覚書/感想/コメント
勝麟太郎が神戸の海軍操練所を設け、そして麟太郎と龍馬が別れるまでの期間を中心に描かれている。他に、七卿落ちや池田屋騒動など、この時期の主立った事件が書かれている。
七卿落ちは文久三年八月十八日の政変で、七人の公卿が京より追放された事件を指す。
追放されたのは尊皇攘夷派の三条実美、三条西季知、四条隆謌、東久世通禧、壬生基修、錦小路頼徳、澤宣嘉らである。
池田屋騒動は元治元年六月五日に、旅館池田屋に潜伏していた長州・土佐藩などの尊皇攘夷派を新撰組が襲撃した事件を指す。新選組の名を有名にした事件である。
この事件で、尊王攘夷派は大物を多数失うことになる。吉田稔麿、北添佶摩、宮部鼎蔵、大高又次郎、石川潤次郎、杉山松助、松田重助らである。この事件で唯一逃げ延びた大物は桂小五郎だった。
この事件のあと、長州藩は七月十九日の禁門の変を起こす。
本書では、土佐勤王党が追いつめられ、武市半平太らも牢に入れられる姿が描かれる。
一方で、龍馬には飛翔の時が来ている。師・勝麟太郎のもとを離れ、いよいよ廻船事業へと踏み出そうとしている。
商人としての坂本龍馬が始まろうとしているのだが、龍馬はすんなりと商人への道へ踏み出せない。そこには、薩摩と長州の確執が横たわっている。
さて。
しつこいようだが、読みづらい。
読みにくさの一つには事実や事件の列挙を詰め込みすぎる点にある。余すことなく書いているわけではないが、それでも詰め込みすぎである。
いっそのこと、詳細な年表でもつけてくれた方が読みやすい。年表の下に、該当の章がどれであるのかを記してくれれば、さらに読みやすいかも知れない。
こうした工夫は作家の側にも必要だろうが、編集する側の人間にも必要なことであろう。
読んでいる内にだんだんとイライラし始めるのが、この巻くらいからである。
読みやすくするための工夫というのは、作家だけが行うべきことではなく、それを助けている編集者も工夫を考えなければならないものだと思う。
内容/あらすじ/ネタバレ
文久三年(一八六三)一月。
間崎哲馬、望月亀弥太、千屋寅之助、高松太郎らは勝塾に入門している。
武市半平太は上士の身分となり、山内容堂は半平太を重用せざるを得ない状況だった。京では有力諸侯が公武合体の意向を強め、土佐勤王党の前途に暗雲が立ちこめている。容堂が幕府を支持する公武合体策を打ち出すのは目に見えていた。
こうした状況を見て、龍馬は一人でも多く同郷の人材を勝塾に誘い入れる努力をした。有為の若者の血を無駄に流すわけにはいかない。
龍馬は沢村惣之丞ら四人とともに大久保越中守(一翁)に会った。越中守は外圧を受けつつも国家の方針を立てることができないのを憂いていた。薩長土の攘夷は、幕府にかわって国政の実権を握りたいが為である。
越中守は幕臣だが、このままでは幕府は立ちゆかず、大政奉還し、衆議によって国是を定めればよいと言った。国論一致である。
京では山内容堂の上洛とともに、土佐勤王党を中心とする攘夷運動への反発の気運が高まっている。
龍馬は目の前にいる岡田以蔵の顔が以前に増して荒廃しているのを見て助けてやらねばならないと感じた。
その頃、勝麟太郎は、大坂に海軍塾を設けようと考え、龍馬に塾生募集を急がせていた。龍馬は岡田以蔵に勝麟太郎を警護させることにした。
三月。将軍家茂が入京してきた。
九日、松平春嶽が辞表を提出した。大久保越中守は龍馬を使者として春嶽に使わすことにした。
勝麟太郎は家茂が好きである。
麟太郎は長州藩が攘夷の名を借りて討幕の意図があることをあきらかにしていると見ていた。
この麟太郎に紀州藩が海軍要員の要請を依頼した。その中に伊達小次郎(陸奥宗光)がいた。
麟太郎のもとに目付松平勘太郎からの書状が届き、家茂に直言する機会を得た。そして操練所を開く許可を得た。
松平春嶽に操練所を開くために資金援助の申し出をしに龍馬が行き、その足で横井小楠にも会った。
朝廷は将軍家茂に江戸に戻すことを許した。一刻も早く戻さねば幕府の精兵が朝廷に乗り込んでくると恐れたのだ。
悪い知らせが土佐から届いた。間崎哲馬らが腹を切らされ、武市半平太らは入牢された。
京で政変が起きた。激派の公卿らの参内が禁じられ、長州へと落ち延びていった。
龍馬は大坂から神戸へ行く途中で、熟成の伊達小次郎から面白い草稿を見せられた。表題に「商法の愚案」とある。
土佐では容堂の側近、後藤象二郎、乾退助が中心となり、在京の土佐勤王党を土佐へ引き上げさせていた。こうした情勢の中、土佐から脱藩があいついだ。
海軍塾で蒸気船運転に自信を持つようになった龍馬は、海上運送によって利を得る機会を窺っていた。
龍馬はおりょうと知り合い、嫁にすることになった。
勝麟太郎について龍馬達は長崎へ向かった。麟太郎はオランダの提督らに下関攻撃をやめさせようとしていた。
この長崎で、龍馬はグラバーの所にいる薩摩藩の五代才助にあった。
元治元年(一八六四)。
龍馬は黒龍丸で大坂に帰ってきた。英仏米蘭による下関攻撃の機運が逼迫してきている。
帰ってきた龍馬に近藤昶治郎が池田屋騒動のことを話した。その時、池田屋には諸藩の大物がそろっていた。そこを新選組が急襲したのだ。
長州藩は池田屋騒動を契機に、実力で京に進出し、攘夷派の勢力を回復させようとしている。
本書について
津本陽
龍馬(三) 海軍篇
角川文庫 約四〇〇頁
目次
操練所
地鳴り
曙光
波濤
遠い光芒
遠雷
別離のとき
登場人物
坂本龍馬
間崎哲馬
近藤昶次郎(長次郎)
沢村惣之丞
望月亀弥太
千屋寅之助
高松太郎
新宮馬之助
伊達小次郎(陸奥宗光)…紀州藩士
勝麟太郎
大久保越中守(一翁)
松平勘太郎…目付
おりょう
お貞
徳川家茂…十四代将軍
徳川慶喜
松平春嶽
中根雪江…春嶽の近臣
横井小楠…春嶽の参謀
武市半平太
岡田以蔵
吉村虎太郎
山内容堂(豊信)…前土佐藩主
後藤象二郎
岩崎弥太郎
島津久光
小松帯刀…家老
大久保正助(利通)
五代才助(友厚)
田中新兵衛…薩摩藩士
坂本権平…龍馬の兄
坂本春猪…龍馬の姪
坂本乙女…龍馬の姉
千葉定吉…千葉周作の弟
重太郎…定吉の息子
佐那…定吉の娘