連作短編集。
題名からすると、派手な殺陣のあるチャンバラものか、もしくは凄みのある岡っ引きか下っぴきが大活躍する捕物帖かと思ってしまいます。
もちろん、捕物帖といえば捕物帖だし、活躍しないかといわれれば活躍する方であります。
ですが、ヒーロー然としているわけではない。かといって、情けないわけではありません。
読み始めてすぐに、なんとなく雰囲気が違うなぁと思ったのは、文の端々に漠たる寂寥感というか、悲壮感を感じたためかもしれません。
途中で、権佐がどうして「斬られ権佐」と呼ばれるようになったかの説明や、その後の権佐の体調の変化を読むに連れて、最初の印象が正しいもののように思えてきました。
後半にはいると、だんだんと悲しさがこみ上げてきます。
これに輪をかけているのが、権佐の周囲の人間達の悲しみをこらえる態度です。
大人達の態度は、まだしもいい。ひどく悲しい気分にさせられるのは、六歳の娘・お蘭の行動です。
六歳の子供といえば、無理な状況にもかかわらず、深い意味を考えずに自分の欲求を通そうとすることがあります。たとえ、その無理な状況が父親の不治の病のためであるとしても。
無垢なるが故のことであるが、端から見ると残酷な場面であり、悲しい場面でもあります。
そして、己の死期を悟り、己のいなくなった後のことを考え、娘に本気で接する父親の姿。
こうした親娘の姿が描かれる場面が、最後の章です。
花見に行きたいといって駄々をこねるお蘭。これを説教する権佐。この時には死期が迫っています。
「お父っつぁんは命がけでおまえに説教しているんだよ。おまえを叱ることはお父っつぁんの命を縮めることにもなるんだ。後生だからいい子にしておくれ」
この前後の場面で、うっと詰まらせる人も多いのではないでしょうか。
このまま悲壮な話で終わらないのは、この後のお蘭の生き方に救いがあるからです。
さて。南北の奉行所で捕り縄が違っていたそうです。青色の捕り縄は南町奉行所、白は北町奉行所。
享保の頃は、四季によって捕り縄が区別されていたそうで、春は東方へ青龍の縄、夏は南へ朱雀(朱色)、秋は西に向けて白虎、冬は北に玄武(黒)、土用は黄色の縄となっていたといいます。
内容/あらすじ/ネタバレ
権佐は仕立て屋の他に吟味方与力・菊井数馬の小者を務めていたが、六年前に負った刀傷のため、身体が不自由である。弟の弥須が権佐の小者としての仕事を助けていた。
押し込み強盗が起きた。「松金」という見世で、亭主が殺され、番頭が深手を負った。番頭の傷を治すため、権佐の女房・あさみと義父・麦倉洞海が呼ばれた。二人とも外科医としての能力があるためである。
この事件、腑に落ちないことがある。お内儀は亭主と番頭がひどい目に遭っているのに、ぴんぴんしている。それに、権佐の母・おまさも松金は押し込みに狙われるような見世ではないという。何があるというのだ?
…権佐が十九の時。菊井数馬の供をしていた時のこと。あさみが目の前で五、六人の男たちに狼藉をされそうになった。それを助けに飛び込んだのは良かったが、全身に刀傷を負い、瀕死の重傷を負った。あさみの必死の看病により一命を取り留めたが、傷は全部で八十八カ所に及ぶものであった。そして、これが縁で二人は結ばれることになった。権佐には「斬られ権佐」の渾名が付いた。
…娘のお蘭を連れて蕎麦屋「はし膳」に足を向けた。亭主の常蔵が顔をのぞかせ、久しぶりの蕎麦を繰ることになったが、どうも蕎麦に腰がない。聞くと、息子の幸蔵が魚河岸の方に店を出し、蕎麦は常蔵がうっているという。幸蔵がうっていた時は腰があったのだ。
数日後、急患がやってきた。熱が下がらない女房で、仲條で子を堕ろしたばかりだという。そして、この女房は幸蔵の女房であることが分かった。だが、残念なことにこの女房は息を引き取ってしまった。
この事があった後、幽霊が出没するという噂がたった。菊井数馬はこれを調べろと権佐にいう。
…蔭間茶屋で相対死(心中)があった。二人の男が刃物で刺し違えたのだ。こんなことがあった日に、今度は托鉢僧・清泉と呉服屋の娘・おこの逢い引きに出くわす。
権佐は自分がそれほど長生きできるとは思っていなかった。傷だらけになり、身体の力が落ちているのだ。流行の病に罹ったら、たちまちにやられると女房のあさみにもいわれている。だが、権佐の気持ちは穏やかであった。
…権佐が激しい目眩と吐き気に襲われ、床につく羽目になった。今まで生きてきたほどが不思議なくらいに身体はぼろぼろだったのだ。腹に水がたまってきたので、手術をすることになった。
腹を縫合した後、寝たきりになっている権佐だったが、そうした中でも事件が起きる…。
本書について
目次
斬られ権佐
流れ灌頂
赤縄
下弦の月
温
六根清浄
登場人物
権佐
あさみ…女房、医師
お蘭…娘
弥須…権佐の弟
次郎左衛門…権佐の父、仕立て屋
おまさ…権佐の母
麦倉洞海…あさみの父、医師
菊井数馬…吟味方与力
梢…数馬の妻
雄蔵…次男
藤島小太夫…定廻り同心
鯛蔵…岡っ引き
おこう…「松金」のお内儀
正五郎…松金の息子
常蔵…蕎麦屋「はし膳」亭主
幸蔵…常蔵の息子
清泉(梅田屋清兵衛)…托鉢僧
おこの…呉服屋梅田屋の娘
佐五七
おしげ
勇次…鋏研ぎ
音松
霞の重蔵
おみさ…重蔵の娘