覚書/感想/コメント
継信・忠信兄弟は忠義の家来として語り継がれている。だが、筆者は彼らを忠義の人にはしたくなかったという。
平泉は何のために義経を受け入れたのか?継信・忠信は何のために奮戦したのか?奥州十五万騎はなぜあれほどもろく敗れたのか?
そうした疑問に対して理由を考えていくことが、小説の筋書きになっていったという。
だから、本書では継信・忠信は奥州の意向を受けて鎌倉に駆けつけることになる。義経に完全に味方するというのではなく、あくまでも奥州の利益代表である。
だが、奥州の意思決定がなかなかなされないうちに、事態はどんどんと進んでいってしまう。継信と忠信が困惑する場面が度々登場する。
また、義経像も一般的に語り継がれているものとは違う。粗暴で短気、喧嘩っ早く、見栄っ張りで、好色である。
意外と、この義経像の方が真実に迫っているのではないかと思う。
合戦の場面も当時はこんなものだったのではないかという感じで描かれている。
この時期の合戦は多くて数千単位での合戦だったと思われる。万の単位での合戦などは戦国時代でもざらにあるわけではない。
戦国時代よりも人口の少なかった平安時代末期において、万単位の合戦というのは現実味に劣る。
数千単位の合戦ですら、この当時では大規模な合戦だったはずである。
内容/あらすじ/ネタバレ
佐藤継信、忠信の兄弟は奥州の南端、佐藤基治の長男と次男である。佐藤家は信夫郡一帯を支配している。もともと平泉で奥州の独立政権を確立している藤原清衡の中央への反乱を恐れた朝廷が牽制するために四代前に佐藤家に信夫郡を与えたのだ。
以来、平泉とは微妙な距離を保ってきていた。だが、基治の時代になり、藤原秀衡と縁戚関係を結んだ。平泉との距離は縮まっていた。
金売り吉次がやってきた。父の基治も同席して、「御曹司」がどうとかいっている。兄弟には話が読めなかったが、「御曹司」は仲間を連れており、それが御曹司に負けず劣らずろくでもない連中だという。
すると、御曹司もろくでもないのか?その御曹司とは源氏の御曹司のようだった。
御曹司の一行がやってきた。鎌田藤太、藤次の兄弟、伊勢三郎、備前平四郎に源九郎義経である。
義経の一行は山賊が獲物を目にしたような顔つきをしていた。
その義経を連れ、継信、忠信の兄弟は平泉へ向かった。平泉には半年滞在した。秋には信夫郡に戻り、継信と忠信は義経に乗馬を徹底して仕込むことにした。そして、機を見て合戦の訓練を始めた。
治承元年(一一七七)。義経は一度京に出て様子を見ることにした。これに継信が同行した。この時、比叡山の武蔵坊弁慶を仲間に引き入れることができた。義経の仲間は、柄の悪い、ろくでもない者ばかりだったが、こうした連中には人望を得ることができるようだった。
そう遠くないうちに世が動きそうだとわかり、一行は奥州に戻った。奥州で牙を研いでいることにしたのだ。
治承四年(一一八〇)。義経が奥州に来てから六年がたっている。その義経のもとに兄・頼朝から要請があった。
佐藤基治は継信、忠信兄弟に騎馬武者三百と下人をつけ、千人を超える軍団を与えて送り出した。佐五八という凄腕の細作もつけてくれた。
十月。この三百騎が頼朝の陣に到着した。
さっそく富士川の戦いに送り出されたが、平氏が総退却してしまったため、合戦らしい場面はなかった。奥州の騎馬軍団に驚いて逃亡してしまったのだ。
だが、源氏の武士たちの間では、平家は鳥の羽音に驚いて逃げたということになっていた。
頼朝は平家追撃の様子を見せず、関東での着実な地盤固めに精を出していた。
平清盛が死んだ。
義経と奥州の武者たちは訓練に汗を流していた。
継信と忠信の兄弟は奥州がどう動くのかが気になって仕方がない。だが、奥州では決心がつかないでいる。
そうしている中、木曾の源義仲が倶利伽羅峠で平家を破ったとの知らせが飛び込んできた。
どうやら、奥州は頼朝、義仲、平氏のそれぞれが疲弊するのを待っているようだ…。
頼朝から木曾義仲の追討命がでた。寿永二年(一一八三)のことだ。
後白河法皇の院宣はころころ変わり、この時は義仲追討の院宣が出ていた。朝廷や公家は、義仲を追い払ってもらいたいが、平家のように源氏が力を持つのを望んではいないようだ。
ひと月ほどして義経らは源範頼と合流した。そして、都の中心に向かって突き進んだ。木曾軍の抵抗はなかった。やがて義仲が討たれた知らせが届く。
京では義経は行儀よくすることにし、人々にも歓迎された。
源氏軍は京を出て平家追討に出た。今回も源範頼と義経が軍を率いる。義経の軍は一の谷に集結しつつある平家を背後から襲うべく行軍していた。
義経は継信の案を取り入れ、奇襲を試みることにした。鵯越えである。
この戦いに勝ち、源氏軍は京へ凱旋した。そして、範頼と義経は朝廷から官位をもらい、公家からは連日連夜の宴の誘いがある。
継信と忠信は今のところ、源氏と平家は五分五分と見ている。だが、このまま源氏が平家を殲滅してしまうと、奥州の立場がどうなるか分からない。二人の心配はそこにあった。
平家は屋島にいるという。義経に追討命令がでた。
この戦いの中、継信が管矢という特殊な矢で射られ、その後に再び矢を受け落命する。忠信にとっては悪夢に等しい出来事だった。あの兄貴がいなくなった…。
源氏は勝利したが、鎌田兄弟もいなくなり、義経の周りは寂しくなっていく。
平家最後の場となる壇の浦の戦いが始まった。
屋島の合戦前後からの義経の戦術というのは、とりもなおさず継信と忠信の戦術でもあった。そして、いまや忠信だけとなり、その忠信が率いている三百騎の騎馬軍団も数えるほどしか残っていなかった。
壇の浦から半年。義経が狙われ、逃亡の日々が始まった。忠信は義経らを逃すために一人残り、追撃を食い止めた。
それから一年が過ぎた。義経らがどこに向かっているのか忠信には知るよしもない。そして忠信の最期の時を迎える…。
本書について
目次
第一章 春駒
第二章 黄金郷
第三章 北東の風
第四章 鎌倉
第五章 初陣
第六章 鵯越え
第七章 継信死す
第八章 壇の浦
第九章 矢の雨
第十章 首
あとがき
登場人物
佐藤忠信…弟
佐藤継信…兄
源九郎義経
鎌田藤太
鎌田藤次
伊勢三郎
備前平四郎
弁慶
静
佐五八…細作
佐藤基治…兄弟の父
若桜…継信の妻
楓…忠信の妻
かや…忠信の愛人
吉次…金売り
源頼朝
北条時政
北条政子
源範頼
源義仲
後白河法皇