覚書/感想/コメント
シリーズ第七弾
表題の通り、今回のクライマックスの一つは下駄貫の死である。
本作まで来ると、下駄貫のみならず、金座裏の手先は政次が何のために松坂屋から引き抜かれたかを知っている。
だが、下駄貫はこれを頭では理解しつつも、心情的に納得できない部分がある。そして、功を焦る余りに悲劇を生んでしまう。
これが本書のクライマックスの一つであるが、もう一つクライマックスがある。クライマックスというよりは、本書によって、鎌倉河岸捕物控えシリーズも一つの転換点を迎えたといえるのではないだろうか。
それが一体何なのかは、本書で是非確認頂きたい。
さて、本書で一つはっきりすることがある。それは、しほの気持ちである。
亮吉、彦四郎、政次がしほを巡って競い合っているのは、シリーズの最初からであるが、しほの気持ちというのが語られたことがない。しほは一体誰のことが好きなのか?
それが本書で語られている。
しほが好きなのは、一体誰なんでしょう?
このシリーズの舞台となっている寛政期。前半は松平定信による寛政の改革があったが、シリーズが始まる年には改革は事実上の失敗で終わっている。
この時期、これといった悪名高い人物もおらず、そういう意味では平和な時代なのだが、佐伯泰英の他のシリーズのようにメインとなる悪役というものがないシリーズである。
本作で寛政も十一年。あと数年で元号は享和にかわり、短い享和が過ぎると元号は文化になる。
文化の時代になると化政文化といわれるように町人文化が発展し、様々な文人たちが出てくる。
しほや亮吉、彦四郎、政次達も働き盛りの年を迎え、シリーズの中で最も面白そうな時期になりそうだ。
まだ先の話ながら、今から楽しみである。
内容/あらすじ/ネタバレ
寛政十一年(一七九九)晩秋。松坂屋の隠居・松六の古希の祝いの席で松六が女房のおえいと一緒に湯治に行く話がでた。そして、瓢箪から駒のように豊島屋のとせ、金座裏のおみつ、それにしほも湯治に行くことになった。
その出発の日、板橋宿の近くまで見送りに行った金座裏の宗五郎の一行の目の前で女が数人の男に囲まれ刺された。
女は虫の息の下で「く、くらまえ…」と言い残して死んだ。この女の内股には、なんじろう命と彫られていた。
…政次がいつものように赤坂田町の神谷丈右衛門道場での稽古を終え、金座裏に戻る途中、溜池の権造親分の手先たちがいそいでいるのが見えた。そして、鞍前屋という薬種問屋に押し込みが入ったというのを耳にする。
綱定の大五郎とおふじが墓参りに行くという。これに彦四郎と亮吉、政次が供をした。この姿を見ていたのが深川の曖昧宿を牛耳る外記橋の鶴次郎という親分である。鶴次郎はおふじの姿を見ていた。
墓参りを終え、一行は食事をとった。この時、席を立ったおふじがいつまでたっても戻ってこない。一体どうしたのか…
伊香保で湯治を楽しんでいる一行。
しほは神社の拝殿横で曲乗りの稽古をしているさよという娘と唐吉という若者の姿を見かける。教えているのは竿乗りの宇平という老人だった。
その頃、江戸では、彦四郎が奇妙な話を持ってきていた。それは佃島で漁師船の碇がしばしば盗まれるのだという。
うぶけやの主人・銀之丞が金座裏にやってきた。碇の話を聞きつけてやってきたようだ。うぶけやと何か関わりがあるのか…
湯治から一行が戻ってきた。
豊島屋の店先で老婆が大人になりきれていない少年たち数人に囲まれ金袋が奪われた。少年たちは品川歩行新宿の春太郎を頭とした連中ということがわかった。品川でも悪さをしていられなくなったようだ。
板橋の仁左が怪我をしたという噂が伝わってきた。どうやら仁左に怪我をさせたのは春太郎らのようである。とうとう刃傷沙汰まで起こしてしまっている。早くつかまえないとさらにとんでもないことになるかもしれない。
回向院前の荷車渡世、大八屋次三郎方に盗人が押し込んだようだ。家人は朝までその事に気が付かなかったという…
本書について
佐伯泰英
下駄貫の死
鎌倉河岸捕物控7
ハルキ文庫 約三〇〇頁
江戸時代
目次
序章
第一話 引き込みおよう
第二話 綱定のおふじ
第三話 古碇盗難の謎
第四話 下駄貫の死
第五話 若親分初手柄
終章
登場人物
銀蔵…板橋宿の親分
仁左
溜池の権造親分
玉吉
米蔵…鞍前屋の番頭
およう
よね
おたき
御師の元兵衛
晴兵衛…宝来屋の主
木暮屋金太夫…伊香保の旅籠
鶴次郎…曖昧宿の主
市村悦太郎
水谷権九郎
浮島の半蔵
重松…松坂屋手代
新吉…松坂屋小僧
竿乗りの宇平
さよ
唐吉
銀之丞…うぶけや
京太郎
五郎蔵
遠州屋笙右衛門
よろず
春太郎
令吉
夏世…下駄貫の娘
市村太郎平…例繰方
大蛇の豆蔵
表櫓の勘造