覚書/感想/コメント
日本の伝奇小説の系譜に、西洋のカルトを注ぎ込んだ作品。題名からは「豊臣秀吉の錬金窟」と読めてしまうが、この錬金窟の真の主は豊臣秀次、秀吉の甥であって、殺生関白といわれた人物である。
秀吉が出世すると国中から金銀が沸きかえるように掘り出された。豊臣家の財産がとても豊かであったのはよく知られる事実だが、なぜそこまでの黄金があったのか?
そして、秀吉の甥・秀次と、秀吉の愛妾・淀は似ていると言われていたそうだ。だが、血のつながりのない二人が何故そこまで似ていたのか?
秀吉の秘蔵っ子といわれた秀次は、何故殺生関白と呼ばれるようになるほどのことをしでかしたのか?
その他にもある様々な出来事や謎を、カトリックの異端信仰と錬金術を絡めて解き明かす。
前半では西洋のカルトのおどろおどろしさ、そして日本の伝奇小説に見られる妖しさが上手くかもし出されていたが、後半にその雰囲気が薄らいでいく感じがする。
薄らいでいく感じがするのは、伝奇小説の伝統そのままに、忍者による乱闘シーンが書かれているためだろうと思う。この乱闘シーンに枚数を割かないで、前半と同じような流れで描いた方がよかったような気がする。
乱闘シーン、つまりアクションシーンというのは、気味の悪さや気色悪さと真逆に位置している。
なぜなら、アクションシーンというのは生き延びるという点において、生や活力のエネルギーを表現しているのに対して、気味の悪さや気色悪さというのは、死に近い印象や、腐敗、退廃などのエネルギーを表現しているからである。
オカルトは死や、腐敗、退廃などに近いものであり、これが底に流れている小説において、真逆のものを持ってくると、それまでの雰囲気が壊れていくのは当然だと思う。
それにしても、西洋のオカルトというのは、どうしてこうも気持ちが悪いのだろう。
基本的にはオカルトな小説であるが、一箇所笑って言い箇所がある。
小田原攻めを回想する家康が、初めて煙草を吸う場面。秀吉に煙草をすすめられたが、吸い方が分からない。正座で吸っていると、秀吉は蹲踞がいいのだという。
腰をグッとおとして、あたかも野糞をひるがごとし。この姿勢で秀吉と家康の二人の親爺がぼうっと煙草を吹かす。
不良じじいがヤンキー座りで煙草をスパスパしているのだ。
内容/あらすじ/ネタバレ
織田信長亡き後、天下は動こうとしている。孫七郎は炎の夢をよくみた。曾呂利新左衛門と名乗る男が現われ、その炎の由縁を知りたくないかという。
曾呂利は天主に仕える使徒(あぽうすとろ)だという。吉利支丹かと尋ねれば、似て否なるものという。ただ、真の天主を奉じるものだという…。
七つの異端宣言に呪われた敵が逃げたことが判明した。ギョーム・ポステル。狂気の碩学にして幻視者。そのポステルが日本を目指しているのは間違いない。イスラエルの失われた十支族の子孫の住まう地上の楽園を早くから主張していたからだ。
フェルナンド・ガーゴはこの書簡を読んでいた。一五八三年、日本の暦で天正十一年。ギョーム・ポステルとその信徒らの動きはようと知れない。
カバラの聖典に記される救世主は二人いるという謎めいた呪言からポステルは論を展開している。救世主は男女の一対でなければならない。ゆえに、イエズスを偽物と批判し続ける。魔術師シモン以来の二元論の系譜、恐るべきグノーシスの教説が潜んでいる。
文禄二年。筑前の名護屋。茶の湯の席に徳川家康は招待されていた。亭主は豊臣秀吉だ。秀吉はこの席で、亡き信長が望んでいたことを話し始めた。信長は泰山に登ることを望んでいたというのだ。明国の山だ。そこで封禅の儀を執り行うつもりだった。唐土の古から伝わる最も神秘的な即位の儀式だ。
この話の後、茶々に子が生まれた話をする。家康は祝辞を述べたが秀吉はさえない顔をする。わしの子ならめでたかろうな、という。
昔、「件(くだん)」に見立てられたことがあった。件は先が読めるという、そして嘘は言わないといわれている。この件が秀吉にコハウマレヌと宣言したのだ。件は人面牛身の妖しのものである。天下大乱の前に生まれ、告げれば直ちに死ぬという。
だから、である。こたびの子は秀吉の子ではないというのだ。そして、いずれその子を討ってもらわねばならないかもしれないという。あれの兄が取り憑いているようだから、と…。
家康は秀吉の失った子、鶴松の死をめぐる奇怪な噂を思い出した。とろけたのだそうだ。事切れて、たちまち水になったという。
家康は豊臣秀次を思っていた。小牧・長久手の戦い。秀次は取るに足らない男だった。だが、家康の包囲を逃げ切った。
長年引っかかっていることだ。可児才蔵の話では、血飛沫の舞う中、黒い輿が合戦など何物でもないように近づいてきたのだという。伴天連がかついでいる。
そしてその中に曾呂利新左衛門がいたというのだ。いつの頃からか秀吉の傍らにはべるようになった御伽衆の一人で、出身も年齢も不明である。
竹は自分と同じくらいの娘たちに囲まれていた。聚楽第。豊臣秀次の屋敷だ。竹は「眼」なのだという。竹は極楽にいると思った。
ガーゴの前に平六と名乗る男が現われた。娘が攫われた件できたという。その攫われた現場に髭の長い伴天連がいたのだ。ガーゴはポステルの姿をそこに見た。平六はガーゴと手を組むのを示唆する。平六の後ろには徳川家康がいる。願ってもない申し出だ。
家康が聚楽第に入れた忍びが消された。だが、これまでの探索で聚楽第の真の姿は地下にあるようだ。そして、曾呂利と吉利支丹の繋がりが知れた。小谷だ。曾呂利は湖族の出だった。琵琶湖を支配する水上の一族。蜂須賀党を生んだ美濃の川並衆以上に、乱波細工の術にたけているという。
そして、秀次は南蛮の外道宗門の坊主にかぶれているとか。外道宗門は、この世は地獄そのままだと説く。この世をこさえた泥烏須(でうす)は、天主どころか奴婢の猿だと罵っている。
家康は考えていた。秀吉と秀次。叔父と甥は、聚楽第で何を語り、地下で何をなそうとしていたのか…。
平六はガーゴに金色の粉を見せていた。それは紛れもなく金だった。これが人の体に巻き付き、服部の忍びが死んでいた。常温で溶け、常温で結晶する黄金…ばかな。あるとすればたった一つ。ポステルは錬金術を成功させたいたのだ。
石田三成は不快だった。それは淀の方と秀次が似ているからだ。その不快を増長するように、秀吉が秀次をたてるようなことを言う。ばかな。この男を追わなければ豊臣家の安泰はない。三成は叫びたかった。
家康は聚楽第に万に近い黄金があるのかと戦慄した。秀吉が出世してから金銀がわき出ている。秀次は黄金を自在に作れるのかも知れない。秀次が秀吉の秘蔵っ子なのはそのためなのか。
平六とガーゴが聚楽第に忍び込んだ。地下には南蛮の地獄図とまみえる絵が描かれていた。聖嬰児(サン・ジノサン)。そして二人は大洞窟館についた。そこには曾呂利新左衛門とともに異形のものが待ち受けていた…。
ポステルは言う。錬金術のすべてはホムンクルス(人造人間)製造へと収斂していく。黄金はその副産物にすぎない。そして、目の前に現われたのは、まさか、お市…織田信長の妹というのか…。いや両性具有体…。
秀吉がにわかに風邪と称して引きこもった。聚楽第に終結したはずの蜂須賀党は夜明けとともに散り、動く気配がなくなったという。家康は混乱していた。聚楽第の下で一体何があったのだ?
本書について
宇月原晴明
聚楽 太閤の錬金窟
新潮文庫 約七六〇頁
時代
目次
序章 流出
第I章 喪失
第II章 彷徨
第III章 祭礼
第IV章 死罠
第V章 別離
第VI章 迷宮
第VII章 傀儡
第VIII章 受難
第IX章 彗星
終章 掲挙
登場人物
豊臣秀次(孫七郎、円寿丸)
曾呂利新左衛門
竹
おつま
お菊
おまさ
おさな
お宮
一の台
ギョーム・ポステル
フェルナンド・ガーゴ
ボルハ
淀(茶々)
豊臣秀吉
石田三成
蜂須賀家政
徳川家康
本多正信
服部平六
服部半蔵
綾女
ジル・ド・レ
ジャンヌ
ラモン
織田信長
お市