覚書/感想/コメント
シリーズ第二弾。本作は短編形式で、前作に登場した重要な脇役達を掘り下げ、それぞれを紹介している感じである。
前作で謎となっている部分はなんの進展もしないので、謎は謎のまま次作以降へと持ち越される。
だが、シリーズということで考えると、こうした試みはかなり面白いといえる。
「捜し屋」は前作で顔を見せなかった紋兵衛を主役としており、「花見」は河上惣三郎、「女幽霊」では鳴瀬左馬助がそれぞれ主役となっている。
最後の「梵鐘」は本シリーズの主人公である興津重兵衛が登場するが、主題は重兵衛の住む白金村にまつわる話である。
河上惣三郎、善吉と鳴瀬左馬助というのは、前作でも主要な登場人物として物語の中で活躍するが、紋兵衛はこのシリーズの中で今後どのようなポジションになるのかが興味深い。次作以降に期待だ。
本作で左馬助から「おっさん」呼ばわりをされている河上惣三郎三十四歳。その河上惣三郎だが、前作でもかなり可笑しかったのが善吉とのやり取りが今回も楽しめる。
例えば…
『「親父の形見なら俺にもあるぞ。これだ」
河上は着物の前をはだけ、腰に差している十手を見せた。
「これは昔、親父が愛用していたやつだ」
「ちょっと旦那、ご隠居はご存命ですよ。どころか、今でも同心に戻れそうなくらい壮健でらっしゃるじゃないですか」
「あれ、そうだったっけな」
「いいつけますよ」
河上はくるりと振り返った。
「善吉、本気じゃねえよな」
「怖いんですか」
「ふん、あんな親父なんざ……頼む、やめてくれ」』
この河上惣三郎が怖がっている親父こと河上惣左衛門は有能な同心で「鬼の惣左」と呼ばれていた。
最後の「梵鐘」にちらりと登場する。
「梵鐘」は、話の筋が掴みにくい。
というのは、過去の話と現在の話がない交ぜになって語られるからである。この過去の話と現在の話が同時に語られているということに気が付くのは、「梵鐘」の後半になってからである。
そして、題名の「梵鐘」の意味がわかるのは最後になってからである。
さて、このシリーズの表紙を担当しているのは百鬼丸。独特の切り絵で、数々の時代小説の表紙を飾っている。
内容/あらすじ/ネタバレ
捜し屋
捜し屋の紋兵衛は与之助とお妙の夫婦から子どもを捜して欲しいという依頼を受けた。報酬は前金で金二分、それに一日につき一朱を労銀としてもらうことにしている。
捜す子どもの名はお直で五歳。三日前に起きた火事の際に行方がわからなくなっている。
紋兵衛は家に住み込んでいる絵師の鷹造に似顔絵を描かせた。鷹造は月代も髭もろくに剃らず、源氏車模様という女が着るような派手は小袖を身につけ、その小袖は寵臣の鷹造には短く、毛深い脛が丸出しといういでたちだ。
その鷹造が描いた似顔絵はお直にそっくりだと二人はいった。
紋兵衛は火元の町に向かった。火元は両替屋の早島屋といい、家族、奉公人の全員が死んだという。不思議なことに、早島屋には十人しか人がいないはずなのに、十二人分の死体が見つかっている。しかも、早島屋は押し込みにやられ、そのあとに火をつけられているようだ。
紋兵衛が聞き込みをしていると、火事の最中に逃げる家族を遮り、子どもの顔をまじまじと見る夫婦の話が出てきた。その夫婦は火事のたびにそのようなことをしているらしい。なぜそのようなことをするのか…
鷹造は以前に料理屋に奉公していたことがあった。十三年ばかり奉公したが、自分に絵の才能があることを知り、店を辞めた。だが、食い詰めてしまい、そこを紋兵衛に拾われたのだ。二十六の時のことであり、それから居続け、今は二十九になっている。一方で紋兵衛も以前は別の商売をしていた…。
紋兵衛は読売屋の岩之助を訪ねた。例の夫婦につながりそうな手がかりをえるために、以前に起きた火事を調べに来たのだ。だが、はかばかしい成果を得ることができなかった。
紋兵衛は手元にある人相書を見た。鷹造はこの絵を描く時、いつもとは違い戸惑ったような節があった。紋兵衛は鷹造にその事を聴くと、与之助とお妙の話からは真実みが聞こえなかったので、こうなったと話した。
花見
河上惣三郎はさぼりがてら広尾原に来ていた。大きな桜の木があり、そこで酒盛りがされていた。
突然、父の敵といい刀を抜いた侍が町人を斬り殺した。その斬られる前に町人は、誰に頼まれた、と口走っていた。
侍は長倉滝五郎、殺された町人は酒問屋真純屋の主で角吉という。
長倉滝五郎は主家持ちで、上野館林の秋元家の家臣だ。偶然とはいえ、北町奉行所の隣に秋元家の上屋敷がある。すぐさま調べに行くと、果たして長倉滝五郎の言うとおりだった。
惣三郎は酒問屋沖田屋の番頭・屋久蔵に真純屋に関する話を聞いた。すると、角吉は婿で真純屋のあとを継ぎ、その後はしくじり続きだったという。その事で誰かが角吉を狙っていたのだろうか?
長倉滝五郎が殺されて見つかった。どうして長倉がこんな所に来たのだろうか?呼び出されたのか?
調べると、すぐに長倉には女がいたことが分かった。その道中で殺されたのだ。
もう一度真純屋を調べることにした。すると、番頭の太兵衛と角吉の女房・おいねができているという噂があったことを知った。一方で角吉にも女がいたことが判明した。
やがて惣三郎は今回の一件の真実に迫ることになる…。
女幽霊
河上惣三郎が賊を前に足止めされているところを鳴瀬左馬助が通りかかった。支配違いの神社の見えない壁に惣三郎は踏み込めないのだ。左馬助は賊を神社から追い出し、惣三郎に捕まえさせる手助けをした。
この時、左馬助は誰かがじっと見ている視線を感じた。
儀太郎と伊三次の二人は幽霊が出るという宮沢神社に来ていた。すると本当に女の幽霊が出た。腰を抜かしそうになった二人だが、幽霊が何かを言っている。よくよく聞いてみると、本殿の下に一両が埋まっているという。
翌日掘ってみると、本当に一両が出てきた。二人だけの秘密としたが、なぜか村の人間にばれている。
後日、再び二人は神社に行った。今度も幽霊が出た。よく耳を澄ませ聞いて、二人は再び一両を見つけた。だが、これも村の人間にすぐにばれた…。
左馬助は誰かに見張られているような気がしている。もしかして先日河上惣三郎を助けた時に捕まった男に関連する人間か?
太郎八は和助に連れられて親分の源造に会っていた。
左馬助は半月ほど前に出会った掏摸のことを思い出していた。あれに関係するのだろうか?依然として左馬助を監視する視線を感じる。
甚助とおさんの夫婦が宮沢神社に現われた。儀太郎と伊三次の話を聞きつけ、女の幽霊に会おうというのだ。すると幽霊が現われた。
翌日、不思議なことに村の人間が皆九つに境内を掘り出せば千両箱が現われると言った幽霊の話を知っていた。なぜだ?それにしても、なぜ九つでなければならないというのだ…。
その頃、堀井道場で稽古をしていた左馬助を呼びだした者がいた…。
梵鐘
村の祭が近い。重兵衛は故郷の御柱の大祭を思い出していた。そうした時、お美代がいなくなったと吉五郎が駆け込んできた。先日もお綾という女の子がいなくなることがあった。
重兵衛は長晃寺を訪ねた。お美代が祭を大変楽しみにしていたのを知っていたからだ。
この寺は白金村きっての古刹だが、鐘楼の鐘は古くない。三十年ほど前に鐘楼が忽然と消え失せたというのだ。その後に新しい鐘をつけたのだ。
住職の徳全にあったが、やはりお美代を見かけなかったという。
お美代の祖父の彦作は心の臓が悪いのだという。お美代はそれを気にして浅草寺に願掛けに行きたいと言ったことがあったらしい。だが、一人で行くとは思えなかった。
お美代と仲のいいおわかに重兵衛は聞きに行った。するとおわかが落ち着いているのに違和感を持った。どうやらお美代の行方しれずに関して何かを知っているらしい。
やがて、お美代が現われた。そして、意外なことがわかった…。
お美代の祖父の彦作は、長晃寺の鐘に関する話を重兵衛に聞かせた。
本書について
目次
捜し屋
花見
女幽霊
梵鐘
登場人物
捜し屋
紋兵衛…捜し屋
鷹造…絵師
お直
与之助
お妙
おこん…西隣の女房
お美保…東隣に住む町医者の妾
岩之助…読売屋
おみち
福太郎
お千勢
花見
河上惣三郎…北町奉行所の同心
善吉…河上の中間
竹内…北町奉行所の同心
長倉滝五郎
角吉…酒問屋真純屋の主
おいね…角吉の女房
太兵衛…番頭
茂平太…酒問屋日岡屋の主
屋久蔵…酒問屋沖田屋番頭
おせき
お峰
銀八
女幽霊
鳴瀬左馬助
河上惣三郎…北町奉行所の同心
善吉…河上の中間
儀太郎
伊三次
仙吉…一膳飯屋松橋屋の主
太郎八
和助
源造
甚助
おさん
梵鐘
興津重兵衛
お美代
彦作…お美代の祖父
吉五郎
お常
おわか
徳全…住職
(仁吉)
(徳応)
(文左衛門)
(粂蔵)
河上惣左衛門…河上惣三郎の父親