覚書/感想/コメント
信太郎人情始末帖シリーズ第二弾です。
捕物帖なのだですが、始末帖というシリーズ名は、主人公の信太郎が御用聞きでもなければ、下っぴきでもないということから来ているのでしょう。
今回の題名、水雷屯(すいらいちゅん)は占いの八卦で何もかも多事多難ということを意味しています。
なるほど、題名の通り、様々な多事多難が起こります。ですが、これは信太郎の身に降りかかるものではなく、様々な人間の身に降りかかるものです。
それ以上に、この時代に降りかかるもの自体を意味しているのかもしれません。何せ、今回の舞台は黒船来航時分が舞台なのですから。
「水雷屯」は信太郎の義兄・嶋屋庄二郎の身に降りかかる災難。
「ほうき星の夜」では信太郎の幼友達の元吉に災難が降りかかり、「前触れ火事」では河原崎座の囃子方・貞五郎のいい人である小つなの贔屓に災難が降りかかります。
「外面」では、信太郎と同じ裏店に住む為次と平六が面倒に巻き込まれ、「うぐいす屋敷」では同じく裏店のかん助が面倒に巻き込まれます。
信太郎に直接の災難は降りかからないのですが、結局はその面倒に巻き込まれてしまいます。
多事多難続きの中でも、一つの幸せが。それはおぬいが身籠もったことです。おぬいと信太郎の関係が今後どうなるかというのもこのシリーズの楽しみです。
さて、信太郎が信頼を置いている河原崎座の囃子方の貞五郎は本所石原町の九十俵三人扶持の御家人磯貝敬之助の弟ということがわかりました。貧乏御家人の次男となれば、養子縁組先があるはずもなくといったところなのでしょう。
最後に、「うぐいす屋敷」。この題名から見ると粋な感じですが、その由来はひどく怪談めいています。由来が書かれている部分は、読むだけでゾッとしてしまいます。
信太郎人情始末帖シリーズ
内容/あらすじ/ネタバレ
水雷屯
おちかは火事にたたられた。それがもとで嶋屋に女中奉公することになり、やがて嶋屋庄二郎との縁が出来た。そのおちかが妊娠したという。庄二郎はまかせなさいというものの、妻のおふじを思うと内心で頭を抱えたくなる。
そうした悩み事を抱えながら、株仲間の寄り合いを終えた庄二郎は、おちかの妾宅に向かったところで強盗にあった。おり悪く庄二郎は預りものの手形を懐中に持っており、それを盗まれた。
この事があり、すべてを妻のおふじに告白した庄二郎だったが、手形は戻らない、挙げ句の果てにおちかが行方しれずになってしまった。
どうにもならなくなった庄二郎は義弟の信太郎を訪ねることにしてみた。信太郎の幼友達に御用聞きの手下がいることを思い出したからだ。
ほうき星の夜
浦賀沖に黒船がやってきて五日後。江戸市中は火事場のようなごった返しが続いた。吉原は商売差し止め、猿若町の三座は芝居停止となった。信太郎も暇になり、裏店でくすぶっていた。
そうしたある日、元吉が血だらけで信太郎のところに来た。兄分の常蔵と派手に喧嘩したのだという。
その常蔵が殺された。真っ先に疑われるのが元吉である。このままでは元吉が犯人にされてしまう。信太郎は元吉を助けるために動き出す。
常蔵は殺される前に、寝物語でもうけ話があるようなことを言っていたそうだ。その常蔵が殺された時に持っていたのは錦絵だという。歌川国芳の役者絵だが、判じ絵ではないかという。これが、常蔵殺しとつながるのか…
前触れ火事
貞五郎は小つなに尾上菊次郎の娘・お照との仲がしれてしまい、少しばつがわるかった。
しかもこのお照との仲を河原崎座の大札・久右衛門が取り持とうとしている。このことが小つなにばれたのはどうやら、長二郎が原因のようだ。一方で、小つなを贔屓の枡屋が訪ねてきた。
元吉は最近夜回りにかり出されているという。火付けの噂が立っているためなのだが、果たして火が出て、小つなの贔屓の枡屋ももらい火によって燃えてしまった。枡屋自身もこの火事でなくなった。
だが、小つなはこの火事が付け火ではないかと疑っていた。
外面
為次、平六、信太郎の三人で飲んでいる時、同じ店に人を待っている中間風の男がいた。右の目じりに大きな泣きぼくろの男がやってきて、中間風の男と話し込んでいた。為次と平六は酔っぱらいながらも、この泣きぼくろの男をどこかで見たことがあると呟いた。
この中間風の男と泣きぼくろの男二人が外に出るとすぐに人殺しとの声が聞こえた。中間風の男が殺されていた。
この泣きぼくろの男を追っていくと、光雲堂という占い師に行き当たった。この占い師は夜盗を働き、牢屋入りしているという。
うぐいす屋敷
信太郎と同じ裏店の植木職人かん助は半纏を借金のかたに取り上げられたという。借金した相手が悪く、阿漕な五百蔵という角力上がりのでっかい爺さんだという。
そのかん助の半纏を着た男が殺された。借金取りの男である。そして、別に日にはかん助本人が辻斬りにあってしまう。幸いにも命に影響はなかったものの、かん助を襲ったのは本当に辻斬りなのだろうか。
同じ頃、かん助の仕事仲もの乙八が辻斬りに殺されたというのも引っかかる。二人とも旗本の大田右京の屋敷で小一日仕事をしたことがあるという。
本書について
杉本章子
水雷屯 信太郎人情始末帖2
文春文庫 約三〇〇頁
目次
信太郎…呉服太物店美濃屋卯兵衛の総領
おぬい…吉原仲之町の引手茶屋千歳屋の内儀
千代太…おぬいの息子
おみち…娘
元吉…幼馴染、岡っ引徳次の手下
徳次…元吉の親分
中山弥一郎…南町定廻り同心
和助…千歳屋の男衆
久右衛門…河原崎座の大札、おぬいは姪
貞五郎…囃子方、御家人
小つな…芸者、貞五郎の女
二代目河竹新七…立作者
美濃屋卯兵衛…信太郎の父
水雷屯
ほうき星の夜
前触れ火事
外面
うぐいす屋敷
登場人物
水雷屯
おちか
直次
坪井信良
常蔵
ほうき星の夜
常蔵
徳次…元吉の親分
お初
与市
前触れ火事
枡屋
由次郎
外面
為次
平六
山之宿の金造…御用聞き、鹿の子の主
市助
光雲堂天水
要助
お妙
うぐいす屋敷
かん助
乙八
巳之助
大田右京
間宮平十郎