めを舞台にした小説として他に下記がある。
脚本「忍ぶの城」を小説化したのが「のぼうの城」である。舞台は秀吉の北条氏討伐で唯一落ちなかった忍城(おしじょう)の攻城戦。この忍城の攻防戦自体がかなり面白い。十倍を超える敵を相手に一月以上も籠城を重ね、ついに落ちなかった。
甲斐姫を描いた作品として下記がある。
※小説の中に登場する東慶寺の紹介
多くの時代小説で登場する縁切り寺である。江戸時代には群馬県の満徳寺と共に幕府寺社奉行も承認する縁切寺として知られた。女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていた。
内容/あらすじ/ネタバレ
秀吉軍が攻めてくるという知らせが武州忍城にもたらされたのは、天正十七年(一五八九)の暮れのことである。秀吉軍の標的は北条氏である。
城の重臣である成田長親は甲斐姫とぶつかりそうになった。長親は甲斐姫の父で城主の成田氏長の従兄弟である。
この甲斐姫のじゃじゃ馬ぶりには家中ものは頭を痛めている。もしも甲斐姫が男であったりしたら、しなくてもいい戦に首を突っ込み、家臣をむやみに危険な目に遭わせてしまうかもしれない。女でまだしもよかったのだ。ただし、この姫は幸か不幸か稀に見る美貌だった。
小田原城の北条氏直から使いが来た。そもそも、秀吉と北条がこじれたのは、小さな領土のことである。北条と真田昌幸が争っていた上州沼田三万石の土地である。
成田氏長は小田原城に籠城して秀吉軍と戦う覚悟だという。そこで、忍城の城代には七十八歳の成田肥前守がつくことになった。肥前守は長親の父親である。
城下では秀吉が来るかもしれないという噂が広まっている。だが、機屋を営む栗八にとっては意外なことではなかった。本音では被害の少ないような負け方をしてもらいたい。そこに油屋の多助が通りかかった。多助は尋常でない知恵を有している男である。
城から南に二里にある吹上という村落でも百姓が集まっていた。その中に清右衛門がいた。
天正十八年(一五九〇)の正月。
忍城は別名、水の城と呼ばれている。天然の要害を誇るある種の名城であった。籠城の準備として、逆茂木や乱杭を張り巡らした。逆茂木については、後に徳川家康が絶賛をしたという。他に、食糧確保のために城の内側の濠に鯉や鮒を大量に放流した。蓮根もそうとうあり、長期間の自給自足ができる。
天正十八年二月十二日。成田氏長らが小田原城へ出発した。忍城に残るのは正木丹波などの武勇で知られる人物も幾人かはいたが、旬をすぎた者達ばかりであった。
籠城してすでに二月がたつが、小田原では軍議が繰り返されるばかりの小田原評定で、戦う気があるのかがわからない。
北条家には城の他、支城や砦が付随しており、すべてを数えれば百をこえ、兵士も十万を超えるはずだった。
その頃、忍城に一人の武芸者が成田長親を訪ねてきた。卜伝流の使い手である竹之内十兵衛だ。
石田三成には戦をしても汗をかいたことがないと陰口がたたかれている。豊臣秀吉は石田三成に館林城と忍城を攻めさせ、手柄を立てさせるつもりでいた。
石田三成が率いるのは二万の軍勢だ。大谷吉継や長束正家、佐竹義宣、結城晴朝、宇都宮国綱が指揮下にいる。この軍勢が最初に目指したのは館林城だった。
この知らせを聞いた忍城は一旦安堵したものの、すぐに顔色をなくす知らせがくる。それは岩付城が落城したというのだ。総攻撃からわずか三日で落ちたという。
そして、石田三成が率いる軍勢も、館林城を三日で落とした。
成田肥前守は領民たちに忍城にこもらせることにした。
六月四日。石田三成軍が姿を見せた。忍城を囲んだ兵の数は二万三千余。忍城には雑兵を含めて二千六百余しかいない。
籠城の最初の段階で成田肥前守が死んだ。城主成田氏長の妻・お菊は肥前守が死の直前に、次の城代は息子・成田長親にと言ったことを告げ、長親が城代となった。
長親は城にいる幾人かの顔を思い浮かべていた。機屋の栗八、油屋の多助、竹之内十兵衛、百姓の清右衛門らだ。思いがけない人材が隠れており、ぞんぶんに働かすことがこの城を守ることになると考えていた。
六月七日。忍城を囲んでから三日目。石田三成はかつて秀吉が備中高松城や紀伊太田城を攻めた時と同じ水攻めをやってみたいと考えるようになっていた。近隣の村々に触れが出され、堤の工事が始まった。
忍城では一体何をしているのかといぶかしがった。この城はもともと水の中にあるようなものだ。長親らにはよくわからならかった。
不思議なもので籠城という切羽詰まった事態でも、城の中には市場のようなものができ、百姓たちの間では落ち穂拾いのように流れ弾や流れ矢を集めることが流行はじめた。
長親はこれはと思うことをすぐ取り入れた。そうしたことの一つに、あいてが築いている堤に仕掛けを施すというものがあった。
戦が膠着すると一風変わった出来事も起きる。笑い武者のこともそうした出来事の一つだった。
三成は百姓がいかにも氾濫慣れしているのを聞き、嫌な予感がした。
六月十四日。堤防が完成し、利根川と荒川から水を引きはじめた。水が満ちてくると、カエルやヘビが城に逃げ込んできた。思いがけない食糧である。そして、長親は釣りに出かけた。城内には不思議なほど動揺がない。
また、石田三成をからかうかのように、船遊びをした。替え歌を歌う者がいる。「石田治部少輔 でっけえ頭を ふらふらさせて それじゃ 鉄砲が 当たるめえ」
堤防が決壊した。二百七十名ほどがやられた。石田三成は思っていた。館林城ではあれほど鮮やかだったのに、なぜ、この城は上手くいかないのだろう。
一方で忍城内では、育ちきらない稲穂がすっかり水にかぶったことに百姓たちの怒りが爆発していた。
六月二十日。岩付城を落とした諸将が忍城への援軍でやってきた。兵は三万を超えることになる。さらに面白くないのは浅野長政の存在だ。石田三成にとって名誉挽回のためには猛攻しかなかった。
長親は運がいいと思った。三万の軍が目的を一つにされたら、こんな小城はひとたまりもない。
六月二十七日。忍城の攻防戦でもっとも激しい戦闘が続いた。この戦闘には甲斐姫が出てきた。この甲斐姫に一塊の老勇者が負けじとついて行く。遠目には心を沸き立たせる戦国絵巻の一幕となった。この日、姫の出撃は六度に及んだ。
六月二十八日。韮山城落城の知らせが届いた。これで残っているのは小田原城と忍城だけとなる。
六月三十日。援軍がやってきた。その中には真田昌幸がいた。
秀吉は徳川家康を呼び、忍城に関しての善後策を練った。城主の成田氏長を説得させ、忍城を明け渡す手だてを考えたのだ。
そして、連歌の友である山中長俊を通じて成田氏長の説得に乗り出した。氏長はこの話を受けることにした。
七月四日。この日の攻撃は真田軍の攻撃が見事だった。
小田原城から成田氏長の家臣・松岡石見が脱出し、忍城へと向かった。
この後すぐの七月六日に小田原城は落城した。忍城はまだ落ちていない。
忍城を囲む兵は五万を超えていた。籠城している兵は二千数百名。闇雲に攻撃をするものの、忍城は落ちなかった。そこへ、秀吉の使者となっている松岡石見が着いた。
忍城を囲む諸将は怒りや恨み苛立ちなどがあり、忍城の開城に当たり、酷な要求を突きつけるように松岡石見に言い寄った。だが、長親は「われら、餓死するより戦死を望む者」と要求を突っぱねた。
この忍城が全ての門を開いたのは天正十八年七月十一日であった。三十八日間に及ぶ籠城戦は、忍城が自ら城をひらいたことによって終わった。
本書について
風野真知雄
水の城 いまだ落城せず
祥伝社文庫 約三五〇頁
安土・桃山時代
目次
序章 つわものども
第一章 じゃじゃ馬
第二章 それぞれの真意
第三章 俊英
第四章 籠城
第五章 城代の一日
第六章 奇計
第七章 笑い武者
第八章 奔流
第九章 甲斐姫出撃
第十章 六連銭
第十一章 搦手
第十二章 水の城
第十三章 いまだ落城せず
終章 蓮の花
登場人物
成田長親
成田肥前守…長親の父
甲斐姫
お菊
成田氏長…甲斐姫の父、城主
成田泰親…氏長の弟
正木丹波
松岡石見
竹之内十兵衛
栗八…機屋
多助…油屋の四男坊
清右衛門…百姓
秀範…僧侶
石田三成
大谷吉継
浅野長政
真田昌幸
真田幸村
豊臣秀吉
徳川家康
山中長俊