覚書/感想/コメント
第二回柴田錬三郎賞
始めの文で隆慶一郎は語ります。
傾奇者は一様にきらびやかに生き、一抹の悲しさと涼やかさを残して、速やかに死んでいった。ほとんどの男が終わりを全うしていない。
傾奇者にとっては、その悲惨さが栄光のあかしだったのではあるまいか。
隆慶一郎 一夢庵風流記
彼らは一様に、高度の文化的素養の持ち主だった。時に野蛮とも思われる乱暴狼藉の陰に隠れているが、大方が時代の文化の先端を行く男たちなのである。田夫野人とは程遠い生き物であり、秘かに繊細な美意識を育てていたように見える。それが一様に滅びの美学だったのではあるまいか。
隆慶一郎 一夢庵風流記
この言葉が本書の根底を流れているのを念頭に読み進めると、一層楽しく読めるはずです。
前田慶次郎は傾奇者を語る上でよく取り上げられる人物だろうと思います。
従者に「此の鹿毛と申すは、あかいちょっかい革袴、茨がくれの鉄冑、鶏のとっさか立烏帽子、前田慶次郎の馬にて候」といわせるエピソードは「可観小説」にある逸話で本当にあったもののようです。
さて、この慶次郎ですが、この小説では前田利家の妻・まつには弱い。
まつにいわれると何となく承諾してしまうのです。
このまつの夫・前田利家も又左衛門といっていた若い頃傾奇者でした。
とはいっても小説の中では小心者のへっぽこじいさん程度にしか扱われていません。
傾奇者の傾奇者たるゆえんは権力者に媚びへつらうことがない点でしょう。
その様子を時の権力者・秀吉の前での行動として表現しています。
また、同じく傾奇いている達をからかう風呂屋の出来事なども面白いです。
本書のストーリーが大きく展開するのは慶次郎が朝鮮に渡ってからでしょう。
ここからの部分はかなり割かれて描かれています。
この朝鮮での視察は、ひたすら慶次郎の強さが目立つものです。
朝鮮半島から戻ってきてからは、石田三成や、徳川家康の次男・結城秀康との出会いなどが描かれています。
徳川家康の上杉討伐軍に絡んでの出来事も面白いです。
皆朱の槍を巡る事件、出陣直前における林泉寺の坊主事件、最上勢との戦での撤退の場面など、慶次郎の逸話が盛りだくさんだからです。
前田慶次郎は後に、竜砕軒不便斎、穀蔵院ひょっとこ斎と名乗り、一夢庵主と号しました。
同じく前田慶次郎を扱った小説に海音寺潮五郎の「戦国風流武士 前田慶次郎」があります。
こちらでは”穀蔵院ひょっと斎”となり、”こ”がない。その由来も書かれています。
この海音寺潮五郎の「戦国風流武士 前田慶次郎」と本書とでは慶次郎の印象ずいぶんと違います。
海音寺潮五郎版では、確かに風流の名に恥じない男であるように描かれ、同時に強き男であった様子も書かれており、それぞれの比重が同じように感じられるのです。
対して、隆慶一郎版の慶次郎は、途方もなく強い男であるというイメージが先行してしまいます。
ですから、読んでいるときには題名は「一夢庵風流記」ではなく「一夢庵豪傑記」の間違いなんじゃないかと思ってしまったくらいです。
一人の人物を描いてもここまで印象を違えて書かれるのも珍しいかもしれません。
読み比べてみてはいかがでしょうか。
前田慶次郎を主人公とした小説。
内容/あらすじ/ネタバレ
前田慶次郎利益(利太とも書く)は滝川左近将監一益の従兄弟(甥ともいう)滝川儀太夫益氏の子である。
尾張荒子城主・前田利久の養子になり、当然その跡目を継ぐはずだったが、織田信長の命により荒子城の主は前田利家に譲られることになった。
慶次郎は人生の出発点でけつまずいたことになる。これが彼を「無念の人」とし、後の人格形成に大きな影響を及ぼしたであろうことは、想像に難くない。
永禄十二年から、天正十一年(一五八三)までの十四年間、慶次郎の足跡は完全に歴史上から消える。
一片の史料も伝説のたぐいすらない。
四年後、養父の利久が死に、慶次郎と前田家のつながりがほとんど切れた。
…慶次郎は秀吉の九州遠征に参加を許されなかった。
慶次郎のあまりの剽悍ぶりが前田家中で評判が悪かった。
馬小屋では甲高いいななきの声が起きた。慶次郎が伴侶のように愛している松風という悍馬の声である。
奥村助右衛門が慶次郎を訪ねてきた。
慶次郎は金沢を離れるつもりになっていた。そこで奥村は利家と別れの茶会を持てという。
この茶会で、慶次郎は氷の浮かんだ水風呂に利家を放り投げ、松風に乗って金沢を去った。冬の時である。
金沢を去ってから慶次郎をつけている忍びがいる。
自分を付け狙っているのはわかっていたが、その忍びはお供に加えてくれという。
だが、お供とはいってもいつでも慶次郎を狙っているのだ。それにもかまわず慶次郎はこの者を供にした。名を捨丸という。
天正十六年、慶次郎は遊び暮らしたようだ。
慶次郎の遊びは風雅の道である。
記録によると、一条関白兼冬、西園寺右大臣公朝の屋敷に出入りし、三条大納言公光について、源氏物語と伊勢物語の講釈を聞き、その伝授を受けたといわれる。
茶を千宗易に学び、和歌・連歌、乱舞・猿楽、笛・太鼓まで一流の腕だったと「上杉将士書上」にある。
やがて、その名が秀吉まで聞こえた。
関白秀吉からのお目見えなど真っ平御免な慶次郎だったが、前田利家の妻・まつに頼まれて、嫌とはいえなくなってしまった。慶次郎は昔からまつに弱いのだ。
そして、秀吉お目見えの時、果たして慶次郎は突拍子もないことをする。
…傾奇者の間で有名になってしまった慶次郎。決闘を挑む輩が後を絶たない。
こうした中での事件がきっかけで、慶次郎は直江兼続と知り合うことになる。
そして、慶次郎はすっかり直江兼続に惚れ込んでしまった。三日とあけずに訪問するようになった。
ある日、兼続が尾けてられているといった。
相手は飛び加藤と称される忍びである。あまりにも痩せているので、骨といわれているそうだ。この骨は慶次郎を狙っていたのだ。
…上杉が佐渡を討伐する軍を動かすと聞いて、慶次郎は越後まで押しかけた。押しかけの助っ人である。
この佐渡の合戦から一年経って、慶次郎は京に戻っていた。そして、秀吉による北条攻めが始まろうとしていた。
…北条をたいらげ、天下は秀吉のものになった。
太平の世になるはずだったが、秀吉は明征服を標榜し始める。
そのため、朝鮮との交渉が始まった。そして、その朝鮮の実情を知るために慶次郎が送り込まれることになった。
慶次郎は自分を狙う刺客・金悟洞を捨丸の時同様に手なずけ、神谷宗湛がつけてくれた案内人弥助とともに朝鮮を見て回った…
本書について
隆慶一郎
一夢庵風流記
新潮文庫 約五五五頁 戦国時代
目次
かぶき者
無念の人
松風
馳走
敦賀城
七里半越え
聚楽第
決闘ばやり
男惚れ
骨
女体
死地
佐渡攻め
傀儡子舞い
子供狩り
治部
唐入り
伽蛟サ琴
伽姫
漢陽
帰還
唐入り御陣
難波の夢
天下取り
会津陣
最上の戦い
講和
風流
後書
登場人物
前田慶次郎利益
松風…慶次郎の愛馬
捨丸
金悟洞
伽姫
弥助
骨
前田利家
まつ
奥村助右衛門
四井主馬…忍びの棟梁
直江兼続
上杉景勝
豊臣秀吉
石田三成
庄司甚内
大谷吉継
大滝源右衛門
景轍玄蘇…博多聖福寺の僧
柳川調信
鳥辺野死右衛門
結城秀康
山上道及
(朝鮮)
鄭撥
朴晋
李鎰
朴仁