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宇江佐真理の「髪結い伊三次捕物余話 第1巻 幻の声」を読んだ感想とあらすじ(面白い!)

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覚書/感想/コメント

シリーズ第一作

捕物余話。この「余話」がミソである。

単なる捕物帖ではなく、人情話なども織り交ぜながら話が紡がれていく。

最初の三話は登場人物のも兼ね、三人の主人公といってよい構成になっている。「幻の声」では伊三次が主人公、「暁の雲」ではお文こと文吉が主人公、「赤い闇」では不破友之進が主人公である。

この三編の捕物話の後に「備後表」が語られる。これが秀逸の人情ものである。この「備後表」で、あくの強い不破友之進が、別の一面をみせる。これにやられてしまい、涙が出そうになった。

三人の主要人物の個性も光っている。

伊三次は、下戸で甘いものには目がない。また鼻もいい。

廻り髪結いをしているが、もともとは「梅床」十兵衛の弟子で、十二の時から働いている。「梅床」十兵衛の弟子になったのは、十兵衛の女房・お園が伊三次の実の姉だからだ。だが、十兵衛と折り合いが悪く、それなりの技術を身につけた頃に喧嘩をして飛び出してしまう。御法度の忍び髪結いを働くようになり、自身番にしょっ引かれることになってしまう。ここで出会ったのが不破友之進である。

当時の不破は二十五才。伊三次より五つ上である。罪を受けるものだと思っていた伊三次だが、不問にされ、廻り髪結いとして働けるようになった。

この不破友之進は北町奉行所の上廻り同心。口の悪さでは北町奉行所の中で一番・二番を争う。かと思えば寝るのが好きで、若い頃は暇さえあれば寝ていた。若い頃は、ある事件がもとで眠り猫と渾名されていた位だ。

この不破の妹のよし乃は北町奉行所の与力に嫁いでおり、立場上、義弟が不破の上司となっている。

この不破の妻・いなみも光る登場人物である。いなみは一時期、吉原の小見世にいたことがあり、縁があって不破の妻女となる。このいなみの過去を語る場面も数カ所あるが、下卑たところが全くなく、とても素敵である。

そして、伊三次の思い人お文。文吉の名で芸者をしており、男勝りで伝法な口をきく。だが、この伝法な口調が、なぜかとても色っぽいのだ。とても女性らしいといってもよい。

「ちったァ、落ち着きな。わっちは気ぜわしくてかなわねェ」
前後の文脈がないと分かりづらいかもしれないが、伝法な中にも、お文の心遣いが感じられる台詞である。
この三人を中心にして繰り広げられる物語は、とても優しく、心温まる。
単なる捕物帖でなく、人情ものも織り交ぜているのもこうした温かさを作り上げるのだろう。
そして、丁寧な筆で語られる深川の風景は、今では見られなくなった粋で艶のある江戸を感じさせてくれる。

内容/あらすじ/ネタバレ

幻の声

伊三次が材木問屋信濃屋の主・五兵衛の髪結いをしている。伊三次は床を持たない廻り髪結いである。髪を結っている合間に伊三次は駒吉という妓を知らないかと聞いた。伊三次は十手も鑑札もいただいていないが、八丁堀の同心から手先として使われる顔を持っていた。

伊三次の思い人お文は文吉の名で芸者をしている女である。知り合ったのは三年前。今は伊三次と同じ二十五の大年増である。芸者家業を続けるのはつらいことだと思う。伊三次は何とかしないと思うが、自分が食べるのだけで精一杯だ。

伊三次はお文を訪ねて、駒吉のことを聞いてみた。

二月ほど前に日本橋の呉服屋の娘が拐かしにあって、大金をふんだくられた。下手人はすぐ捕まったが、手前が犯人だと名乗り出てきた女がいた。駒吉だ。駒吉の間夫は彦太郎といった。

お文のところで働いているおみつが、駒吉は鍬形屋にいた小染ではないかという。それだけでも収穫だと、伊三次は八丁堀の不破友之進の組屋敷に向かっていった。

だが、依然として駒吉が彦太郎をかばう理由が分からなかった。一体なぜ?

暁の雲

お文は何もかも面倒で、鬱陶しかった。それもこれも、宝来屋のお内儀・おなみが話したことにある。伊勢屋忠兵衛が旦那になりたいというのだ。先代には旦那としてお文は世話になっていた。だからといって子供も自分の旦那になるのはどうかと思う。

そうした中、おなみがやってきた。またぞろ伊勢谷の話かと思っていたが、違った。魚花の亭主が突然なくなったというのだ。酒によって川に落ちて溺れ死んだようだ。魚花のお内儀はお文の先輩にあたる芸者でおすみといった。

お文にとっておすみは一つの目標である。おすみのようにいつか伊三次と一緒になって堅気のお内儀に納まる夢を見ていたのだ。だから、この話はこたえた。

お文は弔問に魚花を訪ねた。前日に葬式だというから店は閉まっているのかと思っていたら、開いている。これに少しとまどいを覚えた。
弔問の帰りにお文は不破と伊三次に出会う。

赤い闇

不破友之進の隣人・村雨弥十郎は同じく北町奉行所の役人で例繰方の同心である。幼い頃から知っているが、親しく遊んだという記憶もない。だから、その村雨から内々に話があると囁かれた時には驚いたものだ。

村雨が不破の家を訪れ、酒を少し飲んだ後に話が始まった。村雨の妻女・ゆきはよく働くいい嫁である。だが、一つだけどうしようもない癖がある。火事見物が好きなのだ。

そのゆきの様子がおかしいと村雨は言い難そうに口ごもる。不破には事件がらみの一つの輪郭が浮かんでいた。だが、それは恐ろしい想像である。

備後表

幼馴染の喜八の仕事場に伊三次が顔を出した。喜八は畳職人である。幼い頃に両親を亡くしている伊三次にとって喜八の母親・おせいは自分の母親のようであり、おっ母ァと呼んでいた。

おせいは畳表を編み、その腕を高く買われていた。おせいの編む畳表は備後表といって、畳表の中でも極上上吉の類である。

そのおせいを久しぶりに伊三次は訪ねた。年をとって疲れやすくなっていたおせいは、伊三次を驚かすような格好で寝ていたが、伊三次がやってくると喜んで迎えてくれた。

おせいは冥土のみやげに、一度でいいから自分の編んだ畳表がどういう風に使われているのかをみたいという。だが、おせいの編んだ畳表は上様のいる江戸城など、とても入れないようなところばかりに納められている。途方に暮れる伊三次だが、何とかしておせいの願いを叶えてやりたいと思う。

星の降る夜

大晦日。来年こそは床を構える。伊三次の決心はこれである。ようやく株を買えるだけの金も貯まってきた。一部は寺に預け、一部は手元に置いた。手元にあるのは三十両位である。

新年早々に、挨拶に行き、株を譲り受けようと思っていた。

希望に胸をふくらませながら家に帰ると様子がおかしい。嘘のような、悪い夢を見ているかのような気持ちだ。虎の子の三十両と紋付が盗まれている。

気落ちしている伊三次に岡っ引きの留蔵が声をかけた。伊三次は金額は言わなかったものの、紋付と金が盗まれたことを話した。

松がとれ正月気分がだいぶなくなっても、盗まれた紋付と金の行方は分からなかった。ぶつぶつと詮のないことを考えながら歩いていると、留蔵とであった。

留蔵は紋付を見つけたという。そして盗人もわかっているようだった。

本書について

宇江佐真理
幻の声
髪結い伊三次捕物余話
文春文庫 約二七〇頁
江戸時代

目次

幻の声
暁の雲
赤い闇
備後表
星の降る夜

登場人物

伊三次
お文(文吉)…深川芸者
おみつ…お文の女中
不破友之進…北町奉行定廻り同心
いなみ…不破の妻
留蔵…岡っ引き
伊勢屋忠兵衛…材木仲買商

幻の声
 駒吉(小染、おしの)
 彦太郎
 信濃屋五兵衛…材木問屋
 おとよ…女房
 おせき…信濃屋女中
 おたみ…信濃屋女中

暁の雲
 おすみ…魚花お内儀
 ぽん太…芸者
 鶴吉…芸者
 平助
 おなみ…「宝来屋」お内儀

赤い闇
 村雨弥十郎…例繰方同心
 ゆき…村雨の妻
 多聞…村雨の末子

備後表
 おせい…喜八の母
 喜八…畳職人
 お君…喜八の女房

星の降る夜
 留蔵…岡っ引き
 弥八