覚書/感想/コメント
大江戸定年組の三人。夏木は「わし」、仁左衛門は「あっし」、藤村は「おいら」と話す。言われてみれば、そうだった。細かいところにも気を遣っている。
前作で七福堂を潰してしまった仁左衛門の息子・鯉右衛門。仁左衛門の気持ちもどん底に落ちる出来事だった。さらに、鯉右衛門は酒に溺れ、事実に目を向けようとしない。
だが、その鯉右衛門もようやく立ち直ろうとする。そして、仁左衛門には二人目の倅が生まれた。仁左衛門には、希望の光が見える巻となっている。
だが、今度は藤村の所に思わぬ出来事が生じる。伏線がさんざんに張られており、この出来事は自然な印象を与える。
この藤村が鮫蔵のところに話に出かけた時のこと。いたずらに、饅頭を持って行った。これほど似合わないことはないだろうと思ってのことだ。
だが、意に反して、
『「ほう。こりゃ大好物で」/真面目な顔で言った。/「嘘だろ」/本当だった。鮫蔵はぺろりと五個も食った。/「あんた、猫と饅頭が好きって、世間を裏切りすぎだろうが」』
となってしまう。
さて、鮫蔵だが以前から度々登場する「げむげむ」を追いかけている。この「げむげむ」の正体が少しずつ明らかになってくる。そして、かな女に、この「げむげむ」の姿がちらつく。「げむげむ」が次作以降のとても重要なキーワードとなりそうだ。
本作でも「げむげむ」に近づきそうだったが、あと一歩のところで、するりと逃げてしまう。
「げむげむ」もそうだが、本作で「ねずみ小僧次郎吉」の名が登場した。本作は顔見せ程度で、次作以降に再び登場しそうな気配である。
もしかしたら、「げむげむ」と絡んでくるのかもしれない。
新しい登場人物も出始め、ますます期待のできるシリーズである。
内容/あらすじ/ネタバレ
正月の八日。夏木権之助もだいぶ良くなってきている。寿庵が夏木の様子を見に来ている時、黒沢道場に怪我人がでたと寿庵を呼びに来た。
下段の突きが得意な八百屋をしている男がいて、金的を突かれて悶絶するのが続出しているのだとか。
七福仁左衛門は倅・鯉右衛門の嫁・おちさを見かけた。取り込み詐欺にあったのをきっかけに、相場に手を出して店を潰した鯉右衛門は酒に溺れていた。
初秋亭に客が来た。八百屋・三右衛門の女房で、亭主の復讐をやめさせたいのだという。亭主は剣で正々堂々と戦うといっている。
どうやら、黒沢道場の下段の突きが得意な男というのは三右衛門のことのようだ。相手は東軍流の依田銀斎という道場主だ。評判は悪いが腕が立つ。初秋亭の三人は三右衛門に復讐をやめるように説得することにした。
ある日、剣術遣いが暴れているという騒ぎが起きた。暴れているのは依田銀斎だった。
仁左衛門の家作を買ったというものが訊ねてきた。それは、幼なじみの連二だった。仁左衛門は買ってくれたのが連二であったことを素直に喜んだ。連二は下駄屋をやっているという。連二の兄も元気だという。
俳句仲間の草楽が初秋亭の三人に相談に来た。大事にしている戌の根付けを譲ってくれないかとしつこい札差の但馬屋周右衛門がいるので、諦めさせて欲しいという。作者は黄一、伝説の根付け師だ。
さっそく但馬屋に会うと、すんなりとあきらめた。だが、思わぬ事が起きた。草楽が根付けを貸してしまったのだ。そして、そのやさきに但馬屋に泥棒が入ったという。
岡っ引きの鮫蔵もでばってきた。最近は「げむげむ」を追いかけている鮫蔵だが、この泥棒騒ぎは茶番くさいと睨んでいた。藤村もそうだ。
この話を仁左衛門が連二に話すと、内証だが兄が黄一なのだという。本名は喜一。これを聞いて一ついい手が思い浮かんだ。
江戸中の水茶屋を知っているという若者が、どうにも解せない水茶屋があるのだという。婆さん三人でやっており、茶もまずいのに繁昌している。ありえないのだというのだ。
夏木がその水茶屋に入ってみた。婆さん三人は姉妹のようで、おしげ、おかね、おしまというようだ。この水茶屋にいる客というのが、皆が皆そろって腕が太い。しかも、夜に船をだして怖ろしい早さで漕いでいる。一体何なのだ?
鮫蔵に聞いてみると、どうやら連中は海賊のようだ。とすると何を狙っているのか?
波打ち際に死体があるのを仁左衛門が見つけた。そばには南瓜がある。死体は良さんという男ではないかと思われ、調べていくと次々に変名が出てくる。詐欺師のような男だった。それにしても何故南瓜で殺されたのか。
その頃、ようやく立ち直り始めた鯉右衛門のもとを嫁のおちさが去ってしまった。去ったあとで鯉右衛門はおちさの存在の大きさを悟っていた。
鮫蔵に南瓜殺人の話をすると、最近奇妙な事件が続いているという。これもその一環ではないかと。そして、裏には「げむげむ」の姿がちらついているという。
山城屋の手代・又吉というのがやってきて、若旦那が義太夫に凝っていると話し始めた。この若旦那をけしかけている大江戸仙人組というのを、なんとかできないかと相談してきた。
若旦那の声は聞きしにまさる酷さで、これを人様に聞かせようとけしかけている大江戸仙人組は何かを企んでいるようだった。
本書について
風野真知雄
大江戸定年組4 下郎の月
二見文庫 約二六〇頁
江戸時代
目次
第一話 下郎の月
第二話 幸運の戌
第三話 水景の罠
第四話 南瓜の罪
第五話 仙人の芸
登場人物
藤村慎三郎…元北町奉行所定町回り同心
夏木権之助…旗本の隠居
七福仁左衛門…町人の隠居
加代…藤村慎三郎の女房
藤村康四郎…倅
おさと…仁左衛門の若い女房
鯉右衛門…仁左衛門の倅
おちさ…七福仁左衛門の息子・鯉右衛門の嫁
志乃…夏木権之助の女房
入江かな女…俳諧の師匠
安治…「海の牙」の主
鮫蔵…深川佐賀町の岡っ引き
長助…下っ引き
三右衛門…八百屋
依田銀斎
草楽…薬種屋の隠居
但馬屋周右衛門
連二
黄一(喜一)
まこと堂の倅
おしげ
おかね
おしま
およう…手習いの師匠
善太(新、孝吉、良)
おはま
熊三
又吉…山城屋の手代
謙二郎…山城屋の若旦那
長二郎…薬種問屋の元跡取り
巳之吉