覚書/感想/コメント
シリーズ第二十五弾。
女の子が生まれると庭や畑に桐の苗を植え、嫁に行く時の箪笥の材料としたという風習から題名を付けているようだ。
となると、生まれてくるのは女の子なのだろうか?また、桐の葉は朝廷の御紋であり、神紋でもある。小判にも桐紋が極印されている。縁起物ということもあるのだろう。さらに、初夏の頃の桐を格別に花桐ともいうそうだ。
題名は縁起がいいが、打ってかわって、内容は「嵐の前の静けさ」といった感じである。いよいよ徳川家基の周りに不穏な気配が漂いはじめてきた。
その家基を守るためであろうか。磐音の周りに人が集まり、がっちりとスクラムを組み始めてきている。
霧子が久々に登場したことでもその事がよくわかる。霧子は雑賀衆の女忍びで、総頭雑賀泰造日根八の配下として、日光社参に微行していた家基の命を狙ったことがあった。
幕府の密偵弥助にとらわれ、雑賀泰造の死後、佐々木道場の門弟として新たな人生を歩んでいる。
他にも品川柳次郎のことがあったり、向田源兵衛高利という新しい人物が登場したりする。この向田源兵衛は今後も登場しそうな感じがする。
向田源兵衛は間宮一刀流に古武道の奥山流を学んだという。奥山流は上泉伊勢守の新陰流の流れにある奥山休賀斎(急賀斎)がはじめた流派。休賀斎はもともと奥平定国(通称は孫次郎)といっていたが、徳川家康から公の字をもらい公重と改名した。
さらには、九州で武者修行をつづける松平辰平が目覚ましい進歩を遂げているようであり、再びの登場が楽しみである。
この辰平のライバルでもある重富利次郎は、辰平の目覚ましい進歩にショックを受けたようだが、立ち直りを見せる。
この時、磐音から利次郎のかけられた言葉に、直心影流の兵法目録にある十悪非があった。十悪とは我慢、過信、貪欲、怒り、恐れ、危ぶみ、疑い、迷い、侮り、慢心をいうそうだ。
今回大きな展開を見せるのが竹村家の人々であろう。今回初めて明らかになるのが、竹村家の由緒である。津藩藤堂家二十七万石の家臣だったということだったが、それは先祖のことであり、その先祖も津藩伊賀領の無足人と呼ばれる下士で、苗字帯刀は許されているが、俸給はない農兵にすぎなかった。
最後に。前作の二十四弾が安永七年(一七七八)の正月だった。本作は同年の初夏である。
内容/あらすじ/ネタバレ
初夏。肥後熊本から松平辰平の文が届いた。辰平は武者修行の旅で頑張ったとみえ、武術盛んな肥後熊本藩の横田傳兵衛のもとで折紙目録を得ていた。これを聞き、重富利次郎は大きな溜め息をついた。辰平の折紙目録が相当応えたようだ。
依田鐘四郎はある時御年寄衆に呼ばれた。ついていくと、徳川家基がおり、そこで、言伝を頼まれた。佐々木磐音に、今度桂川甫周国瑞が脈を見に来るので、その時に、かねて約定のものを手配せよと。
磐音はそれを聞き、すぐに理解した。早速、磐音は鰻屋宮戸川に行き、鉄五郎と話をした。
その帰り、金兵衛を訪ね、品川柳次郎を訪ねた。品川家では柳次郎と幾代母子に椎葉お有の三人が虫かご作りに精を出していた。ここで話をしているうちに、お有の強いすすめもあり柳次郎は尚武館の朝稽古に来ることになった。
さらに今津屋に寄ると、武芸者が二両の両替をしようとしている所だった。この武芸者を磐音は見かけることになる。武芸者は殴られ屋という商売をしていた。名は向田源兵衛高利というようだ。
この向田源兵衛はかなりの遣い手であった。磐音は向田に暇な時に尚武館で稽古でもしないかと誘った。
その後、桂川甫周国瑞からの使いがあったことを知り、桂川家に赴き打ち合わせをした。この桂川家からの帰り道、尾行者がいた。
何とも長い一日が過ぎた。
重富利次郎は何かが吹っ切れたようだった。利次郎に稽古をつけた後、向田源兵衛が訪ねてきた。向田源兵衛は間宮一刀流に古武道の奥山流を学んだという。向田は剣友格で尚武館での稽古をすることになった。
磐音はおこんと一緒に長命寺に行くことにした。家基に頼まれた鰻の蒲焼きを食した後の甘味に何かいいものがないかと思ってのことだった。長命寺には桜餅という評判の甘味がある。
道々、船頭の小吉から長命寺の桜餅の話を聞いたり、向田源兵衛の噂話を聞いたりした。どうやら向田源兵衛には事情があるらしい。
江戸城西の丸に桂川甫周国瑞が薬箱持ちの見習い医師を従え現われた。家基近習の五木忠次郎と三枝隆之輔に案内されて進んだ。一行が通った後には香ばしい匂いが漂った。
薬箱には鰻の蒲焼きがしまわれており、それを持っていた見習い医師は佐々木磐音であった。家基とは久しぶりの対面となった。ここに会する五人は日光社参に別行した面々であり、生死をともにした仲だった。
男ばかりの気兼ねのない宴の時が過ぎたが、磐音は西の丸を観察する目を感じ取っていた。
翌日、向田源兵衛が稽古を休んだ。代わりに品川柳次郎がはじめて顔を見せた。柳次郎は入門の手続きをし、直心影流尚武館佐々木道場の門弟となった。
磐音が声をかけてから柳次郎が来るまでに時間がかかったのは、竹村武左衛門が怪我をし、その始末や世話に柳次郎が走り回っていたからだった。
磐音と柳次郎は竹村武左衛門を見舞ったが、二人とも考えこんでしまい、その後に二人で呑んだ酒は苦いものだった。
尚武館では若手だけの勝ち抜き戦をすることになった。利次郎らは俄然張り切った。
速水左近が来た。そして玲圓と磐音に西の丸に乱波集団が入り込んでいると告げた。入り込んでいるのは奸三郎丸多面というらしい。だが正体不明だという。磐音は密偵の弥助を介して、左近との連絡を密にすることになった。
おこん、おえいらが富岡八幡宮にいった時に、向田源兵衛を見かけた。なにやら訳ありの武士の一団に挑まれていた。
向田源兵衛は芸州浅野家の家臣だったようだ。
尚武館の若手二十六人による勝ち抜き戦がはじまった。異色なのは、女門弟の霧子の存在だ。霧子はようやく最近になっておのれの進む道を定めたようだった。
西の丸に潜んでいた奸三郎丸多面が姿を現した。その意外な正体を磐音は見破っていた…。
磐音は竹村家の長女・早苗を尚武館で奉公させてはどうかと、本人と母の勢津に提案した。早苗は夢が叶ったという。早苗は前々から磐音のような人の所で奉公がしたかったのだという。後は武左衛門が何と言うかである。
本書について
佐伯泰英
白桐ノ夢
居眠り磐音 江戸双紙25
双葉文庫 約三三〇頁
江戸時代
目次
第一章 殴られ屋
第二章 鰻の出前
第三章 武左衛門の哀しみ
第四章 西の丸の怪
第五章 穏田村の戦い
登場人物
佐々木磐音
おこん…磐音の妻
佐々木玲圓道永…養父、師匠、直心影流
おえい…玲圓の妻
(佐々木道場関係)
松平辰平…通称・痩せ軍鶏
重富利次郎…通称・でぶ軍鶏
依田鐘四郎…師範
井筒遼次郎…豊後関前藩家臣
霧子…女門弟
白山…犬
(幕府関係)
徳川家基…将軍家後嗣
五木忠次郎
三枝隆之輔
速水左近…御側衆
弥助…密偵
(今津屋関係、その他)
今津屋吉右衛門…両替商
お佐紀…吉右衛門の内儀
由蔵…番頭
おはつ…おそめの妹
金兵衛…大家、おこんの父親
品川柳次郎
幾代…柳次郎の母
椎葉お有
竹村武左衛門
勢津…竹村の女房
早苗…竹村家の長女
(鰻屋宮戸川)
鉄五郎…鰻屋
さよ…鉄五郎の女房
幸吉…長屋の頃からの磐音の馴染み
桂川甫周国瑞…奥医師
桜子…国瑞の妻
向田源兵衛高利…殴られ屋
小吉…川清の船頭
おかよ…大黒屋
奸三郎丸多面
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