覚書/感想/コメント
「西郷盗撮」に続く第二弾。
あとがきで「伊藤博文たちは鹿鳴館で夜ごと催された舞踏会によって、西洋社会の仲間入りをしようと思っていたのだろうかということだった。
あの、したたかな伊藤が、本当にそんなことで、文明国の仲間入りができるとでも…。」と書かれているように、鹿鳴館が舞台となる。
鹿鳴館とは、完成が明治十六年十一月二十八日。場所は麹町区内山下町一丁目の旧薩摩藩装束屋敷跡(現在の千代田区内幸町、帝国ホテル隣の大和生命ビル)。
門の前には東京府庁があり、西側は陸軍練兵場となっている。建坪四百四十坪。煉瓦造二階建て。設計はジョサイア・コンドル。
鹿鳴館は舞台ではあるが、鹿鳴館の謎をめぐる歴史ミステリーではない。
本書はノルマントン号事件をめぐる歴史ミステリーであり、その過程で鹿鳴館が重要な舞台となるのだ。
本書の最後にでてくる仮面舞踏会は明治二十年(一八八七)四月二十日に行われた。場所は鹿鳴館ではなく首相官邸である。イギリス公使夫妻主催で、伊藤博文が好意で会場として貸し出したものとされている。
一見華やかな印象のある鹿鳴館だが、作者は手厳しく、何度もまやかしであることを強調している。登場人物の晴海周一郎の台詞に、「それに鹿鳴館で踊っているおなごたちだが、あれは皆、体のいい花魁ですよ」と言わせているくらい、この鹿鳴館の存在自体に胡散臭さを感じていたのだろう。
最後に。
当時の「横浜駅」は現在の「桜木町」の場所にあったようだ。
それと、上野の不忍池の周囲が競馬場だったことがあったそうだ。
内容/あらすじ/ネタバレ
明治十九年。志村悠之介が沢田百合子子爵夫人の屋敷で逢瀬を楽しんでから三日ほど経った頃。横浜で写真撮影をしていた悠之介はつけられていることに気がついた。
そして悠之介の前に男たちが立ちふさがり、今日撮った写真のタネ板をそっくり渡してもらいたいという。悠之介は男たちを振り切って逃げた。
男たちはしつこかった。横浜駅で汽車に乗っても追いかけてきた。挙句の果て、ようやくにたどり着いた家ではすでに待ちかまえられていた。
悠之介の撮った写真とは一体何だったのか。
悠之介は撮った写真の構図をそっくり頭の中に再現できるという特技を持っている。悠之介は再び横浜に行き、写真を撮った所をめぐって、どこで問題の写真を撮ったかを辿ってみた。
そして、怪しいのはグランドホテルだと見当をつける。すると、グランドホテルで昨日悠之介を襲った男の姿を見かける。
この時に、悠之介はヴァイオリン奏者の晴海周一郎と出会った。晴海が言うには、グランドホテルに外務大臣の井上馨が来ているのだとか。昨日もいたらしい。
昨日のことを話すと、晴海は鹿鳴館に関係するのかもしれないという。鹿鳴館の建設を指揮した井上馨はとかく金に絡む噂のある人物だった。だから汚職や詐欺の現場を撮ってしまったのではないかというのだ。
あの日の前後の新聞を悠之介は読みあさった。横浜で何かあったはずだ。だが、各新聞ともこの前後は紀州熊野灘で起きた英国船ノルマントン号の沈没の事件を大きく取り上げていた。関係のなさそうな記事だった。
この後、悠之介は建築中のニコライ聖堂を見ている時に、設計士のジョサイア・コンドルに出会った。鹿鳴館の設計を手がけた人物だ。
思わぬ出会いをして、悠之介はコンドルに鹿鳴館建設に絡んで井上馨の汚職のことをたずねてみた。コンドルは話さなかったものの、当時の見積書を置いていってくれた。
見積書を見ると、巷に伝えられている鹿鳴館の建設費よりもずいぶん安かった。しかも杜撰な書類であった。すべてが丼勘定である。
これを晴海に見せると、晴海は井上馨の悪事を暴くのは無駄だという。その道の達人なのだから、逃げ道を考えているはずだ。だから、斬ればいい、と物騒なことを言い始めた。
沢田百合子との寝物語で、悠之介は晴海の話をした。すると後日呼ばれ、沢田百合子とともに井上馨夫人の武子があらわれた。そして井上馨の護衛を頼まれた。
井上馨を見た印象は、どうも金欲一点張りの人間ではなさそうだというものだった。ひたむきさと純粋さを宿した男であった。
井上馨と伊藤博文内閣総理大臣が語らっていた。そして、会話の中で、これでバロンが満足してくれればいいがというのが聞こえてきた。
不忍池の周囲にできた競馬場に井上馨が顔を出した。そして、この場所にはバロンと呼ばれる男が来ていた。そして、悠之介はついに横浜でのことが結びついたのだった。
あの日、横浜に政府の重要人物が集まるような重大な事件が起きていたのだ。ノルマントン号事件だ。
そして、仮面舞踏会が開かれようとしていた。この舞踏会で一体何が企まれているのか…。
本書について
目次
序章 裸の貴婦人
第一章 横浜居留地
第二章 失われた写真
断章一
第三章 外務大臣
第四章 まやかしの館
断章二
第五章 無気味な剣
第六章 用心棒
第七章 総理の背中
断章三
第八章 ノルマントル号事件
断章四
第九章 仮面舞踏会
第十章 波止場の決闘
第十一章 生きていた男
終章 寒い余韻
登場人物
志村悠之介
小夜…妻
沢田百合子…子爵夫人
晴海周一郎
ジョサイア・コンドル…設計士
井上馨
井上武子…井上馨夫人
大河内重四郎
伊藤博文
バロン(ジェームス・ロストン)