覚書/感想/コメント
信濃を舞台にして、天才軍略家の悲哀を描いている。
南は武田晴信。北は村上義清、そして背後に長尾景虎。目の前には小笠原長時。
そうした勢力図の中、天才軍略家・石堂一徹が使えることにしたのは、内政に長けている遠藤吉弘。
一徹が加わることによって、急激に勢力を伸ばすが、家中は一徹に対するやっかみから一枚岩ではなくなっていく。
その一徹が心のそこから願っているのは、己の才能を十分に発揮させてくれる武将のもとで、存分に働きたいということだけである。
だから、一徹には邪心がない。
だが、周りはそうは見ない。
己らの理解できない、想像を超える才能を前に、遠藤家の家臣は邪推する。
何か魂胆があるに違いない・・・。
内容/あらすじ/ネタバレ
若菜は足を止めて背筋を伸ばすと、大きく息を吸い込んだ。
この日、父・吉弘の代理として、伯母の全快祝いに出かけ、その帰り道だった。
男に出会った。
身辺を包む、他人を寄せ付けない異様な迫力がある。
威厳というより、得体の知れないどす黒い思いが体中に充満しているのではないか。
遠藤吉弘は首をひねった。
数え切れないほどの功名をあげている石堂一徹はなぜ主取りができないのか。
一度重用されても、二、三年で暇を出されてしまうという。
この吉弘の前に石堂一徹が現れた。
その挙手動作は、上級武士の家庭に生まれ育った者のそれであった。
物静かな中にも毅然としたたたずまいなのだ。
一徹は領主としての吉弘の内政手腕に舌を巻いていた。
街道がよく整備され、田畑が広がり、用水が縦横に走っている。
領民は飢えておらず、敬愛に満ちた言葉が返ってくる。
一徹は、遠藤吉弘の家臣になりたいと申し出た。
吉弘は考え、軍艦ではどうだろうかと提案した。
信濃の統一が遅れていた。
北信濃は村上義清、中信濃が小笠原長時、南信濃が武田晴信の手によってまとまりつつあった。
一徹は、村上義清は武田晴信と渡り合えないと踏んでいた。
そして、吉弘が時世を洞察する力と明確な目標を持っていないと判断していた。だが、それでいいのだ。
遠藤吉弘が留守のときに、夜討ちがあった。
茫然自失の金原兵蔵は石堂一徹に相談した。
相手は高橋広家。
その軍勢を、一徹は退けた。そのまま軍勢を進め、城を攻め落とした。
石堂一徹が吉弘の下に加わって3ヶ月あまり。
吉弘の軍は圧倒的な勝利を重ねていた。
一徹には妻がいた。娘もいた。
だが、武田の手にかかって二人とも亡くしていた。
吉弘は頭を痛めていた。
一徹が家中で浮いているからである。戦功に対する評価基準が大きく違うのが摩擦を生んでいる。
それだけでなく、最近は不気味に思えてならないことがある。
一徹は遠藤家をどの方向に引っ張っていこうとしているのか…。
石堂一徹の出身は北信濃の埴科郡の石堂村である。
石堂家はその土地の領主で、村上家に仕えている。
一徹は、次男として生まれた。
二十歳になるかならずかで一徹は村上の家中で名を知らぬものがないまでになった。
ある戦で一徹は妻子をなくし、村上義清を見限った。
一徹は3人目の主君に仕えてから、一切の知行を受け取らないことにした。
何の報酬もなければ、痛くもない腹を探られることもない。
一徹は富貴も立身も望んでいなかった。
自分の才能を存分に発揮できる場を得て、世間に知らしめることだけを念じるようになった。
林城。
小笠原長時の居城である。
それを取って居城にすればよいと一徹がいう。
吉弘は呆然とした。
この男は、俺を武田と長尾の間に立つ、第三の勢力に仕立てようとしている。
背筋に冷たいものが走った。
武田が雪解けを待って、中信濃に侵攻してくるという情報が入ってきた・・・。
本書について
北沢秋
哄う合戦屋
双葉文庫 約三五〇頁
目次
第一章 天文十八年 春
第二章 天文十八年 晩春
第三章 天文十八年 夏
第四章 天文十八年 晩秋
第五章 天文十九年 早春
最終章 天文十九年 夏
登場人物
石堂一徹
鈴村六蔵
遠藤吉弘
若菜
金原兵蔵
伊作
村山正則
高橋広家
村上義清
小笠原長時
武田晴信