覚書/感想/コメント
シリーズ第四弾。晴れて無実の身となった重兵衛。
だが、そのために友の松山市之進が死に、弟の俊次郎が死に、朋輩の山田平之丞も死んだ。さらには国許で斎藤源右衛門も死んでいる。そのいずれにも遠藤恒之助が絡んでいる。
重兵衛には遠藤恒之助への復讐心しかない。しかも主命で遠藤恒之助を討たなければならない。しかしながら、今の重兵衛には遠藤恒之助の剣を打ち破る術がない。一人での工夫にも限界が来ており、堀井新蔵の紹介で長坂角右衛門のもとで修行をはじめる事になった。
遠藤恒之助との勝負はどうなるのか?
緊迫感のある物語の中で、一人とんでもない人物が登場する。
無実となったのにいつまでたっても国に戻ってこない重兵衛に業を煮やし、連れ戻すつもりで江戸に出てきた吉乃である。
吉乃は小太刀の腕はなかなかである。だが、それ以外がまずい。
子どもにも動物にも好かれず、本人は何故だろうと不思議に思っているのだが、これはともかく、料理をすればとんでもない代物を作る。
例えば、お茶をいれるだけでもこういう会話になる。
『「お二人は、お嬢さまをあまりご存じないから…」
惣三郎は善吉と顔を見合わせた。
「旦那、お茶くらい、あっしにだっていれられますよ」
「ふつうはそうだ。だが、あの娘は俺たちの常識のはるか上を行くようだぜ」
こりゃ覚悟しておいたほうがいいのかもしれんな、と惣三郎はつぶやいた。』
出てきたお茶は想像通りのものである。
この吉乃を助けているのが一緒に国から出てきたお以知である。この二人のやりとりが随所で可笑しい。
『「お以知、あなた、なにかろくでもないこと考えたでしょ。正直におっしゃい」
「正直に申しあげてよろしいのですね?では申しあげます。よくもしゃあしゃあと人のことをそそっかしいといえるなあ、と私、あっけにとられてしまいました」』
そうなのだ、誰かさんたちにそっくりなのだ。おそのの口を借りれば、『「いえ、吉乃さまが河上さまに似ているとは思いませんけど、お二人の雰囲気はあの二人にそっくりだと思います」』ということになる。
だが、あまりにも似たもの同士だからだろうか、河上惣三郎と吉乃は憎まれ口をたたき合う事になる。
内容/あらすじ/ネタバレ
明日から師走という時。いきなり横から刀を置いてゆけという声がした。そう言い放ったのは右頬にある傷が深い谷のようにくっきりと見えている男だった。男は刀を奪った。
興津重兵衛はどうしても遠藤恒之助のことが思い浮かんでくる。やつのために松山市之進が死に、弟の俊次郎が死に、山田平之丞も死んだ。斎藤源右衛門もだ。
無実となった今、心によどんでいるのは遠藤恒之助に対する復讐心だけだ。だが、地蔵割りでは遠藤に勝てない。何か工夫をする必要がある。
河上惣三郎は死骸の傷口を見つめて、すごい手練れによるものだと思った。聞き込むと、昨夜から帰ってこない浪人がいるという。名を膳場六郎太。女房のおたけに聞くと、膳場は当外流という一刀流の皆伝だという。
さらに、二百両はするかという先祖伝来の名刀を持っていた。銘は助頼。好事家なら垂涎の的の剛刀だという。
河上は刀を欲しがっている好事家をあたり始めた。この路線で調べていくと、ある宴の席で件の刀を訊いてきた者がいる事が分かった。そして、宴が催された料亭島多加を訪ねると店主の伊与之助が応対に出た。
伊与之助は河上が去ると、知らせた方がいいと考え乙左衛門を訪ねた。それにしても何故遠藤は刀を奪ったりなどしたのだ。
遠藤恒之助は遠目から興津重兵衛を見ていた。今殺すのは簡単だが、それでは面白くない。あのしぶとさ、それを打ち破った時の快感を手にしたいのだ。
遠藤が戻ると、お麻衣が出迎えた。お麻衣は乙左衛門から手配をされている女だ。乙左衛門とは向こうからつなぎをつけてくれた。
やつはきっと強くなる。俺も強くならなければ…。
重兵衛は木挽町の藩邸を訪ね、塚本三右衛門と会った。重兵衛は主君から遠藤恒之助を討つように命じられているのだ。
この帰り、重兵衛は堀井道場に左馬助を訪ねた。迷惑をかける事を怖れ、近寄らなかった場所だ。そして堀井新蔵からある人物を紹介された。
重兵衛は足を止めた。無人のはずの母屋に灯りがついている。
そこにいたのは吉乃とお以知だった。吉乃は落ち着いてお帰りなさいませという。吉乃は重兵衛を連れ戻しに来たのだという。そして、重兵衛が自分たちとともに国に戻るまで居続けると宣言をした。
河上惣三郎ら町方がある建物を取り囲んでいた。だが、三十名全てがたったひとりにやられた。強いとはわかっていたが、あれほどとは。まさに化け物だ。
この後、惣三郎は重兵衛を訪ねて手を貸せと頼み込んだ。そして河上惣三郎は自分たちが追いかけているのが、遠藤恒之助だということをはじめて知った。
重兵衛は堀井新蔵から紹介された長坂角右衛門のもとで修行をはじめた。角右衛門は重兵衛と同じく手習師匠だ。まずはなまりきった体を元に戻す事から始まった。
しかし修行中の重兵衛の顔は子どもたちを怯えさせるに十分だった。吉乃が見かねて代教をすることになった。遠藤恒之助を討つまでの間である。
やがて足腰もかつてのように戻り、遠藤恒之助への工夫が始まった。それを遠藤恒之助は知っていた。遠藤は重兵衛がどれほどのものになるのかが楽しみでしょうがなかった。
ついに重兵衛は遠藤を打ち破る技を会得したという確信を得た。そして、遠藤は重兵衛の剣が完成した事をまちがいなく知っている。機が熟した以上、遠藤が姿を現しても不思議ではない。
その中、うさ吉の行方がわからなくなり、探していたおそのの姿も消えてしまった…。
本書について
目次
第一章
第二章
第三章
第四章
登場人物
興津重兵衛
お牧…母
吉乃
お以知
鳴瀬左馬助
堀井新蔵…道場主
奈緒…堀井新蔵の娘
今井将監…江戸家老
河上惣三郎…北町奉行所の同心
善吉…河上の中間
竹内…北町奉行所の同心
紹徳…医者
塚本三右衛門…江戸留守居役
遠藤恒之助
お麻衣
乙左衛門…手習師匠、諏訪忍び頭領
伊与之助…料亭島多加店主
お美代
吉五郎
松之介
田左衛門…家主
おその…田左衛門の娘
うさ吉…犬
長太郎…鍛冶屋
お知香
長坂角右衛門
梅
膳場六郎太…浪人
おたけ…膳場の女房
沖之助…川神屋の主
朝左衛門
磯太郎…油問屋の木幡屋
永之助