覚書/感想/コメント
シリーズ第八弾。
華町源九郎の孫娘・八重が生まれて半年がたった。
今までのシリーズの中で最も複雑に絡み合ってストーリーが展開される。今回は、江戸を少々離れ、小田原宿から箱根まで足を伸ばすことになる。
賊に攫われたという娘を助け出しにいくのと、同じ賊に殺されたと思われる娘の敵討ちを助けるという目的だ。
さて、本作では菅井紋太夫以外の居合の達人というのが登場する。
居合、もしくは抜刀術は、刀を鞘に収めた状態から、鞘から刀を抜き放ち、相手に一撃を加える武術である。相手の攻撃を受け流してから、二の太刀で相手にとどめを刺すこともある。
前々から疑問なのが、居合の場面では「鞘を走らせる」とか「神速の抜き」とかのように、抜刀の速さというのがクローズアップされることが多く、なぜ速くなるのかが理解しづらいこと、それに威力という面で、本当に有効なのかということである。
だって、鞘に入っているのだから、かえって遅くなるのではないかと思うのが普通ではないか?
その抜刀の速さの秘密であるが、鞘と刀の抵抗でエネルギーを溜め、刀の切っ先が鞘を離れた瞬間に振り抜くことで加速するということらしい。
定規などを曲げて、指を放した瞬間にピュッと跳ね返るのに似ているのかも知れない。それなら、確かに速いだろう。
達人になると抜刀が速いらしく、まさに神速の名にふさわしいものになるという。
それと、刀身が見えないため、相手にとっては間合いが掴みにくいという利点があるともいう。
不利な点といえば、片手打ちであることだろうが、充分に速度を持った日本刀が相手に迫るのだから、それだけでも殺傷能力は充分にあった技術であるのは間違いないようだ。
居合の利点が、その抜きの速さと、間合いのわかりにくさにあるのなら、抜いてしまえば通常の剣術の流派の方が有利と言われるのは頷けるものがある。
本シリーズでも菅井紋太夫が抜刀して、一太刀目を防がれると、相手から「居合が抜いたな…」と言われるのが理解できる。
内容/あらすじ/ネタバレ
華町源九郎をつけてくる娘がいる。と思っていたら、娘の姿が消えていた。気のせいかと源九郎は歩き出した。
長屋に戻ると客が来ていた。勢多屋という船宿を営んでいる長兵衛と名乗った。娘を助け出して欲しいというのだ。これまでの源九郎たちの活躍を聞いてきたらしい。
一月ほど前に、神田、深川の店に賊があいついで押し入り、店のものが殺されて、金が奪われる事件が起きていた。
それが勢多屋だったのだ。娘の名はお房という。このお房らしき娘の姿が小田原宿で見かけたという話がある。
相応の謝礼をするという。だが、手に負えないと思った源九郎はこの話を断った。
源九郎をつけていた娘だ。それが再び現われ、いきなり刀を抜けと叫ぶ。だが、程なくして源九郎が人違いとわかり、娘はへたりこんでしまう。
娘の名はお静。両親を押し込みに殺されたのだという。源九郎の姿がその両親を殺した相手似ていたのだ。腰を沈めて抜き打ちに斬るので、源九郎が刀を抜けば分かると思ったらしい。どうやら居合を遣うらしい。
孫六が同じ一味による押し込みが他に二件あるという。その一つが勢多屋であった。となると同じ一味による押し込みが三件あることになる。
お静は源九郎に親の敵を討つ助太刀をして欲しいという。勢多屋の長兵衛と同じような依頼だ。
いつもの面子が集まり、この頼みをやることにした。菅井紋太夫には居合の遣い手を洗ってもらうことにした。
それに気になることがある。押し込みに入ったそれぞれの店が小金を貯めていたにしろ、小店過ぎるのではないか…。
源九郎は勢多屋に入ってこの間の話を受ける旨を伝えた。そして、お房を連れ去った賊が箱根で湯治をしているらしいという話を聞く。
早速、源九郎と孫六、それにお静の三人で箱根に向かうことにした。
小田原宿につき、聞き込みを始めた。だが、はっきりとした情報が掴めない。
源九郎と孫六を襲う輩が現われた。その中に居合を遣う相手がいた。「宇堂恭之助、おれが相手だ!」緊迫した中、菅井紋太夫と茂次が突如助太刀に現われた。後ろからはお吟も付いてきている。宇堂と呼ばれた居合遣いはいったん身を引いた。
源九郎らが江戸を発ってから、押し込みのことで分かったことがあったので、後を追ってきたのだという。
押し込みの入った三件の店。どれも似たような身代だったので、調べてみたのだ。するとどういうわけか、三店とも四、五年前に店を開き、それ以前にあるじがなにをしていたのか何をしていたのかはっきりとしないという。
それと、主の一人は辰吉屋仁兵衛が貸元をしていた賭場を仕切っていた男にそっくりだという。辰吉屋の名を聞き、孫六が反応した。辰吉屋は表に顔を出さないが、江戸の裏社会を牛耳っている大物だという。
この後、源九郎は菅井に宇堂という男の話を聞いた。
箱根で湯治をしているのは辰吉屋仁兵衛なのかも知れない。
菅井の前に宇堂が現われた。斬るつもりはないらしい。だが、賊として押し入ったのはお前かと聞いてきた。菅井は驚いた。思いもしない問いだ。
この話はすぐに源九郎に伝えた。そしてもう一つ。攫われたはずのお房が、攫ったと思われる相手と仲良さそうに歩いているのを見かけたという情報もある。一体どうなっているのだ。
そして、手下と思われる男から、箱根で湯治しているのはやはり辰吉屋仁兵衛ということが分かった。だが、辰吉屋仁兵衛が押込んだのではないという。押込まれたのは辰吉屋仁兵衛の息のかかった所ばかりで、なぜそこに押込まなければならないのかという。
江戸から勢多屋の使いが来た。房次郎と名乗る男の他に何人かが源九郎らの助太刀として寄こされたのだ。これで、源九郎たちは辰吉屋仁兵衛を襲うことに決めたが…。
本書について
鳥羽亮
はぐれ長屋の用心棒8
湯宿の賊
双葉文庫 約二九〇頁
江戸時代
目次
第一章 依頼人
第二章 箱根へ
第三章 小田原宿
第四章 三枚橋の決戦
第五章 お房
第六章 敵討ち
登場人物
華町源九郎
菅井紋太夫
茂次…研師
孫六…元岡っ引き
三太郎…砂絵描き
お吟…浜乃屋女あるじ
お熊…長屋の住人、助造の女房
元造…飲み屋「亀楽」の主
おみよ…孫六の娘
お梅…茂次の女房
吾助…浜乃屋の板前
栄造…岡っ引き
お勝…栄造の女房
村上彦四郎…南町奉行所定廻り同心
長兵衛…勢多屋の主
お富
お房
房次郎
麻吉
権造
日野小三郎
お静
(音造)…お静の父親
(お繁)…お静の母親
宇堂恭之助