覚書/感想/コメント
シリーズ第一弾。悪松は「わるまつ」と読む。
本書はワルを主人公としたピカレスク小説である。佐伯泰英氏のシリーズでは唯一である。また、このシリーズが一番時代背景が古い。
主人公の大安寺一松弾正は、文字通りの「ワル」。中間の子として生まれ、幼い頃から博打などが周りにあった。八歳の頃には付近で「悪松」と呼ばれていたというのだから、そうとうなものだ。
そのワルが薩摩示現流を身につけ、江戸に戻ってくる。事件が起きないはずはない。この一松を始末しようと動くのが御用聞きの梟の黒三郎と定廻同心の市橋武太夫である。この二人も小賢しいく薄汚いワルである。
このワル同士の争いに、一松の旧主である摂津三田藩が絡み、さらには示現流の本家・薩摩藩も絡んでくる。この二藩を動かしているのは、御用聞きの梟の黒三郎と定廻同心の市橋武太夫の二人である。
さて、本作は最初ということもあって、お披露目のようなものである。他のシリーズを考えると、今後、主人公の敵役となる大物が登場する可能性がある。
物語は元禄の時代。将軍は五代将軍徳川綱吉である。善政といわれた「天和の治」は終わり、綱吉の評価を一気に下げ、後世まで悪法と呼ばれる「生類憐れみの令」と呼ばれる一連の令が出されている。
もっとも、近年ではこの「生類憐れみの令」について、善政といわれた「天和の治」の延長としての見方もされるようになり、評価が少し変わってきているらしい。
悪役としては、その親玉に徳川綱吉、そして側用人の柳沢吉保、綱吉の母・桂昌院、勘定奉行の荻原重秀と人物にことを欠かない。誰を主軸としていくのかはこれからの楽しみである。
ちなみに、この時代の有名な人物としては水戸藩の徳川光圀がいる。光圀は「生類憐れみの令」を徹底して嫌っていたようだ。
この時代を背景として大安寺一松弾正は今後どのような活躍を見せていくのか?そして、一松はこのままずっとワルのままで行くのだろうか?
最後の「富士見坂一本松」。宮益坂を下り、渋谷川を渡って半丁ほどの所に老松がある。老松を過ぎると、道は蛇行しながらのぼっていく。
坂をのぼったあたりで道は二に分かれ、真っ直ぐ進めば、三軒茶屋に向かい、右をとれば駒場野へすすむ。ここを富士見坂一本松という。
今の感覚で行くと、渋谷の道玄坂を登り切ったところあたりと推測される。
内容/あらすじ/ネタバレ
貞享五年(一六八八)六月。一松は江戸小伝馬町の牢屋敷大牢にいた。
一松は摂津三田藩三万六千石九鬼長門守の上屋敷に中間の子として育った。八歳になった頃には付近で悪松の名で知られていた。
この日、一松は牢屋敷前で百叩きの上、江戸所払を命じられた。
一松はこれからどうするかと考えた。首にある古びた守り札には下手な字で「はままつやど えんしゅうや たき」と書かれている。一松は浜松城下の大安寺門前に捨てられていたのを伍平が拾ったのだという。よし、箱根を越えてみるか。一松は考えを決めた。
路銀がないので、一松は品川宿で武家を襲った。そして、箱根でも盗賊とおぼしき連中を襲って大刀と金をせしめた。そして浜松城下へたどり着く。
大安寺を見て、一松は大安寺一松と名乗ることに決めた。そして遠州屋に赴いた。そこで知ったのは、一松は伍平の実の父親で、お守りに書かれていた「たき」が母親ということであった。
大安寺一松が浜松を去り、再び箱根へ戻った。そこで出会ったのは薩摩訛りの老人だった。愛甲喜平太高重と名乗る老人は薩摩示現流の達人だ。だが、死期が間近だった。一松は姉弟の関係を結び、厳しい示現流の修行を始めた。道場は弾正ヶ原の一角にある。
師匠は死に、その後も遺言を守り三年が経った。そして愛甲派示現流の「雪割り」の剣を会得した。
元禄四年(一六九一)。一松は久しぶりに江戸に戻ってきた。弾正ヶ原から名をもらい、大安寺一松弾正と名乗っていた。
一松は四谷近くにある副富左中道場に現われた。道場破りだ。ここで一撃の下に一松は相手を倒した。この夏、江戸では高名な道場が立て続けに三つ廃絶の憂き目にあった。
この噂を下っ引きの念仏飴売りの田七が聞いていた。田七は戻って、親分の梟の黒三郎にこのことを告げた。そして、元摂津三田藩の中間だった一松を思い出した。
その夜、一松は千住掃部宿の飯盛旅籠にいた。そして五尺五寸あるやえという遊女と過ごした。やえも大きいが一松は六尺三寸ある。
梟の黒三郎は定廻同心の市橋武太夫と相談していた。一松の示現流と本家本元の薩摩藩の示現流をぶつけようというのだ。
さっそく、二人は薩摩藩に示現流を名乗る一松の存在を知らし、それが無法を企てていることを告げる。薩摩藩はさっそくそのような者が実在するのかを摂津三田藩に確認しにいった。すると、たしかに一松という者がいることが分かった。
その頃、一松は船饅頭と呼ばれる最下級の遊女・おさよと過ごしていた。その一松を梟の黒三郎らが必死に探しており、一松がおさよと別れた後、そのおさよを捕縛して一松を誘い出そうとしていた。
また、摂津三田藩も定廻同心の市橋武太夫にそそのかされ、大金を払って鹿島神道流の達人・古館新兵衛を一松の刺客として送り込んでいた。
おさよを助け出した一松だったが、おさよは間もなく亡くなった。死ぬ前に運んでいってもらいたいといった尼寺に届け、そこで亡くなったのだ。庵主は清泉尼という。おさよの実母だった。
文盲の一松はここで清泉尼から文字を習いながら過ごしたが、薩摩藩の執拗な探索が段々と一松に忍び寄ってきていた。そして、千住掃部宿のやえの所にも魔の手が忍び寄っていた…。
そして、一松は薩摩藩に果たし状を突きつけた。相手は二十三人の示現流を遣う猛者ばかりだ…。
本書について
佐伯泰英 秘剣・悪松1
秘剣雪割り 悪松・棄郷編
祥伝社文庫 約三三〇頁
江戸時代
目次
第一章 薩摩示現流
第二章 道場荒らし
第三章 汐見橋の決闘
第四章 佃島待ち伏せ
第五章 決闘富士見坂一本松
登場人物
大安寺一松弾正
伍平…父
みね…女郎
えい…女中頭
波蔵…遠州屋番頭
愛甲喜平太高重…薩摩示現流、一松の師匠
副富左中豪斎…円明流
笹村九郎三郎
市橋武太夫…定廻同心
梟の黒三郎…御用聞き
おかつ…黒三郎の女房
念仏飴売りの田七…下っ引き
ごて岩
やえ…遊女
浜崎忠親…薩摩藩公儀人
吉村岸之助…薩摩藩江戸屋敷御番組頭
城下馬之助…下士
池上幸太郎…小姓組
萬次郎…探索方
堀帯刀…摂津三田藩江戸留守居役
光村頼母
おさよ…遊女
古館新兵衛…鹿島神道流の達人
清泉尼…庵主