覚書/感想/コメント
「西郷盗撮」「鹿鳴館盗撮」に続く第三弾。あとがきで、ひどく難航したと書いてあるように、作中で苦心の跡が感じられる。
今回は大津事件をめぐる歴史ミステリーである。明治二十四年(一八九一)五月十一日に、日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが、滋賀県大津市で警備を担当していた巡査の津田三蔵に突然斬りかかられ負傷した事件である。
この時斬りつけられた皇太子のニコライは、後にニコライ二世となる。ロシア帝国最後の皇帝である。
作者は、一人の暗殺者はあり得ないと思っていると述べている。つまり、この大津事件において、津田三蔵は暗殺者であり、その津田の背後には何者かがいるというのだ。そして、作者があたりをつけた意外な人物とは…。
そもそも皇太子ニコライが日本を訪問する所から今回の物語は始まる。この訪問には尾ひれがつき、西郷隆盛が巡洋船畝傍とともに帰還するという噂が流れた。
ここから志村悠之介は事件に巻き込まれる。
悠之介は伊藤博文、山県有朋、西郷従道のそれぞれから依頼を受けるはめとなる。当時の政治家の三巨頭から同時に依頼を受けてしまうのだ。そのそれぞれが、皇太子ニコライの訪日、西郷隆盛の噂に絡んでいた。
西郷従道からの依頼では、西郷隆盛の写真を撮ってくれという。銀座の煉瓦街には西郷隆盛が現われるという噂が流れる。それを撮れというのだ。その西郷隆盛の亡霊の正体とは?
本書では意外な人物が登場する。東京日日新聞の記者で悠之介と行動を共にする岡本敬二である。ペンネームは岡本綺堂。すべての捕物帖の原点といわれる「半七捕物帖」を書いた人である。時代小説の神様といってよい人物である。
内容/あらすじ/ネタバレ
志村悠之介は伊藤博文に呼び出された。伊藤は西郷隆盛帰還の噂を聞いたことがあるかとたずねてきた。消失したはずの巡洋船畝傍で帰ってくるというものだ。その噂の出所が気になるという。
これに関連して、間もなく長崎にロシア皇太子が率いる艦隊が到着する。その中に畝傍に似た船があるというのだ。長崎に行って船の写真を撮ってくれという。そして、見物客も撮れという。怪しげな連中が終結しているという噂があるからだ。
この日は忙しかった。他に山県有朋、西郷従道からの依頼もある。
山県有朋からの依頼は、ある写真の出所を探って貰いたいというものだった。それは西郷隆盛の写真だった。あろうことか、十四年前に悠之介が撮った写真である。かなりの修正が施されてあるが、間違いない。妻の小夜が…。
最後に訪れた西郷従道からは兄貴を撮って欲しいと頼まれる。西郷隆盛が銀座の煉瓦街に現われるのだという。馬鹿な。幽霊が現われたとでもいうのか。店に現われ、また来るといいのこしたようだ。次の機会のときに撮ってくれと頼まれた。
これは一月後のことらしく、先に頼まれた依頼をこなすことにした。
その前に、小夜に確かめなければ。だが、小夜は急な出張依頼が入って帰ってこないという。そして覚書が残されており、その文字に唖然となった。
悠之介は複雑を極めそうな状況に、東京日日新聞の岡本敬二をたずねた。その岡本も長崎に行くことが分かり、二人で長崎へと出発した。
長崎に到着して悠之介は依頼の船の写真を撮り終えた。あとは見物人の撮影である。怪しげな連中がいるのに気がついた。七人くらいいるようだ。
この中に、桐野利秋が芸者に産ませた子がいることが分かった。名を野々村という。小夜はこの桐野関係で動いているのかもしれなかった。
東京に戻り、悠之介は写真を伊藤博文に早速届けた。
その後、西郷隆盛が銀座に現われるという連絡がきた。悠之介は準備に取りかかるが、行動が不審な小夜のあとを付けた。小夜も西郷隆盛を撮るつもりらしかった。そして、亡霊は現われた…。
西郷従道に呼ばれた。ロシア皇太子を狙う不穏な者がいるので大津に行ってくれという。警察の中にもそうした不穏分子がおり、三日前に内務大臣になったばかりの西郷従道は警察組織を掌握できていなかった。
西郷従道の命を受け、大津に着いた悠之介だったが、ここで今度は伊藤博文の手のものから、手を引けといわれる。一体どうなっているのだ。
大津事件が起きた。
それは全く意外な出来事であり、悠之介が監視していた襲撃者たちも強い衝撃を受けていた。
そして事件の一部始終を見ていた悠之介は、何かがおかしかったと思う。それはロシア皇太子の振る舞いにあった。
本書について
目次
序 大津事件
第一章 畝傍
第二章 丸山
第三章 亡霊
第四章 暗殺者
第五章 ロシア皇太子遭難
第六章 疑惑
第七章 幽閉
第八章 脱出
第九章 黒幕
第十章 椿山荘の螽斯
第十一章 真実
第十二章 盗撮
終章 足音
登場人物
志村悠之介
小夜…妻
岡本敬二…東京日日新聞
伊藤博文
伊東己代治
西郷従道
山県有朋
坪井征太郎
ニコライ・アレキサンドロヴィチ…ロシア皇太子
奥田信郎
野々村満男
上野彦馬…写真師
米蔵