覚書/感想/コメント
シリーズ第四弾
第一作ではしほの両親に関わる謎、そしてしほの出自が大きなテーマであった。
第二作では松坂屋の隠居・松六の抱える秘密に、政次が迫るというものだった。
第三作では政次が金座裏にやってきた理由を知り、亮吉が思い悩んで失踪した。
しほ、政次、亮吉ときたら、当然こんどは彦四郎である。題名も「暴れ彦四郎」なのだから。これで、仲良し四人全員にスポットが当たることになった。
次にスポットが当たるとしたら、やっぱり金座裏の宗五郎なんだろうなぁ。
本作まで来ると、主要な人物の個性がはっきりしてくる。
例えば、今回スポットが当たる彦四郎は六尺を超える大柄な体ながら、気が優しく、のんびりしている。
亮吉は独楽鼠のようにちょこまかちょこまかしている風であり、政次は冷静で頭も切れる。この三人だけなら、完全に凸凹トリオだ。
これに、豊島屋の看板娘しほが加わりほどよいバランスを保っている感じである。このしほも絵の才能があり、似顔絵描きで度々宗五郎の役に立っている。
面白い役割を担わされているのが、豊島屋の主・清蔵だ。
鎌倉河岸の名物は老桜と慶長元年(一五九六)に豊島屋十右衛門が酒屋と酒屋の片隅に一杯飲み屋を開いた豊島屋といわれる豊島屋。┓の中に十の字を染め抜いた看板。
その主人の清蔵は鎌倉河岸一の情報通で捕物好き。一話毎の事件の結末を金座裏の手先どもが豊島屋で清蔵に語るという形で、その結末を読者にも知らせるという手法が定着した感じがある。
つまり、狂言回しになっているのだ。
さて、第二話で登場する回向院。多くの時代小説でその名が登場する有名な場所である。
明暦の大火で亡くなった十数万の被災者を葬るため建てられた寺で、宗派に関係なくどこの寺も使えた。その上、地の利が良い。これがために、回向院は出開帳の筆頭になったようだ。
今回の出開帳は信濃の善光寺である。
そして、朝千両、昼千両、夕千両といわれた三大繁盛地。
朝は魚河岸、昼は芝居町、夕は吉原を指す。
幕府を開いた徳川家康は、江戸城内の台所をまかなうため大坂の佃村から漁師たちを呼び寄せ、江戸湾内での漁業権を与えた。
漁師たちは魚を幕府に納め、残りを日本橋川の小田原河岸で売るようになった。これが魚河岸の始まりといわれている。
この魚河岸は四組問屋組合が牛耳っていた。日本橋川の小田原河岸で始まった魚市場は、本船町、本木材町、安針町へ拡大した。それに伴い、水揚げされる魚も江戸湾を筆頭に拡大したようだ。
内容/あらすじ/ネタバレ
寛政十年(一七九八)師走。しほは新春に予定されている従姉妹佐々木春菜と川越藩小姓組の静谷理一郎の祝言に招かれ、川越まで一人旅をしようとしていた。
見送りには政次、亮吉、彦四郎をはじめとした馴染みの面々の他、大勢が来て、しほを驚かせた。
この時、彦四郎の姿を驚きの表情で見ている宗匠風情の老人がいた。彦四郎も知り合いなのか、会釈をした…。
試し斬りが出た。四日前にも試し斬りがあった。どうも斬り口が似ている。斬られたのは織田左京。越前福井藩の公儀人つまり留守居役だ。
近くに紙切れが落ちており、「あらみ七つ」と書かれていた。そして、織田左京の身から、煙草入れと刀が消えていることがわかった。
織田左京は公金の使い込みがばれて留守居役を辞めさせられていた。女と博打の両方につぎ込んでいたらしい。
それにしても、「あらみ七つ」とはどういう意味か。試し斬りなら、新刀(あらみ)七本か新身(あらみ)七体の可能性がある。とすると、あと五人の犠牲者が出ることになる…。
回向院で信濃の善光寺が出開帳をするらしい。そして、阿弥陀手形を発行して一枚一両、十口を一組にして八両で売っているという。出開帳が終わった時に阿弥陀手形を十両で買い戻す保障付きだという。うますぎる話である。
だが、相手が寺とあり、宗五郎も慎重に事を運ばねばならなかった。
太物問屋備前屋の番頭と名乗る男が綱定に現れた。屋根船を一艘頼むという。そして船頭に彦四郎を名指ししてきた。
彦四郎が番頭を船で送ると、番頭は他に三人連れて戻ってきた。
そして船を出してしばらくすると、いきなり彦四郎を襲ってきた。だが、屋根船を自在に操り、彦四郎は襲撃をかわした。代償として屋根船はだめにしてしまったのだが。
だが、なぜ襲われなければならないのか全くわからなかった。
寺坂毅一郎が宗五郎に頼み事をした。それは豊前小倉藩の用人・下村小左衛門と留守居役・前田伝之丞から、宿下がりした奥女中の菊乃が屋敷に戻ってこないというのを聞かされたのだ。
実家の紅屋の玉屋も驚いているという。それは予定通りに屋敷に戻ったはずだからだ。
なら、菊乃は一体どこへ行ってしまったというのか?
魚河岸で死体が見つかった。近くで日和下駄がみつかったこともあり、下手人は女かもしれない。死体の下には小判が一枚あり、これが一体何を意味するのかがわからなかった。
さらに、下手な字で書かれた結び文が残されていた。
殺されていたのは宿毛の治助といい、江戸十里四方所払いにされているはずだ。
この治助を刺し殺していたのは、出刃で、柄には佃屋の焼き印があった。
この事件の中、再び彦四郎が襲われた。
年の瀬。その慌ただしさを利用した盗みが頻発するようになった。やがて、この盗みの中で人が一人殺されてしまう。
一方、彦四郎の身に降りかかった災難は未だに解決の糸が見つからないでいた…。
本書について
佐伯泰英
暴れ彦四郎
鎌倉河岸捕物控4
ハルキ文庫 約三七〇頁
江戸時代
目次
序章
第一話 あらみ七つ
第二話 回向院開帳
第三話 神隠し
第四話 日和下駄
第五話 通夜の客
第六話 暴れ彦四郎
登場人物
織田左京
鈴木主税…用人
彦坂九郎兵衛…越前福井藩留守居役
奈緒
板倉史之介(三八)
お稲
為吉
遠久の仁吉
米長の京蔵
隆光和尚…南命山善光寺別院
普賢
お千
市橋春之丞
下村小左衛門…豊前小倉藩用人
前田伝之丞…留守居役
お紋の方
菊乃
玉屋新兵衛…紅屋
桜子
宿毛の治助
佃屋与五郎
金八
大木戸の五郎三(蟹の五郎三)…内藤新宿の十手持ち
ひょろ松(松太郎)…番頭格の手先
お玉(おえい)
小栗三八
菊三…蜆売り
須磨将監
道羽小三郎
古鉄屋の主・藤助
阿波屋徳右衛門(飯倉登二郎)
江頭杉三郎