覚書/感想/コメント
本書は千住小塚原回向院という刑場に始まり、鈴ヶ森の刑場で終わっています。
この手のものは通常、古地図との比較がなされるのが一般的でしょうが、古地図は一切出てきません。
唯一例外的なのが、浮世絵が数枚使われている程度で、それ以外は現在の風景が散りばめられているだけです。
読み手は、この現在の風景写真を見ながら江戸を想像することになります。
私個人は、本書で述べられているかなりの場所を歩き回っていますので、それはそれで別の読み方も出来て楽しかったです。
ただ、実際には場所と場所が離れており、おいそれとは歩いていけない距離を一色単に述べてしまっています。
そのため、距離感に誤解を与える可能性があると感じました。
機会があれば、実際に歩かれると距離感がわかります。
内容のピックアップ
第一景 鎮魂の旅へ
千住小塚原回向院はJRと貨物線と地下鉄の3種類の線路で分断されています。
もともとは死刑が執行された場所であり、小塚原回向院は遺体を埋葬した場所です。
日本の近代は江戸を否定することから始まりました。
そして、近代は「御霊信仰」を捨てることでもありました。
御霊信仰は、政争で敗れた者たちの魂を鎮魂し、反秩序的エネルギーを制御し、反政府勢力を慰撫するものであったはずです。
それら伝統を捨てて進めてきた近代化に疑問を投げかけています。
その象徴として田中優子氏は千住小塚原回向院から出発したのです。
同じように象徴的な場所として日本橋を挙げています。
確かに、現在の日本橋は上に首都高速が走り、橋の下に流れる川は淀んでおり、何の趣もありません。
欄干に「にほんばし」と書かれていなかったら分からないでしょう。
この章で面白いのは、遊女に関する考察です。
遊女の平均死亡年齢は低いといわれていますが、年季が終わると出て行ってしまう大部分の遊女たちの死亡年齢をどうやって追跡調査しうるのでしょうか?
確かにそうです。
第二景 賑わいの今昔
現在の吉原には江戸の面影はありません。
ですが、交番のある位置に自身番にあたる吉原会所があったというのは面白いです。
吉原から南へ下って浅草寺にたどり着く前、裏を返せば浅草寺の奥にあたる奥山。
都内でも数少ない独特の雰囲気を残している場所です。
こうした淫靡で猥雑な雰囲気を残している場所は、都内からほとんど消えてしまっています。
第三景 隅田川の流れに
ここに登場する江戸東京博物館と深川江戸資料館は覗いてみる価値はあります。
さて、岡場所とか岡っ引などに使われる「岡」ですが、両方とも無認可を意味するようです。
つまり、岡場所は認可されていない遊女がおり、岡っ引は正式な探索人ではないということです。
対応するのが、正式な認可場所である吉原であり、奉行所の与力や同心になります。
第六景 風水都市江戸の名残
江戸城を中心に見ると、上野の寛永寺・浅草寺が東北にあり、その反対側に増上寺があります。
鬼門である東北とその反対側に将軍家ゆかりの寺を配し、江戸と江戸城を守っているのです。
増上寺は若干南にズレていますので、外堀沿いに山王社が建てられています。
これに対応する形で神田明神があり、神田明神は江戸の総鎮守といわれています。
また、北斗の方向に日光東照宮があり、江戸は二重三重の呪術的なセキュリティで守られているのです。
面白いのは、風水の考えで、北(玄武)に山、南(朱雀)に水、西(白虎)に道、東(青龍)に川がなくてはなりません。
江戸から見ると西に富士山を置いているので、そこを北と見立て、江戸城の東側にある門を大手門として、城の正面玄関としたのです。
そのため、南の門があえて虎ノ御門と名付けられているのです。
第八景 郊外をめぐる
江戸の範囲が興味深いです。
江戸には墨引きと朱引きの二通りの境がありました。
そのうち、朱引きが江戸の範囲といって良いようです。
すると、東は荒川流域の四ッ木や平井、北は板橋、千住、西は落合、代々木、南は品川あたりまでとなります。
意外に広範囲だと思ったのは私だけでしょうか。
本書について
田中優子
写真・石山貴美子
江戸を歩く
集英社新書 約二〇〇頁
2005年11月刊行
江戸散策
目次
はじめに
第一景 鎮魂の旅へ
千住小塚原回向院
コツ通り
千住大橋
浄閑寺
第二景 賑わいの今昔
吉原の水
三谷堀
待乳山聖天
猿若町
浅草寺
奥山
地図の空白地帯
第三景 隅田川の流れに
柳橋
両国橋
深川
向島
第四景 華のお江戸をもとめて
日本橋
長崎屋
小伝馬町へ
通油町の版元
元吉原と芝居町
第五景 川と台地と庭園の地
湯島から神田へ
神田川沿いに
神田明神
柳原土手
神田白壁町
本鄕・小石川界隈
菊坂
伝通院の道
第六景 風水都市江戸の名残
根津・千駄木界隈
上野
江戸にとっての富士山
鬼子母神のアサガオ
第七景 面影橋から牛込へ
面影橋から関口芭蕉庵へ
牛込御徒組住居から神楽坂へ
神楽坂
第八景 郊外をめぐる
柴又・矢切の渡し
王子
染井
板橋の宿
目黒
品川
鈴ヶ森