覚書/感想/コメント
シリーズ第八弾。
解説でも書かれているが、数多くの佐伯作品の中でもジェットコースターに乗っているかのような展開のはやさを見せているのが、このシリーズである。
伊那の山奥から出てきて江戸で活躍するのかと思いきや、あっという間に長崎に行ってしまい、挙句の果てには海外まで出て行ってしまう。
この展開の早さに、ついシリーズの中の時間軸を忘れてしまいがちなのだが、江戸を出立して一年ほどでしかない。
このまま長崎で活躍をし続けるのだろうかと思っていると、そうは問屋が卸さない。そこはジェットコースター並みの展開の早さを見せるシリーズだけあって、今度は江戸に戻ることになりそうだ。
江戸への帰還はあっという間というべきか、ようやくというべきか…
このジェットコースターのような展開の早さは解説の中で佐伯泰英氏が語っているように、幕末をいう激動の時代を舞台にしていることもあるのだろう。
また、そうした激動を表現するためにも展開というのを早くしているのかも知れない。確かにココまで展開が早いと激動という表現がマッチする。
さて、題名の「黙契」の意味は最後の方で分かることになるので、最期まで楽しんで読んでもらいたい。
内容/あらすじ/ネタバレ
安政三年(一八五六)も残りわずか。
文乃はいつになったらうちの若さまは長崎から戻ってくるのだろうかと思っていた。座光寺藤之助が長崎に出立してから一年近くの歳月が過ぎようとしていた。
その文乃に声をかけたのが武具商甲斐屋佑八の番頭の篤蔵と小僧の則吉だった。
文乃は実家に呼ばれていた。理由は承知である。座光寺家の奉公を辞して嫁に行けというのに決まっている。あたりと則吉は笑った。しかも今度の縁談は室町の大店・後藤松籟庵の息子だそうだ。
この文乃に篤蔵は長崎から伝わってくる藤之助のことを話した。長崎じゅうを引っかき回しているという話しに文乃は驚く。そして理由は分からないが二月の蟄居を命じられていることを知った。
座光寺家に老中堀田家の重臣・陣内嘉右衛門達忠が訪れた。そして藤之助の蟄居の理由を聞かされた。隠れきりしたんとの交友のかどありとのことだそうだ。だが、座光寺家への御咎めはないだろうと陣内は言った。
そして藤之助が三月下旬までには江戸に戻ってくる予定になっていることを告げた。
座光寺藤之助と高島玲奈は寧波にいた。二人は石橋継種を始末しなければならない。多くの船が浮かぶ中にマードック・ブレダンの小型砲艦が潜んでいるはずだ。そこに石橋はいると踏んでいる。
二人は石橋を始末しなければ長崎に戻れない。だが、藤之助に与えられてた蟄居二月の期限が切れようとしていた。
藤之助の前に武芸者が現われた。
藤之助に破れた武芸者は印傳の財布を取り出し、藤之助に託した。そして藤之助の殺しを命じたのが寧波の船買弁徐淳だと告げ息絶えた。
財布には因州若桜藩家臣桜井家、いね様旻太郎様へ、鳥井玄蔵としたためられていた。
マードック・ブレダンの小型砲艦が姿をあらわし、石橋継種の姿も確認できた…。
肥前長崎では冬至から正月までは唐人にも阿蘭陀人にとっても大事な催しが続く。この催しの中で唐人の節句を長崎人が取り入れ、冬至の賑わいに紛れ込むように祝ったのが阿蘭陀冬至である。
だが、この阿蘭陀冬至を幕府大目付大久保純友が宗門御改の権限で止めさせていた。
安政四年(一八五七)の年が明け、二月余り遅れた阿蘭陀冬至に江戸町惣町乙名椚田太郎次も呼ばれた。隣には高島了悦が座っている。
太郎次は気になっている藤之助と玲奈の所在を訪ねたが、了悦は話しをはぐらかした。これで太郎次は二人が海外に行っていることを確信した。
伝習所では一柳聖次郎、酒井栄五郎らが万願寺に忍び込んで藤之助がいるのかどうかを確認しようではないかと相談していた。江戸から共にやってきた十一人の仲間は藤之助のことを心配しているのだ。
しかも今は藤之助が高島玲奈と一緒に海外に行っているという噂も流れている。もしこたびの蟄居騒ぎで助けを必要としているのならば、一丸となって助けたいという思いがある。
まずは椚田太郎次を訪ねて知恵を借りようということになった。
太郎次の所を辞した第二期伝習生は大波止にいた。
皆実感しているのは、徳川幕府の命運が尽きているということだ。一年間西欧の学問を勉学して承知したことである。
この思いにとらわれている皆の前に怪しげな集団が姿をあらわした。集団は万願寺の木札がつけられた鍵を放り投げて去っていった。これは一体…。
十一人は万願寺の前で座禅を組むことにした。もうすぐ藤之助の蟄居が解けるはずだ。それまでの期間を寒修行して待とうということになったのだ。
この前に大久保純友が長崎奉行所付密偵佐城の利吉を連れて現われた。
その頃、座光寺藤之助は山門前で寒修行をしている一柳聖次郎らの身のことを考えていた。藤之助が戻ってきたのは三日前のことだった。
藤之助の帰還を長崎中が祝った。
藤之助は高島了悦に呼ばれ、結果の報告を行った。この場に老中堀田家の重臣・陣内もいた。
そして藤之助は自分の目で見てきた清国の惨状を語った。
マードック・ブレダンが藤之助と玲奈の首に懸賞金をかけたと黄武尊から告げられた。また黄武尊は能勢隈之助からの手紙が届いたともいった。
黄武尊の所去ったところで佐城の利吉が藤之助を待ちかまえていた。ここに南蛮装束の巨漢が姿をあらわした…。
利吉殺害の嫌疑が藤之助にかけられていた。利吉の殺傷傷は刀で出来るものではない。だが、大久保純友は藤之助が殺したと確信している。
一方でマードック・ブレダンが放った刺客のことが知れてきた。
薩摩が熱心に武器を調達しているという。
島津斉彬の娘・篤姫が右大臣近衛家の養女となり、その後十三代将軍家の御台所として大奥に入っている。
薩摩は幕府と縁戚になることで保身をはかり、一方で列強と幕府の衝突を視野に入れて武器などを買いあさっている。
薩摩は幕府が倒れるのを前提として倒壊後を考えて動いている。
この薩摩の密貿易の現場を藤之助と玲奈は見ていた。
藤之助の前に大久保純友が現われた。大久保は藤之助を始末するつもりでいる。その大久保に藤之助は首切安堵を知っているかと訪ねた。すると大久保に驚愕の表情が現われた。
藤之助は観光丸に乗って江戸に戻ることが内示されていた。
江戸に戻る直前、藤之助はマードック・ブレダンが放った刺客との対決を強いられることになった…。
本書について
佐伯泰英
黙契 交代寄合伊那衆異聞8
講談社文庫 約三三〇頁
江戸時代
目次
第一章 寧波の武芸者
第二章 寒修行
第三章 長崎くんち
第四章 薩摩の策動
第五章 南蛮寺の決闘
登場人物
座光寺藤之助為清
高島玲奈
高島了悦…長崎の町年寄
椚田太郎次…江戸町惣町乙名
お麻…椚田太郎次の女房
魚心…椚田太郎次の奉公人
ドーニァ・マリア・薫子・デ・ソト…玲奈の母
髪結の文次
文乃…奥女中
甲斐屋佑八…武具商、文乃の父
篤蔵…番頭
則吉…小僧
引田武兵衛…座光寺家江戸家老
およし…女中
勝麟太郎
一柳聖次郎
酒井栄五郎
塩谷十三郎
与謝野輝吉
谷脇豊治郎
(能勢隈之助)
上田寅吉…船大工
金村日達…万願寺住職
永井玄蕃頭尚志…長崎伝習所初代総監
光村作太郎…長崎目付
黄武尊…長崎・唐人屋敷の筆頭差配
陣内嘉右衛門達忠…老中首座・堀田正睦の年寄目付
トーマス・グラバー…武器商人
大久保純友…大目付宗門御改
佐城の利吉…密偵
バッテン卿…オランダ貴族
石橋継種…阿蘭陀通詞方
マードック・ブレダン…武器商人
おらん(瀬紫)…元遊女
老陳…黒蛇頭の頭目
ピエール・イバラ・インザーキ(アドルフォ・マルケス・デ・イサカ伯爵)
そのぎ…うなぎ屋の女将
茂田井朱鬼…魔道無手活流
茂田井白鬼…魔道無手活流
茂田井黒鬼…魔道無手活流
庄司厚盛…薩摩藩士