覚書/感想/コメント
シリーズ第五弾。江戸時代に約六十周年周期に三度ほどおきた大規模な伊勢神宮への集団参詣運動を題材にしている。
この三度ほどおきたのは数百万人規模のものであった。
お蔭参り、伊勢参りともいい、奉公人が無断でもしくは子供が親に無断で参詣したことから抜け参りとも呼ばれた
本書の時期の日本全国の人口が約三千万。一方で、本書にも記述があるが、山田奉行所の記録によると、「四月九日から五月二十九日まで、京・大坂諸国参宮凡三百六十二万人之事」とあり、わずか二ヶ月足らずの短期間に全人口の一割以上が伊勢参りをしてしまったことになる。
おそらくは本書でも書かれているように、あらゆる産業への影響があったものと思われる。
伊勢神宮は正式には単なる「神宮」。皇室の御祖神であり、国の総氏神様とされていることから神道の神社では別格とされている。
伊勢の宇治の五十鈴川上にある内宮=皇大神宮と、伊勢の山田の原にある外宮=豊受大神宮の総称で、古くは伊勢太神宮(いせのおおみかみのみや)といっていたそうだ。
この抜け参りの熱風に大黒屋の小僧ら三人が飲み込まれてしまうところから始まる。
最初は単なる抜け参りだと思い、三人の無事を祈っていた大黒屋の面々だったが、この三人の内の一人栄吉が鳶沢一族の命運を握っていることが分かり、あわてて栄吉らを追いかけていく羽目になる。
慌てるのは、第二の「影」から初めて呼び出しを受け、命を受けるはずだったのに、互いの存在を確認しあうための「火呼鈴」を総兵衛が持っていなかったことに起因する。
この「火呼鈴」を栄吉が持ったまま抜け参りに出かけてしまったようなのだ。
だが、この栄吉は単なる小僧ではなく、総兵衛ら鳶沢一族を翻弄するだけでなく、栄吉らを追いかけている別の連中も翻弄することになる。
そして、そもそも第二の「影」は総兵衛らにどういう命を与えるはずだったのか?
さて、前作で総兵衛に再び敗れた深沢美雪。その対決の折りに約定していた通りに分家当主次郎兵衛を訪ねていた。この深沢美雪だが、ますます鳶沢一族との繋がりが強くなっていくようだ。
内容/あらすじ/ネタバレ
宝永二年(一七〇五)。伊勢神宮への抜け参りが畿内を中心に広がりを見せ始め、その熱風が江戸にも広がりを見せ始めていた。そんな折り、大黒屋でも小僧の丹五郎と恵三と栄吉が姿を消した。恵三と栄吉の二人は鳶沢一族である。どうやら三人そろって抜け参りに出たようだ。
こたびの抜け参りには扇動する者がいるという噂がある。一体何の目的があるのか。
総兵衛の元に第二の「影」から初めての呼び出しが来た。だが、「影」は命を与えずに去ろうとする。理由を聞くと、先日届けさせた家康拝領の水火一対の呼鈴が互いの存在を証明するものだという。総兵衛には火呼鈴があるはずだった。だが、総兵衛はこれを受け取った覚えがない。「影」は十日の猶予を与えるといい残して去った。
店に戻ると、どうやら抜け参りに出かけた栄吉が受け取った可能性が高いことが分かった。
総兵衛は作次郎、稲平をともなって自ら栄吉らを追いかけるために東海道をくだり始めた。
総兵衛らが出た後、大黒屋では丹五郎を抜け参りに行くことをそそのかしたと思われる人物を探し始めた。すると口入れ屋十一屋海助の妾・いねが浮かび上がってきた。
総兵衛らはようやく栄吉らの足跡をたどることが出来た。二日ばかり栄吉らが先行しているようだ。だが、気になる情報がある。どうやら栄吉ら三人を追いかけている別の組があるようだ。
追跡三日目。総兵衛らは箱根で山止めをくらった。どうも抜け参りの子供をさがせという命が下ったらしい。この時に風神の又三郎と綾縄小僧の駒吉が合流した。
又三郎らは総兵衛に今まで分かった調べの内容を話した。口入れ屋の十一屋海助と、その後ろに木綿問屋の宮嶋屋仁右衛門がいることだ。少なくとも宮嶋屋が策動しているのは確からしい。
この報告のあったあと、芦ノ湖で三人の抜け参り姿の子供が水死したという。だが、この三人は栄吉らの白衣をきた別人だった。
安堵した一行だが、この機転を利かせたのは誰かという疑問の中、駒吉は栄吉ではないかと言い出す。というのは、栄吉にはどうやら未来を見渡すことが出来る特殊な能力があるようなのだ。
総兵衛はこの話に戸惑った。となれば、今回の一連の騒動は栄吉がわかった上で行動している可能性がある。
大黒屋に届けられた火呼鈴が鳶沢一族にとって極めて重要なものであることも分かっているにちがいない。
なら、鳶沢一族を危難に陥れるような危険な真似を一族のものであるはずの栄吉がなぜするのか?
栄吉は鳶沢一族にとって仇をなす子として生まれてきたのか?
追跡可能な日数を過ぎた。これで、鳶沢一族の隠れ旗本としての役目を終えてしまう。総兵衛は覚悟を決め、栄吉らの後を追うことにする…。
本書について
佐伯泰英
熱風!古着屋総兵衛影始末5
徳間文庫 約四一〇頁
江戸時代
目次
序章 異変
第一章 追跡
第二章 遁走
第三章 神童
第四章 攪乱
第五章 敵対
第六章 神異
終章 老狐
登場人物
栄吉…大黒屋の小僧
恵三…大黒屋の小僧
丹五郎…大黒屋の小僧
長八…丹五郎の弟
たけ…丹吾郎の妹
十一屋海助…口入れ屋
いね
宮嶋屋仁右衛門…木綿問屋
大曲刑部左衛門無心…丹石流
碧川甲賀…剣客
小暮蜉太郎実厚…剣客
隆円寺真悟
静太夫…御師
仲七…漁師
はつ…栄吉の母