覚書/感想/コメント
シリーズ第一巻。
もともとスペインを舞台にした冒険小説を書いていたのだが、売れなく、ある編集者から「時代ものか官能ものかどちらかを書け」といわれ、官能ものは書けないから時代ものを書いたのだという。その最初の作品が本書である。
平成時代小説を牽引する佐伯泰英が誕生した瞬間である。
作者が、あるインタビューで藤沢周平の「用心棒日月抄」を自分なりにアレンジできないかと書き始めたのが本書であると語っている。
藩にトラブルが発生し、いったん浪人になり、江戸の長屋に暮らし、市井の生活の中で様々なトラブルに巻き込まれながらも、藩の問題を片づけていくという点は似ている。だが、完全に別物である。
もちろんインスパイアされたのであるから、その影響を見ようと思えば見られないことはないが、こじつけに等しいと思われる。
もちろん、藤沢周平の「用心棒日月抄」が好きな人には、このシリーズは面白く読めるであろうし、このシリーズが好きな人は一度は藤沢周平の「用心棒日月抄」を読まれることをおすすめする。
多くの人気シリーズを持つ佐伯泰英であるが、その人気シリーズの一つに「居眠り磐音江戸双紙」シリーズがある。
むしろ、こちらのシリーズの方が藤沢周平の「用心棒日月抄」の雰囲気に近い。
さて、主人公の金杉惣三郎は三十五歳。国元に幼い子供を二人残して主命により脱藩する。
これからこの金杉惣三郎がどのように活躍していくのか。そして、どのような難題・難敵が待ち受けるのか。
次作以降の展開が楽しみである。
内容/あらすじ/ネタバレ
宝永六年(一七〇九)。豊後相良藩二万石の徒士組・金杉惣三郎は十四年ぶりに江戸に入った。所蔵総数六万を超える相良文庫の総目録と十冊の希覯本を運んでの急な出府である。
金杉惣三郎は藩元では”かぬくぎ惣三郎”と軽んじられているが、直心影流の名手である。
出府と同時に惣三郎は藩主・斎木高玖に呼ばれた。
一月ほど前に前将軍綱吉の御側用人柳沢吉保に呼ばれ、高玖はあることを質された。それは、高玖が集める書物の中に幕府禁制の”ばてれん本”が含まれているのではないかという。
懸命に否定したが、昨年日田山中で阿蘭陀渡りの書物を運ぶ藩士が何者かに襲われた。それが絡んでいるようだ。
相良藩はわずか二万石。これには裏がある。藩主・高玖の命で、惣三郎は藩を脱け、江戸に残り捜索することになった。
芝増上寺近くの札差・冠阿弥膳兵衛方から火が起きた。火事始末御用の荒神屋喜八が出張り、後かたづけをしている。金杉惣三郎は喜八に頼み込み、雇ってもらうことにした。なにせ、藩を脱けたのはいいが、先立つものがない。
荒神屋の世話になりながら、惣三郎は太兵衛長屋に住むことになった。長屋の人間は親切であり、冠阿弥膳兵衛の娘・お杏とも親しくなった。
江戸留守居役の寺村重左ヱ門から呼び出された。場所は小料理屋の夕がおでしのという女将が切り盛りしている。しのは寺村の娘である。
三日ほど前に藩邸の門前に届け物があったという。中味は南蛮の書物の一冊と思われる。一体何の目的が?
こうした中、お杏がかどわかしにあったという…。
荒神屋の小頭・松造が役者に入れあげて困り果てている中、惣三郎は蘭学者の赤木親洋を訪ねた。藩邸に置かれた書物を見てもらうためである。果たして、本はご禁制のものだった。
事は重大で、相良二万石の存亡の危機である。そして、この危機の中で藩の中に怪しい動きをしている者がいるようである。その背後には分家当主・斎木丹波がいるようだ。
鍵を握るのは日田山中で襲われた際、その一行の中にいた久次である。この久次は生きており、江戸に舞い戻っているらしい。町方や幕府方に捕まると厄介である。その前にどうにかせねばならない。
それにしても、御家騒動に発展しかねない事態を引き起こす丹波の狙いは一体何なのか?
本書について
佐伯泰英
密命 見参!寒月霞斬り
祥伝社文庫 約四五〇頁
江戸時代
目次
火事始末御用
松造の恋
駆け込み者
抜け参り
渡り燕
龍虎、あい撃つ
登場人物
金杉惣三郎
冠阿弥膳兵衛…札差
お杏…膳兵衛の娘
忠蔵…番頭
しろ…犬
荒神屋喜八…火事始末御用
松造…小頭
権六
<豊後相良藩>
斎木高玖…藩主
古田孫作…江戸家老
寺村重左ヱ門…留守居役
九一
米谷甚左…御徒組
米谷鎌吉…息子
北沢権之佑…留守居役
斎木丹波…分家当主
ふき姫
本間兵衛…分家用人
井関能巳
久次
摂津屋五兵衛
佐平次
柳沢吉保
間部詮房
仁助
平岩…相撲崩れ
仙吉…鳶の頭取
勝…梯子持ち
上村彦之丞…役者
恵厳…増上寺のお坊様
お紋
佐野弦也
赤木親洋…蘭学者
お由…ととやの小女
縫…お杏の幼馴染
平岩源四郎
千代田善太夫
桜子
幾司郎
渓晏…医者
五郎吉…房州屋主人
新吉
孫七…札差近江屋番頭
竹次…ぼて振り
おたつ
磯吉
辰吉…鳶の総頭取
三吉…芝鳶
おけい
いく…母親
大七