覚書/感想/コメント
シリーズ第三弾。
今回で、多少このシリーズの舞台となる時代が明確になってきた。直心影流の男谷精一郎が本所亀沢に道場を開いていることから、安政五年(一八五八)以降ということになる。
大政奉還が慶応三年(一八六七)だから、幕末も幕末だ。
今回は、菅井紋太夫に絡んだ仕事となる。仕事というよりトラブルに巻き込まれるといった方が正確か。
今回スポットが当たるのは菅井紋太夫。
菅井は田宮流居合の達人。肩まで伸びた総髪、えぐり取ったようにこけている頬、切れ長の細い目、貧乏神のような陰気な顔をしている。
この菅井の商売というのを見てみよう。
菅井の居合の見世物の場所は両国広小路。雑踏から少し離れた大川端の水茶屋の脇である。
その場に立つと、おもむろに襷をかけ、二尺六寸二分の細身の刀を腰に帯びて身構える。口上を述べたり、人目を惹くような長刀を抜いて見せるようなことはしない。
いかがわしい膏薬を売りつけたり、見物料を取ったりするのではない。いわば居合の腕を売っているのだ。
無言のまま居合腰に沈め、鋭い気合いとともに抜刀する。それを何度か繰り返すと、通行人が集まって人垣ができる。観客が集まったところで白木の三方を取り出す。
三方には二、三寸に切断した細い竹片が積んである。この竹片を取り、菅井は自分に投げてみろという。
竹片はひとつ十文。体に当てることができれば二十文を進呈するという。居合が迅いか、竹の礫が迅いかを試そうというのだ。
菅井は三つ、四つ投げるもののうち一つは当たってやることにしている。全部斬り落とす気ならできるが、客にも花を持たせ、他の客にもやってみようかという気を持たせるのだ。
さて、前作で情を交わした源九郎とお吟。本作からお吟がシリーズの重要な配役となる。
内容/あらすじ/ネタバレ
十月になる前日。華町源九郎が浜乃屋から帰ってくると茂次が源九郎の部屋に上がり込んでいた。この日、菅井紋太夫のところに客が来たという。
それも子供連れのご新造だったというので、茂次は話したくてしょうがないらしい。
翌朝、お熊が菅井が例の親子と出たきり帰ってこないと目を剥いて話した。
菅井は伊登と外の様子を見ている。町人の姿がみえた。伊登は菅井の亡き女房・おふさの妹だ。菅井には義妹に当たる。
伊登は御家人・藤岡慎太郎のところに嫁いだが、半年ほど前に何者かに殺された。生前、藤岡が菅井との交流を喜ばなかったので、親戚の縁は切れていたようなものだったが、突然伊登がやってきて、自分と幸太郎を助けてくれという。幸太郎は伊登の息子で、菅井には甥に当たる。
藤岡慎太郎は御小人目付組頭・伊藤助四郎の推挙もあって御小人目付になっていた。この藤岡が殺されてから一月ほど経って何者かが家に入って荒らされたという。
何を探していたというのか。生前に藤岡から伊登に渡されたものは懐剣と反物ぐらいだという。他に遺品が普段使われていた大小が二振りずつがあるだけのようだ。
そして、伊登と幸太郎を狙う者は手練れだった…。
菅井は伊登と幸太郎を長屋に匿うことにした。
孫六が藤岡の斬殺された様子を聞き込んできた。どうやら辻斬りや追剥ぎの類ではなかったらしい。金以外の何かを探ったようである。
そして、藤岡を斬った侍の他にもうひとり仲間がいるようだった。源九郎は口封じのために藤岡が殺されたのではないかと考えた。
翌朝、源九郎は藤岡と親しくしていた御小人目付の名を聞いた。荒船幾三郎というらしい。その荒船にはすぐに出会うことになる。
荒船に藤岡が何を調べていたのかを聞いても分からないという。そこで、二人で組頭の伊藤助四郎を訪ねることにした。
そして伊藤助四郎は重い口を開き、藤岡が茂木唐次郎を調べていたと話した。元御小人目付で商家を脅して金を強請ったという。
それがまた悪事に手を染めたのではないかということで調べていたのだという。茂木は権三というやくざ者と組んでいる。
菅井に二人組が近づき、伊登からあずかっている物を渡してもらおうとすごまれた。一体何のことだかわからないうちに相手が仕掛けてきた。相手の腕もすごく、菅井は辛くも逃げることができた。
やがて、権三が赤犬の権三と呼ばれる悪投であることが分かり、さらに踏み込んで調べるために、源九郎はお吟の助けを借りることにした。お吟の調べで、菅井を襲った牢人の名が知れた。黒崎平太郎という。
荒船が新しい情報をもってきた。御役後免になった御小納戸衆の件を調べているうちに、それを糾弾したのが元御徒目付の柏木助左衛門だったということがわかり、その配下に茂木唐次郎がいたという。この柏木助左衛門は上の役を狙っており、多額の賄賂を使ったと噂されているという。
藤岡が殺されたのは、この柏木助左衛門の賄賂のことを掴んだからなのか…。仮にそうだとしても、証拠となる書付などがどこにあるのか全く分かっていない。
本書について
鳥羽亮
はぐれ長屋の用心棒3
紋太夫の恋
双葉文庫 約二九〇頁
江戸時代
目次
第一章 長屋の客
第二章 権三
第三章 人斬り平太
第四章 三人白浪
第五章 銭刀
第六章 血戦
登場人物
華町源九郎
菅井紋太夫
茂次…研師
孫六…元岡っ引き
お吟…浜乃屋女あるじ
お熊…長屋の住人、助造の女房
庄太…長屋の子供
元造…飲み屋「亀楽」の主
おみよ…孫六の娘
吾助…浜乃屋の板前
伊登…菅井の義妹
幸太郎…伊登の息子、菅井の甥
藤岡慎太郎…伊登の夫、故人
おふさ…菅井の亡き女房
伊藤助四郎…御小人目付組頭
荒船幾三郎…御小人目付
芝蔵…岡っ引き
留吉…飾職
茂木唐次郎
赤犬の権三
黒崎平太郎
柏木助左衛門
会田徳内