連作短編と考えるべきなのでしょうが、物語の構成が複雑に出来ており、その分読み応えがある本のため、長編として捉えました。
一つには「長﨑会所五冊物」を巡る謎が、本書の最初から最後の最後までつきまといます。
この「長﨑会所五冊物」に書かれている謎とは何なのか?が一つ。
また、矢車屋のおりんと鏡三郎の恋の行方はどうなるのか?が一つ。
これに関連して、娘の知穂や、おりんの妹・おさよ、そして隣家・津田家の鴻之助、三九郎が絡み、さらには元上司の三枝能登守も絡んできます。
幾重にも人間関係が絡み合い、複雑になっていくのですが、そこは佐藤雅美氏がうまくあしらって、面白い筋立てとなっています。
さて、元上司の三枝は公事方勘定奉行、つまり関八州の刑事事件や民事事件を扱うのが仕事です。
佐藤雅美の作品には、「八州廻り桑山十兵衛」という作品があります。
これは、いわば三枝能登守の部下の話となります。
そういう意味に置いて、本書と合わせて読むと、公事方勘定奉行の上から下までの事がよく分かるようになります。
あまり知られていませんが、広域警察としての機能を有する奉行所を扱った本としても面白く読めます。
- 1999年にNHKの金曜時代劇で「しくじり鏡三郎」としてドラマ化されました。
容/あらすじ/ネタバレ
拝郷鏡三郎は子細あって、勘定方をクビになった縮尻御家人である。今は大番屋の元締として生計を立てている。妻を亡くし、娘一人いる男やもめである。
その鏡三郎の元には毎日のように人が訪ねてくる。大番屋に留置されている人間に縁のある者たちが、小伝馬町に移される前に何とかしようと、お願いに来るのだ。小伝馬町は、地獄の一丁目があって二丁目が無いといわれるくらい過酷な場所であるのを、皆知っているのである。だからなおさら小伝馬町に送られる前の大番屋にいるときに何とかしたいのだ。
今日も頼み事に来たのがいた。鏡三郎は相談に乗り、引き合いを抜くために矢車屋のおりんを紹介する。しかし、後日おりんから、引き合いを抜く仕事にならないといわれる。鏡三郎が子細を質すと、実は、大番屋に入れられた者の身の安全を考えて、わざとと大番屋に入れたのだという。さすがに大番屋にまで危害を加えに来ないだろうという魂胆からである。
この一件が落着して、今度問題を持ち込んだのは、元上司の三枝能登守。三枝が持ち込んだのが「長﨑会所五冊物」という本。長﨑貿易の仕法と収支の明細が書かれている物なのだが、一見しては何が書いてあるのかさっぱり分からないものになっている。鏡三郎は似たような物を以前に見たことがある。分量は、今回とは比べ物にならないほど少なかったが、同じように意味が汲み取れない。
しかし、取り組む内に、明らかになった内容が為に、結果としてクビになってしまったのである。今回も同じなのではないか、と鏡三郎は思ってしまうが、三枝の頼みを引受け、「長﨑会所五冊物」と睨めっこをする。
この「長﨑会所五冊物」にはとんでもないカラクリが書かれているのだが、このときには鏡三郎は気が付かない。
「長﨑会所五冊物」と格闘しているのとは別に、日々の大番屋での仕事は続く。様々な人が毎日のように鏡三郎に問題を持ちかけ、相談をする。
本書について
佐藤雅美
縮尻鏡三郎
文春文庫 上下約六九五頁
長編
江戸時代
目次
春の浜風
思案投げ首
おしまの復讐
二人きりの納涼
象牙の印籠
逃げだした殿の花嫁
耐える女
甚兵衛さんの手妻
二百七十数年来の怨念
濡れ手当
毒婦おくめ
岡っ引の不用心
花嫁の引出物
添い寝する女
暗闇での一撃
元の鞘
登場人物
拝郷鏡三郎…大番屋元締
知穂…鏡三郎の娘
嘉助…下男、元上州の道案内
榊原十三郎…鏡三郎の実兄
おりん…矢車屋の女主人
おさよ…おりんの妹
津田織部…鏡三郎の大家
鴻之助…長男
三九郎…次男
渡辺卓蔵…用人
三枝能登守…公事方勘定奉行
於柚…三枝の奥方
秋山半四郎…北の吟味方与力
梶川三郎兵衛…北の臨時廻り
佐吉…書役小頭
水野出羽守…老中