覚書/感想/コメント
ほうほう、短編集ですか。それも連作短編ね。ふむふむ。
鉄瓶長屋を舞台にした人情ものかなんかですかね?題名もほのぼのしていますしね。
そう思って読んでいたら、全体の半分以上を占める「長い影」にきて、ん?違うかぁ?となります。
最初の五つの短編に見える話は伏線でしかありません。
この「長い影」にきて初めて全体に施された”謎”が浮かび上がってくるのです。
そして、この「長い影」からこそが本書の見せ場になります。
見せ場になると同時に、重要な登場人物も多く登場するのはここからです。
こうしたストーリーの組み立ては、さすがは宮部みゆきさんです。
舞台となる鉄瓶長のある場所
舞台となる鉄瓶長屋は小名木川と大横川が交わるところ、新高橋の近く、深川北町の一角にあります。
現在の地図ですと、下記↓のあたりです。
初めて裏長屋の共同井戸の汲みかえをやった時に、どういうわけか井戸の底から赤く錆びた鉄瓶が二つも出てきたところからその名が付きました。
鉄瓶長屋の地所の持ち主は、築地の湊屋総右衛門です。
俵物を扱う問屋の他、明石町で「勝元」という料亭も営んでいます。
鉄瓶長屋はごくふつうの長屋です。
登場人物は特徴的な人物が多い
登場人物は、主人公となる井筒平四郎を筆頭に特徴的な人物が多いです。
その井筒平四郎といえば、年は四十の半ばで、ひょろりと長身、顎がこけ、眼が細く、いつも髭のそり残しがあります。
迷信深い気質ではありません。というより信心しない男です。面倒くさい割に効き目がないからです。
美人の細君はいますが、子供はいません。ですが、妙に子供に好かれます。
細君に言わせると、平四郎が子供だからです。
そして、怠け者で、面倒くさがりです。
そもそも同心の四男坊である平四郎が家督を継ぐはずがありませんでした。
しかし、上の三人の兄が病弱で早世したり、他家に養子にいったりして、お鉢が回ってきたのです。
その時ですら、家督の欲しくなかった平四郎は、すこぶる女好きの父のことだから、余所で子を産ませていやしないか、と勘ぐり、その子を見つけ家督を押しつけてしまおうと考えたのでした。
そして、実際に熱を入れて探し始めたのです。
この事がばれてとっちめられたのですが、逆にこの平四郎の思いつきと探し方に同心の素質を見た与力がいました。
そして、平四郎は”無事”家督を継ぐことになってしまいます。
要するにずぼらな主人公なのです。
これと対称的なのが甥の弓之助です。
超のつく美形で、何でも計ってしまう癖があります。頭脳も明晰な少年です。
ただ、一つだけ恥ずかしい弱点があります。
他にも、記憶力抜群のおでこや、美形だが近眼のみすずなど、多彩な登場人物も個性的で面白いです。
映像化
- 2014年にNHKの木曜時代劇で「ぼんくら」としてドラマ化されました。
内容/あらすじ/ネタバレ
足音が聞こえた。
お徳はお露の父親・富平がいけなくなったのかと思い、慌てて外に出た。
すると鉄瓶長屋の差配人・久兵衛の家に明りがついている。
てっきり富平がだめだったのかと思ったら、そうではなかった。
お露の兄・太助が死んだのだという。それも殺されたのだと。
お露は殺し屋が来て兄を殺したという…。
井筒の旦那がお徳の店を訪ねてきた。
いつものように中間の小平次も一緒だ。
そして、「殺し屋」は勝元の奉公人だった正次郎のようだという。
お露がそういっているのだ。一昨年にあったことを怨みに思ってのことらしい。
だが、お徳も思っていたが口には出さないことがある。
それはお露の服についていたのは「返り血」である。
裏店の皆もうすうすそう感じていた。
その矢先、差配人の久兵衛が行方をくらました。
正次郎が自分を襲ってくるかもしれない。皆に迷惑をかけるわけにいかないから去るというのだ。
井筒平四郎は桶屋の権吉の様子を見に来た。
すると、人が変わったようにやつれたお律の姿がそこにあった。
権吉が博打にはまり、それがもとで心配事があるようだ。
そうした中、新しい差配人がやってきた。
二十七才の佐吉という若者であった。湊屋は若造をよこしてきたのだ。
そして、佐吉がやってきて間もなく、権吉の所に博打の取り立てがやってきた…。
井筒平四郎が鉄瓶長屋を訪れた時のこと。
平四郎の帯にむしゃぶりついてきた子供がいた。痩せこけた子供だ。迷子のようだ。
子供の服から牛込通り下、風見屋に近いところに住んでいることがわかった。
そこの差配人・卯兵衛がやってきて、子供は長助ということがわかった。
そして、卯兵衛は鉄瓶長屋で意外な人物を見かけて驚いていた。
平四郎がいつものようにお徳の店で軽口をたたいたら血相を変えてお徳が怒り出した。何がなんだかわからない。
理由はじきにわかった。
新しく移り住んでくるおくめという女に原因があったのだ。このおくめの一言がお徳を傷つけていたのだ。
佐吉から平四郎に相談があった。
だが、今度ばかりは二人で頭を抱えてしまう。
というのは、信心にかかわるものだから止めろとはいえないのだ。
最初は豆腐屋の八助が発端だったようだ。壺をもってきて拝み始めたという。
そして徐々にそれに感化された人間が増えてきたのだという。
そうこうしているうちに、この八助の一家と他に二つの家が鉄瓶長屋からいなくなってしまった…
そもそも湊屋は何を考えて佐吉を鉄瓶長屋に送り込んできたのだろうか?
鉄瓶長屋は店子が出て隙間だらけになっている。
これでは長屋としてどうにもならなくなってしまう。
平四郎は親しい隠密廻りの辻井英之介に湊屋と佐吉のことを話した。
英之介は何か湊屋の家の事情に関わることがあるのかもしれないという。
その英之介から手紙が来た。
一つ目は佐吉のことである。佐吉は湊屋の遠縁の者であると書いてある。
そして、佐吉の母・葵は昔佐吉を連れて湊屋の世話になったことがあり、やがて行方をくらましたことも書かれていた。
どうにもわからないことだらけである。
最近、前の差配人だった久兵衛を見かけたという情報もある。それに、いなくなった家族たちはどうしているのか?
そうしたことを考えていると、岡っ引きの仁平が平四郎を訪ねてきた。評判の悪い岡っ引きだ。
仁平は湊屋に関して平四郎が何か情報をつかんでいないかとやってきたらしい。仁平は湊屋に遺恨があるらしい。
平四郎は気になり、岡っ引きの茂七を訪ねた。湊屋と仁平のことを聞くためである。
だが、茂七はおらず、代わりに政五郎が応対してくれた。
平四郎には子供がいない。いずれ養子をとらなくてはならない。
細君は甥の弓之助を是非にといっている。この弓之助が平四郎の家に遊びにやってきた。
驚いたのはその美形だけではなかった。何でも計ってしまうのだ。それがかなり正確なのだ。そして、頭も相当切れる。
平四郎はこの弓之助をつかい、今回の一連の出来事の裏で何が画策されているのかを追い始める…
本書について
宮部みゆき
ぼんくら
講談社文庫 計約六一五頁
目次
殺し屋
博打うち
通い番頭
ひさぐ女
拝む男
長い影
幽霊
登場人物
井筒平四郎
小平次…中間
弓之助…甥
お徳
おくめ
佐吉…鉄瓶長屋の差配人
官九郎…佐吉の飼い烏
長助
辻井英之介(黒豆)…隠密廻り
政五郎…岡っ引き茂七の手下
おでこ(三太郎)
お露
太助…お露の兄
富平…お露の父親
正次郎…勝元の元奉公人
権吉…桶屋
お律…権吉の娘
卯兵衛
善治郎…成美屋の番頭
幸兵衛
八助…豆腐屋
おしゅう
おりん
ふぶき…巫女
相馬登…医師
仁平…岡っ引き
湊屋総右衛門
おふじ…女房
みすず…娘
久兵衛…鉄瓶長屋の差配人
葵…佐吉の母